一方その頃、ルディの部屋にて
一方その頃。
一真はルディの部屋に居た。ベットの縁に腰を下ろし、濡れた髪をタオルで拭いながら魔具をいじくり回している。内容は日課にしている記録の確認作業。利用者本人が記憶さえしていれば『自動書記』の魔法に反応し、デジタルデーターに変換して記憶させることが出来る。
「カズマ、話ってのは風紀委員の女の子の話か?」
Tシャツに私物のズボンという格好で、ルディはマグカップに入った紅茶を一真に手渡す。一真は片手を軽く挙げて感謝の意を示し、残った手で魔具の画面をルディに見せた。
「それは後で。こっちが本題だ」
「ん? ああ、今日の迷宮か。何か引っかかるところでもあったか?」
「過去問とセリアさんの説明を文章化したものを見ていたんだが、どーもな」
言葉を濁す一真に、ルディは一真の隣に腰を下ろして考えるように唸った。
「んー……怪物との遭遇率が思ったより高かったってことか?」
「それもある。二時間近く歩いて誰とも遭遇しないし、部屋に出ることも無かったのが気になってな」
迷宮と一口に言っても種類が幾つかある。基本構造は六つだ。
多くの小部屋と、通路で構成された普通型。
長い通路と少数の小部屋で構成された到達型。
通路が無く、小部屋のみで構成された逆塔型
巨大な大部屋のみで構成された巨大型。
最深層を除いて通路のみで構成されている迷宮型。
各迷宮の型を組み合わせた複合型。
各地の迷宮はこれらの型を踏襲しつつも、それぞれ固有の内部構造を持ち、特徴を端的に表した名が挑んだ者達によって付けられている。
例えば竜国の南地方――ルディの父親、オルガイア伯爵の管理区域に巨大型に分類される迷宮があるのだが、そこは他の巨大型に比べて横幅が狭く、前方がとにかく広い構造をしている。また前に進めば進むほど徐々に横幅が狭まっていく独特の形をしているので、『大剣宮』の名が与えられている。
「異名が既にアレだしな」
「広いとは聞いていたけどな」
一方『幸運の鈴』が挑む竜帝校の地下迷宮は到達型。迷宮最大の特徴は『地図が無い』こと。それを以て、迷宮はこう名付けられた。
――『隠密宮』
より細かく述べるなら、三つの問題が地図制作を阻んでいた。
一、現在位置の特定がほぼ不可能。
二、便利系魔法の一部が封印されている。
三、広い。とにかく広い。凄まじく広い。
まず地図制作には起点が要る。例えば似たような線だけが描かれているジグソーパズルをバラバラにして、一つだけ摘み上げて見てもどこのパーツか判別出来ないし、無理矢理パーツを繋げても完成しないだろう。このパーツはこの場所でなければならないという『固定位置』が必要なのだ。そして迷宮の『固定位置』は何処だと問われれば、普通は出入口だと答えるだろう。
だが『隠密宮』の場合『封印の大門』からランダムに転送する仕組みになっているので『固定位置』即ち出入口が存在しない。飛ばされた場所を見て現在位置を特定するのはほぼ不可能だ。
転送された場所を起点に地図を作ろうと思っても、迷宮探索における重要な魔法『地図作成』が封印されるので、現在位置、高さ、広さ、長さ、分岐、全体像が分からず、測量や記録は手作業になる。怪物との戦闘があることも考慮すれば、測量にかかりきりという訳にもいかない。地図の情報を取引するにしても『帰還の星屑』の存在が出口を探す意欲を奪う為、迷宮の地図を持つパーティは稀どころか皆無の可能性が高かった。
仮に完璧な地図を作ったとしても『隠密宮』は広すぎる。徒歩二時間、その内戦闘が三十分として、九十分が進行距離。時速四キロと仮定して六キロは歩いた計算になる。なのに一度も別のパーティと遭遇しなかった。これだけで想像以上の広さを有する迷宮なのだと推測できる。
飛ばされた場所から少し歩いて「ココは何処だろう?」と地図と照らし合わせる時間を考えてみたが、闇雲に時間を浪費するのがオチだ。似たような構図が幾つかあった場合、相当な距離を歩いた上で確かめなければ意味が無いと言えた。
