宝箱 → 帰還
「っせい!」
宙を飛んだティアが、太い双牙を生やした怪物の頭部に鉾を突き立てる。勢いと体重をかけた一撃は怪物の頭部を貫通して顎にまで届くほどだ。怪物は呻く間も与えられず煌く粒子に変わっていった。そしてティアの眼の前に青色の宝箱が現れる。
「うっし、これで八十七匹目や」
「もうすぐ百匹に行きそうね」
と言いつつ、既に女性陣の興味は新しく出現した宝箱へ移っていた。緋色は『シオニウム鉱石』の詰め合わせだったが、青色は『金銀財宝』や宝石の詰め合わせになっている。
二人は箱をひっくり返す勢いであれこれ取り出し、金貨や宝石と言った財宝を眺めて要る要らないの話で盛り上がっていく。一真やルディは金貨や宝石と言った財宝に興味を持たなかったので、二点三点なら個人の所有にしても良いと伝えたのだ。
「ルディ。今の時間は?」
二人の様子を微笑ましく見ていた一真が尋ねると、ルディは腕時計で時間を確認した。
「あと五分で夜の六時だな」
「おーい、二人とも。帰るぞー?」
財宝に目が釘付けだった女性二人が、がばっ、と顔と視線を一真の方へ移す。
「えっ、もう?」
「もうだ」
「もちっとやれるで」
「駄目です。帰ります」
「「ええー……」」
二人は仲良く声をハモらせ、同じ声色で不満を露わにした。二時間も迷宮に潜り、怪物と戦っていながら汗もさほどかいていない。怪物に奇襲されるどころか、むしろ怪物を奇襲して即座に戦闘を終らせるので長期戦にならず、疲れが溜まっていないように感じるのだろう。
「これから毎日潜るようになるしな。今日はこれでお仕舞い」
それでも神経の疲れというのは確実に出てくる。見えないところで布地の糸が綻び始めるように、体調のラインは確実に下り坂を降りていくものだ。今の一真からしてみれば遠い日の出来事だが、他の三人に同じ耐久力を求めてはいけないと考えていた。
「……そうね、勿体ないけど」
「しゃーないなぁ」
不承不承ながら素直に従う二人に、一真は笑顔を浮かべて頷いた。ティアとリーティアがそれぞれ欲しいと言った財宝を除いて『功績カード』で転送させる。全て転送させると、ルディが三人の方へ近づいてきた。
「うし、お前等『帰還の星屑』で帰るぞ」
「ああ、頼む」
ルディは指を鳴らし、手持ち袋から仄かに光る結晶体『帰還の星屑』を召喚した。小指の第一関節ぐらいの大きさのそれを、ルディは親指に少しばかり力を入れて握り潰す。
サラサラと崩れ落ちていく結晶の粒が法陣を描き、一真達を包んでいく。法陣が仄かな光を発すると『帰還』の魔法が発動し、一帯の空間を歪ませて一真達を迷宮から転送していった。
―― ・ ――
「お」
転送先は教室三つ分ぐらいの大空間だった。一真から見て真正面、出入口の扉以外には何も置かれていない。床を見れば一面に複雑な文様と竜言語を組み合わせた青の魔法陣が描かれている。一真が辺りを見回すと、自分達以外にもパーティらしき集団がちらほら見えた。どうやら此処は迷宮に潜ったパーティの共通出口らしい。
「とりあえず出て、報告に行きましょう」
「だな」
扉に向かって歩くリーティアに続いて、一真達は歩き始めた。
「……おっと、武器を仕舞っておかなきゃな」
ルディが思い出したように呟き、指を鳴らした。すると両腰に吊り下げていたサーベルが一瞬にして消える。それを見た他のメンバーも、指を鳴らして手持ち袋に転送していく。
「外に出るぅ前に気付いて良かったわ。ルディ、ありがとな」
「どういたしまして。……おっかない風紀委員が居るからな」
武器の持ち出しは問題ないが、装備した状態で出歩くのは禁止事項に抵触する。例え鞘に仕舞い、腰に下げている時点であっても抜き身の状態として扱われる為だ。
「そういえば、カズマの指輪は大丈夫なの?」
