初潜入《ファーストアタック》
一真達は各種必要になる道具を取り揃えると、『迷宮準備区画』最奥部のカウンターに足を運んだ。
それぞれ身形は制服のままに見えるが、迷宮潜入用に改造された特注の戦闘服を別室で着替えていた。これは魔力や氣力を取り込んで防御力を増大させる代物で、耐爆、耐刃、耐打撃、耐魔法、耐菌……などなど、各種技術がふんだんに盛り込まれている。基本形態が竜帝校の制服をモチーフにしており、更に回復魔法を掛けると素材が再生するので、上級生の中にはこの服だけで学校生活を送る者も居る。
「はい、これで手続きは完了です。『幸運の鈴』御一行様の活躍を楽しみにしております」
「ありがとうございます」
セリア嬢による各種登録の確認作業も終わり、一真達四人は『封印の大門』前に立つ。
「改めて見ると、ホントにデカイな」
「天井に届きそうな大きさだしな」
目測で横幅約七メートル。高さ約十メートルの大きさだ。家のような大きさの大門を前に思わず一真の身体がブルリと震えた。
「……怖いか?」
小声でルディが尋ねてくる。一真は小さく頭を振り、二つの拳を握りしめた。
「……武者震いってことにしておいてくれ」
「了解だ」
「それじゃあ、いっきますよー」
一真達の背を押すようにセリアが大きく手を叩く。すると『封印の大門』が誘うかのように、内側に向かって開きだした。十秒もしない内に完全に開くと、まるで壁のような漆黒の闇がその先に続いているのが見えた。
「行こうか」
「えぇ」
「おう」
「うん」
皆に声を掛け、一真が最初の一歩を踏みだす。それが分水嶺。歩みを止めず、闇色の地に足を踏み入れる。その瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪む。『迷宮転移』が発動し、四人の姿を地下から消した。
その姿を目で追ったセリアは両の手を絡ませ、『幸運の鈴』の無事を祈る。想いだけではなく舌に乗せて、声を確実に届かせようとするように。
「『幸運の鈴』に『主神』の加護がありますように」
―― ・ ――
『迷宮転移』によって転送された先は、いきなり怪物と鉢合わせするような通路ではなく、神殿を想像させる白の大理石で造られた大空間だった。どうやらいきなり『当たり』を引いたらしい。
「『安全地帯』ね」
リーティアが周囲を見回しながら呟く。
此処は『安全地帯』と呼ばれる迷宮内の休憩場所だ。『シオニウム鉱石』による人造魔力の供給――魔導式と呼ばれる設備によって管理され、一息吐いた後に、再び怪物に挑むか帰るかを選択できる。
白の大理石で彩られた天井と床。部屋の四隅は八本の太い支柱、部屋の中央には青い光を放つ扉があり、天井はサッカーボール大の浮遊型の白色照明が幾つも浮かんで部屋を照らしていた。
部屋の壁側には外に続く通路が四つあり、それぞれ男女別のトイレと水場、食料保管庫に調理場、洗濯場や乾燥機が置いてある部屋に続いているのが見えた。となれば、残る一つが迷宮に続く通路なのだろう。
「いきなり戦闘かもと思うたら、ええとこ着いたね」
「……物音なし。私達以外、誰も居ないみたい」
「そうみたいだな」
「なら折角だ、最終確認しておこうぜ」
ルディは指を鳴らして両手にサーベルを召喚した。握りを確認するように、何度か指を動かしながら言葉を続ける。
「カズマとティアが斥候役として先行。敵と遭遇したら俺とリーティアが先陣を切る。手持ちの武器で敵の耐久力を確認。攻撃魔法は状況に応じて使用、極力消耗を避ける。負傷者が出た場合はカズマに回復役を任せる。以上、何か問題は?」
「無いわ」
「ん、私もオッケーや」
「俺も無し」
それぞれ手持ち袋と呼ばれる召喚式の個別倉庫から武具を召喚し、手に取った。リーティアはロングソード、ティアは鉾、一真は指輪。いずれも竜帝校からの貸出品だ。卒業生が迷宮から発掘した物もあれば、国からの寄贈品もある。ただ適性と同ランクの装具を借りてしまうと迷宮に行く意欲が減ったり、借りたまま返還しない生徒が出てしまう為、利用者が持つ適性ランクの一つ下の装具が貸し出されるルールになっていた。
それでも死亡率を下げるという名目上、貸与される装具は本人と特に相性の良い物を選ぶことが出来る。『幸運の鈴』の四人も、手にしている武器は結構気に入っていた。
「じゃ、リーダー。行こうぜ」
「おう」
一真は迷宮に続く通路に向けて歩を進め、ティアが小走りで付いて行く。隣に立つと、『耳』を立てて気配を探り始めた。一真は全身から蒼い氣力を溢れさせると、前方の床に薄く伸ばすように広げていく。
「床に広げて何するん?」
「察知用。これで前方三十メートルぐらいなら床に足を付けてる奴からの奇襲を避けられる。ただ害意は判っても他の判別機能は低いから、ティアに後方の察知と全体的な聞き分けを任せる」
「了解」