「……『隠密宮』とはよく言ったもんだ」
「しかも複数階層だからな。ある程度気長にやるしかねーさ」
「先輩方はどうやって別階層に辿り着くんだろうな?」
「何か条件があるんだろう。でなきゃ丸一日彷徨う羽目になる」
「そうだな。おいおい考えるか」
「だがお前が言った通り、広さの割には怪物が多かったな。夜間討伐組も居るっちゃー居るが、外部の人間には委託していないからその関係か?」
「単純にそういうルートだったかもしれない。準非接触型ということを考えれば、もしかしたらまだ誰も倒していない場所を充てられた可能性もある」
「つまり、偶然では無いと?」
「怪物の生まれる頻度次第だけど、毎回同じような数の怪物を倒すようならアタリの確率はグンと増える。偶然の確率を減らすなら三ヶ月は記録しないとな」
「ふむ……」
ルディは考え込むように目を閉じて、マグカップに口を付けた。
何はともあれ、初日は無事にこなしたのだ。なのに自分で探究心が欠けると言っていた人間が、早くも相談するために部屋に来る。パーティリーダーとして当然の行動と言えなくもないが、それなら全員が集まって話し合った方がより効果的な結論を得られる筈だ。もしかしたら、一真は焦っているのかもしれない。真っ先に自分の所に来たのは、つまるところ不安の裏返し。
ルディはそう結論付け、敢えて断定的な口調で告げることにした。
「――お前、焦ってるぞ」
その言葉は氷を喉に流し込んだ時のように、一真の肚に冷たいモノを滑り込ませた。僅かに強ばり、緊張した面持ちで親友に尋ね返す。
「……そう、見えるか?」
「お姫様方の戦いに不安があったか?」
「いいや」
学習能力が高いあの二人は、対策を講じてから同じミスをしなくなった。お陰で一真を除いた三人で怪物を次々と倒していくので、一真は氣力による検知範囲を広げることでしかパーティに貢献できないとさえ思った程だ。これで不安を抱くのはいっそ自分に対してだろう。
「だったら、お前が焦ってるんだ。いいか?」
ルディは人差し指を立てて、徐に語り出した。
「考え過ぎるのも時と場合によりけりだ。これから楽しい人生送るんだろ? だったら何時もみてーに茶化したり笑ったりで良いんだよ。お前は今、普通の学生なんだ」
痛いところを突かれたと、一真の顔に苦笑が浮かぶ。手にした魔具の電源を切り、マグカップに注がれた熱い紅茶を喉に流し込んだ。
「……そーだな。ちょっと肩肘張ってたみたいだ」
一真の言葉に満足したルディは、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「そーだ、風紀委員の女の子の話しようぜ。あの子、どんな子だったんだ?」
「一人は髪が真っ赤だったろ? もう一人は違うけど」
「ああ」
「ウェルドレインさんも髪が深紅でな、多分親戚関係なのかもな」
「名前は?」
「ツェツィーリア=フルハウス、アンジェリーナ=バレット」
ツェツィーリアは赤毛の女生徒で、アンジェリーナは逆に青い髪の女生徒だった。顕現器官である『角』はそれぞれ黒と白。話し方も戦い方も対照的で、一真は見ていて楽しかった。
「またカズマくん被害者の会の会員が増える訳なんだな、可哀想に」
「引き寄せる体質だと言いたげだな」
「見事に釣れてるから間違いねーだろ。で、決闘はどんなんだったんだ?」
「高さ三メートル、縦横十メートルの決闘場を用意してもらって、ウェルドレインさんと同じルールでやりあったよ」
「ほうほう。二人同時相手か?」
「いいや、流石にこっちは下級生だしな」
「二年生か?」
「ああ」
「……それもそうか」
ルディは指で顎を撫でながら納得した。入学初日でいきなり風紀委員に入る一年生が居るとは考え難い。となれば、必然的に上級生が相手になる。そう言えば、あの二人が付けていたタイピンは青だとルディは思いだした。
「で、どうだったんだ?」
そう尋ねると、思わず一真の瞳と口元に喜びの色が浮かぶ。
あの二人は素晴らしかった。掛け値なしに素晴らしかった。