指輪を始めとする、一見無害そうに見えて抜き身の状態と変わらない武器を一括管理する為に決められた内容なのだが、単なるアクセサリーであっても引っかかる場合がある。一真の場合、普段から右の指に嵌めている二つのシルバーリングがそれだ。今はチェーンに通して首に下げてある。
「入学二日目に捕まったよ」
「やっぱり」
一応付帯事項もあり、学校に予め申請して魔力探査で問題が無ければセーフなのだが、どうやら末端まで情報が行き渡っていなかったらしい。その場で魔力探査が行われたが、探査系魔法に引っ掛からない指輪に問題が起こる筈も無く、とりあえず杓子定規的な注意で終わった。
「あとで向こうから謝りに来たけど」
「ってことは、申請していたのを黙ってたの?」
「言う前に、検査させろと言われたからね」
「あー、ありそうな話やな」
「と言っても、制度を悪用しない輩が居ないとも限らないし、俺はあまり気にしてないよと伝えて一件落着」
リーティアが扉を開け、一真達は廊下に出る。周囲を見回すと右手側に『封印の大門』が見えた。どうやら先程の部屋はカウンターの丁度奥にあったらしい。扉の直ぐ傍には風紀委員の腕章を付けた女生徒が二人居て、一真が手を振ると揃って軽いお辞儀をした。ルディがそれに気付き、小声で一真に話しかける。
「カズマ、あの子達か?」
「ああ、部屋まで謝りに来てこう深々と頭下げられてな」
「良い子じゃないか」
「……で、何でか知らないがウェルドレインさんとの決闘話を知っててな。決闘も挑まれた」
「あとでその話教えろよ、面白そうだ」
「あとでな」
一真が早足でリーティアを追い越すと、カウンターのお姉さん――セリアに話しかけた。
「『幸運の鈴』、只今戻りました」
「お帰りなさいませ。初潜入は如何でしたか?」
「何とか怪我もせずに終わりました」
「大体二時間程ですよね、何匹ぐらい倒されましたか?」
「確か――」
「八十七匹や」
「えっ」
セリアの表情が固まる。何か悪いことを言ってしまったのかと、ティアの表情もつられて固まった。だがセリアはそんな様子に気付かず、頭の中でぐるぐると考えが奔る。
(八十七匹……新入生の速度じゃないですよね。おっかなびっくり歩いてたら、そんな数は討伐できませんし、怪我も無いってことは瞬殺ですよね)
「何か問題でも?」
「あ、いえいえ、そうじゃありません。あまりの多さにびっくりしたんですよ」
「ふっふー。せやろ」
ティアは誇らしげに胸を張り、リーティアは口元に微笑を浮かべた。
「あともうちょっとで百匹行けそうだったんだけど、リーダーが戻るって言うから戻ってきたの」
「初日ですし、無理して大怪我するより賢明な判断と言えますね。……でもこの調子だと校内ランキングに載るのも時間の問題ですかねぇ」
「校内ランキング?」
「えぇ。『功績カード』のポイントが一定数貯まると学内の掲示板にパーティ名と名前が載るようになるんです。一種の指標にもなっていますし、上位パーティにはご褒美があるんですよー」
「ほほぅ。ちなみにどんなご褒美が?」
「学業の成績が全体的に底上げされたり、お食事処でお財布を気にすることなく食べられたり、魂のクリスタルが月に一度配給されたり、色々ですね」
「おぉ、それは是非上位に食い込みたいで」
「そうね。目標を高くするのは良いことだし、狙うのもアリね」
「それと今年から黄龍大会とは別に、パーティでの大会を企画していると耳にしています。開催となれば恐らく来年になるでしょうが、今から頑張るのも良いかも知れません」
「目標が沢山増えたな、カズマ」
「ああ」
一真が『幸運の鈴』のメンバーを見回すと、誰もがやる気満々の笑みを浮かべていた。彼等の心を汲むように、一真は宣言する。
「よし、『幸運の鈴』の当面の目標は校内ランキングに載ることとする。以上!」
その返事は、気合の入った声で返された。
「「「了解!」」」




