初退治 → 宝箱
(……零ッ)
ルディは厚さ五ミリ程の氣力を靴の裏に貼り付けると、床を打つ音を殺して静かに駆け抜ける。彼は一真のように歩法だけで音を殺し切るだけの体術を持たない。だが一部限定で発生させた氣力をクッション材のように使う事によって、隠形術を完成させていた。
(……流石に兄弟子と言うだけあるわ)
一人分の空間を開けて追走していたリーティアは、驚愕の眼でルディを見据えた。自分が剣の修練によって会得した技能を、ちょっとしたアイディアで再現している。先程ティアに言っていたように、勉強漬けで身体が鈍り一月だけでは本調子に戻せていないのだろう。それでもあと一月、いや二月経てば、自分と同じことが出来るかもしれないとリーティアは思っていた。
真に驚くべきは、己の資質に甘んじることなく、また油断することなく、アイディアで全盛期と同等の結果を出すルディの機転にこそある。
(それに、足の形に合わせての一部限定だから消耗も少ないのね)
一真とルディ、両名とも自分に足りない部分を補う技術に長けている。いや、一真が教えているのだろう。長所は長所として鍛えつつも、こうした部分を身体能力だけで無理に間に合わせようとしない。使える物は氣力であろうと、先入観なしに使って補う。一体幾つの引き出しが有るというのか。話に合わせて自分も弟子入りを表明して良かったとリーティアは内心喜んだ。
(でも今は)
眼に意識を集中させて認識光度を増やす。『夜の血族』ならではの特権。僅かな光であっても増幅して取り込み、闇夜でさえ昼間と変わらない光景が視えるようになる『夜目』だ。明るすぎると眩しすぎて逆に何も見えなくなるが、こういう薄暗い廊下では絶大な効果を発揮する。
(前一、奥二)
十メートル先でも怪物の姿がクッキリと浮かび上がった。革鎧を着込んだ、大きな一つ目を持つ怪物『プチサイクロプス』だ。数は一真とティアが察知したように三体。三角陣形を組んで待っている。それぞれシミターやら棍棒やらを手に持っていた。
一応、プチと名が付くものの、身長は二メートル近い上に全身が太い筋肉で構成されている力押しの怪物。強さは一匹ならそこそこと言った所で、それが三匹とはアタリなのかハズレなのかよく分からない。
(弱点は……どう考えても眼よね)
先行しているルディも気付いたようだ。目視で残り五メートル。とりあえず目の前の『プチサイクロプス』をルディに任せる為に、リーティアは一番前に居る怪物の左側――武器を手にしていない方へ駆け抜ける。
「シッ」
ルディは短い呼気と共に床を蹴った。二本のサーベルを交差させるように翳すと、一番前に居た『プチサイクロプス』の眼を抉り裂く。間を置かず厚い胸板を蹴り、後方に下がって追撃を加えんとしたが、最初の一撃で致命傷を負わせたのだろう。
倒れる間も無く怪物の全身が煌く粒子に変わり、空の一点に螺旋を描いて一箇所に集まる。すると、天に昇るように消えていった。
この眩い光景が仲間の死だと、やや呆けるように見つめていた残りの二匹がリーティアの存在に気付く。
「お願いねっと」
リーティアは前方右側に居る怪物の向けて、野球のボールを投げるかのような滑らかさで手にした剣を投擲した。それもブーメランのように円を描く軌道ではなく、最短距離を進むような直線的な軌道で。怪物が剣の存在に気付いた時には、脳天を喰い破る勢いで剣が眼に突き刺さっていた。
その剣が怪物から抜け落ちる前に、リーティアは最後の一匹に向けて左手を掲げる。貫通能力を付与させた氷矢を召喚しようとした、その瞬間。
「オォッ」
濃緑の氣力を纏ったティアが、疾風の如き勢いで駆けた。両手で握り締めた鉾が最後の一匹を貫く。それも怪物の頭を貫通し、鉾の刃が完璧に突き抜けていた。あまりに疾く駆けた所為か、ティアは光の粒子をすり抜け、踵で床と勢いを削りながら体勢を整える。
「……っとと」
「勢い付け過ぎよ、ティーア」
怪物の粒子化に伴い、自由落下を始めた剣をリーティアは優雅に掴み、ティアの方へ振り返る。ティアは鉾を肩に担ぐと右の指で頬を掻いた。
「丁度こっちから意識が逸れててな、こーれ逃す手は無いと思ぅたんよ」
「成程。こっちもこの子を落とすかもしれなかったから、助かったわ」
リーティアはそう言って、剣の肌を指で優しく撫でた。刃と柄が闇色に濡れたロングソード。『魔法書の闇剣』。名の通り、魔素の集積速度と魔法の展開速度を早める能力を持った魔剣だ。本来の使い方からすれば明らかに間違っているが、既にヤキ入れもとい、服従済みなのでリーティアに付き従っている。それでも主に抗議するように、僅かに刀身を震わせていた。