「俺も、前日に決闘を二回やってなければ負けてたかもしれない」
ツェツィーリアは二つの魔法を同時に放つ力量を持ち、アンジェリーナは特性を見抜く力に長けていた。小細工を弄し、舌技も使ったが、あまり効果は無かったと思う。それでも勝てたのは体力勝負に持ち込めたからだ。下手にリュミリスの話を聞いたのが裏目に出たのかもしれない。二人が相手にしたのは体力という名の底なし沼。それに気付く前に足を踏み入れたのが最大の敗因。あれだけ戦って疲れているだろうとアンジェリーナは油断し、ツェツィーリアは最大出力で仕留めきる前に持久力が切れた。
「良い女だったか」
「それはもう。間違いないね」
などと断言するも、それなりに美人だった二人の容姿に関して一真は特に意識はしていなかった。元々一真に好みの容姿など無く、素材としての単純な美醜に価値など求めていない。少し言い過ぎかもしれないが、実際の反応がそれに近いのだ。印象として強く残るのも顔のパーツという記号ではなく、感情、姿勢、生き様と言った人としての中身を重視している。無論、本人をより押し上げるような美しさであれば一も二も無く評価することも出来る。そういう意味では、良い女という単語を全面的に肯定する評価はかなり高いと言えた。
「礼儀正しかったし、メールアドレスも教えてもらったしな」
「リア充してんなー……そういうの簡単に教えてくれるもんなのか?」
「向こうから興味持ってくれればな。流石に自分から押し付ける趣味は無いぞ? それに人間関係に疲れるような奴が手を広げても大抵自滅する。必要なのは心の余裕だ」
良い事を言っているつもりなのだろうが、実際に良い事を言っているのだが、ルディはこめかみをヒクヒクさせながら言葉を紡いだ。若干怒りが滲み出ているが、これは愛嬌というモノだ。
「ほうほう、それだけ偉そうなことが言えるなら俺の言った意味はよーく理解しているな? うん?」
一真は一瞬ギクリと硬直すると、手にしたマグカップをテーブルに置いてベットから降りた。ルディに向かって正座の姿勢を取り、両手を付いて頭を下げた。
「ははーっ。……ルディ大先生には頭が上がりません」
「うむ。という訳でだ。お前、他人に気楽にメールできなくなるまで悩むの禁止な」
「えっ」
跳ね起きるように一真が顔を上げる。ルディはマグカップに残った紅茶を飲み干し、テーブルにマグカップを置いた。
「フィーに言ったことを忘れてないだろ。お前自身の見識を増やすのと、俺等がお前に頼りきりにならないようにするのは決定事項だ。今更嘘でしたなんて言ってみろ、氷地獄で永久凍結だぞ」
氷地獄。氷系でも最強と言われる極大魔法。竜の息吹にも勝るとも劣らない威力がある。
「……それは勘弁してほしいな。しかもそれ、絶対泣いてるだろ」
フィーが『嘘は言わないって約束したじゃないですかー!!』と、叫びながら魔法をぶっ放してる光景が脳裏に浮かぶ。そう言えばここ最近、フィーと会話らしい会話をしていないことに気付いた。もしかしたら邪険にされるかもしれないが、一声二声掛けるぐらいなら罪は無いだろう。
「お前にとってフィーが大切なら、嘘も貫き通して本当にしないとな」
「そうだな。ちょっとフィーに連絡を取ってみるか」
「自分の部屋でやれよ。俺の部屋でやんな」
「分かった分かった」
一真は魔具をズボンのポケットに入れて立ち上がる。そそくさと玄関に並べた靴を履いて、一度だけ振り返った。
「じゃあな、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
一真が玄関から出ていくと、ルディは一人小さな溜息を吐いた。
「ったく……面倒かけさせやがって」
一人憎まれ口を叩いても、口の端は釣り上がり、鼻歌交じりで魔具を操作していた。宛先は可愛い妹充て。たった一行でも予告があればそれなりの心構えが出来るだろうという肚だった。
件名:カズマから電話くるぞ
本文:深呼吸でもしておきなさい。