「にしてもリーティの定石外しにも限度があるぅで。いきなり剣をぶん投げるとか、私びっくりしたわ」
「魔法は光るじゃない。この子黒いし、アレが一番手っ取り早かったのよ」
さらりと言い放つリーティアにティアも苦笑を浮かべ、
「投げられた方は……ものごっつ不満気やけどな。それにしても綺麗に飛ぶんやね。そういう練習もしてたん?」
「何時も投げナイフで練習してたのよ。コツさえ掴めばティーアにも出来るわ」
「ホンマに? 今度私に教えて欲しいかも。いや、教えて下さい」
「良いわよ。今度は私と模擬戦もしましょ」
「うん。ところで……戦利品はあるん?」
キョロキョロと足元と通路の先を見回すが、それらしき『財宝』は見当たらない。二人が後ろを振り返ると、蓋の開いた緋色の宝箱をルディと一真が手に取ることなく眺めていた。
「無いかと思ったら、そっちなのね」
「二人とも見てみな」
「どれどれ」
「なになに」
誘われるがまま、二人は蓋が開いた宝箱を覗き込む。
「おぉー……これが戦利品なんやな。『迷宮石』がギッシリや」
およそ四十センチ立方の宝箱の中に拳大の『迷宮石』が大量に詰まっていた。他に金銀財宝もあるのかと思いきや、幾つか上に乗っている『迷宮石』を退かしても見えない。この宝箱の中身は『迷宮石』だけらしい。
「へぇ、結構大きいのね」
リーティアが『迷宮石』を手に取って、重さを確かめるように軽く上下に振る。『迷宮石』は見掛けによらず軽い。果物よりは重いが、水と同じぐらいの重さだ。暫く眺めて満足したのか、リーティアは手に取った『迷宮石』を宝箱に戻した。
「じゃあカードで飛ばすぞ」
「うん」
「えぇ」
ルディとリーティアも頷き、一真は胸ポケットに仕舞っていた『功績カード』を取り出し、屈んで『迷宮石』に当てていく。即座に『転送』の魔法が掛かり、『迷宮石』はノイズのような空間の歪みを一瞬だけ生じさせて、一つ一つ消えていった。
「よし、お仕舞い」
最後の『迷宮石』を転送すると、宝箱は蓋を閉じて音もなく消えていった。一真は立ち上がり、三人の顔を交互に見つめる。
「今回の攻撃、どうだったかしら?」
「手際が良かった。剣を投げた迷いの無さが特に」
一真の言葉を聞いて、リーティアは小さくガッツポーズを取る。ティアも負けじと一真に尋ねてきた。
「師匠、私は?」
「一撃で沈めたのが良かった」
「うんっ」
「けれど、リーティアが魔法を撃つかギリギリだったからな」
「うっ」
ティアも問題点を認識していたらしい。それ故、氣力を纏って全力で駆けたのだ。万が一、リーティアの魔法を被弾しても軽傷で済むように。
それでもリーティアには『爪』の顕現器官による『貫通』属性が意識せずとも付与される場合がある。危ないことには変わりなかった。
「あのタイミングで介入するなら、特定の合図か武器投擲の練習もしないとな」
「ぶん投げる方はリーティから教わるから、大丈夫や」
「了解、ならもう一つの合図を二人で決めておいで。そうすれば同士討ちの確率が減る。今の内に決めておいた方が良い」
「了解や。リーティ、合図決めよ」
「どんなのにしましょうか」
「せやなぁ……」
「カズマ」
「ん?」
ルディは左腕に付けた時計を眺め、一真に目線を向けた。
「今、丁度四時だ」
その言葉は今の戦果を見て、何時まで探索を続けるかという問い掛け。一真は両腕を組むと、今の戦闘の過程を脳裏に浮かべた。実戦と仮想空間では出てくる問題が違う。今の同士討ちの問題にしてもそうだ。幾つ勉学を重ねても、ちょっとした心掛けは実践でしか生まれない。
(焦る必要は無い)
それらを踏まえた上で、一真は結論を出した。
「……あと二時間で切り上げるか。食事の時間は普段通りが良いしな」
「『帰還の星屑』があるから何時でも戻れる。が、やっぱ初日だしな」
「ああ。無理はさせない方向で行こう」
「カズマ、そっちの話は終わったかしら。こっちは終わったわ」
「こっちも終わったよ。決めた合図を歩きながら教えてくれ」
「えぇ」
戦闘前と変わらず一真とティアが並んで歩き、少し遅れてリーティアとルディが歩き出す。初めての実践だというのに怪物を倒した感慨どころか、誰一人として気負っていない。これが後に伝説となる『鈴』と怪物の初遭遇だった。