『安全地帯』を抜けると、薄暗い通路が続いていた。通路の両端には十メートル感覚で灯石と呼ばれる照明が埋めこまれている。しかしほんのりと照らす程度の光量しかなく、通路の中央まで灯りが届いていない。天井と横幅は凡そ七メートル。一見広そうにも思えるが、いざ戦闘となれば得物を振り回す空間がもっと欲しくなるに違いない。一真は慎重を心掛けつつ、他の三人を不安にさせないよう普段と変わらない歩幅で進んでいく。
「師匠、それって私もやった方がええ?」
「俺に体力勝負で勝てるようになったらな。『耳』で聞き分けるにも神経使うだろ?」
「……むぅ、師匠は優しいけど厳しぃわ」
「それと、これから一週間は修行禁止。慣れない迷宮探索で神経を知らず知らず消耗する。休める時に休んで置かないと後々大変だからな」
「ん。了解や」
「よし、いい子だ」
「……ぁぅ」
一真がティアの頭を撫でると、ピンと立っていた『耳』の力が抜けたように真横に倒れていく。もうこの一月の間に何度も繰り返された光景だ。
「弟子に甘いわね。女の子だから、なのかしら?」
からかうようなリーティアの声が後ろから飛んでくる。一真は撫でていた手を止めて、人差し指を立てて左右に振った。
「弟子を大切に思わない師は居ない。それに、何時抜かれるか戦々恐々としているよ」
「……その戦々恐々とさせている弟子と、私の二人掛かりで挑んでも平然と勝つ人が何を言っているのかしら」
「せやで」
「じゃあ兄弟子に聞いてみようか。ルディ、お前ならどうだ?」
「「えっ?」」
女性陣の声が重なった。ティアは歩きながら振り返り、リーティアは驚いた表情でルディを見つめた。ルディは右手に持ったサーベルの峰で自分の肩を二、三叩きながら答える。
「次の日に動けなくなるのを覚悟すれば辛勝できるな。不可能じゃない」
「だそうだよ。希望は見えた?」
「ず、狡いっ」
と、ティアが吠えた。
「竜族なのにカズマにも弟子入りって氣力も使えるってことやろ? そんなん狡いわ。自分、どんだけ強くなる気なんよ」
「……予想以上に非難轟々だな。おい元凶、どうしてくれる」
「ティアが修行に馴染んできたら歩く姿でバレると思ってたからな。ある程度堕落してくれたお陰で気付かなかったみたいだが」
「むぅ。でも狡いわぁ」
「と、言われてもな。カズマが言うように、去年は勉強漬けでサボってたから体力も相応に落ちてる訳で。今ならティアと同じぐらいか、下手したらそれより下だぞ」
「ホンマ?」
「本当」
「ならええよ」
「ちなみに何処まで強くなるのかと問われたら、カズマくんに楽勝に勝てるぐらいには強くなりたいです」
「言ってくれるな。あとティア、兄弟子と知ったからには最低限の敬意は払うように」
「……うっ」
理不尽な命令をしない師の言葉は絶対だ。ティアは一旦足を止めて、両手を重ねて頭を下げた。
「ルディ……いや兄弟子、ごめんなさい」
「気にしてねーよ。大体、最初の内にちゃんと教えないコイツが悪い」
ルディはそんな妹弟子の頭を一真と同じように撫で、肩を軽く叩いて歩くことを促す。
「それに、最初は他の奴に頼らない腹づもりだったからな。かと言って、カズマを一人で行かせたら俺が後悔する。となれば、俺が強くなきゃいけないだろ?」
「うん」
「親友の足手まといになるのは御免だし、いくら強い魔法が使えるからつっても、迷宮を進み続けるにはそれ以外の力も必要になるのが予想出来たしな」
「成程、そういう事なのね」
「納得出来たか?」
「うん。いらん癇癪起こして、ごめんな」
「よし、素直な妹弟子に良いことを教えてやろう。お前は今、基礎の体力訓練からやらされてるだろ。カズマに勝つには、何はともあれそれを極めてからだ」
「……それ極めたら勝てる?」
「それだけじゃ無理だな」
いきなり断言されて、ティアの『耳』が頭を撫でられる前以上にしょんぼりと垂れ下がる。
「えー。なんや兄弟子の御言葉、師匠以上に厳しいやん……」
「良いか妹弟子。体力とは何だ?」
「耐える力?」
「そう。より深く考えれば、自分の本気を出せる時間を長持ちさせる力とも言える。では本気とは何だ?」
「自分が出せる最高の力や」
「そうだな。だが自分が出せる最高の力を簡単に凌がれたらどうする?」
「んー……悪いとこ見つけて、強ぅなる鍛錬する」
「ああ。だが強くなるにも体力が要るだろ。より過酷な鍛錬は、より多くの体力を削る。お前は今、それを受け入れられる器を磨いている最中だ。焦ると器が割れる。カズマが無理をさせないのも、綺麗に磨かれている器を見ているからだな」
「そうそう」
「だがカズマに勝つには悪知恵で勝つ必要がある」
「おいルディ、ちょっとそれは」
「黙ってなさい。今良い所なんだから」
「はい」
思わぬ援軍が飛んできて一真は黙った。女性陣も黙ってルディの言葉に耳を傾ける。
「俺は付き合いが長いなら何となく次の手が読めるが、それでも勝つのは難しい。素質ではなく積み上げたモノの差があるからな。本気で勝ちたいなら、まず短期決戦で十全に戦いきるだけの体力が要る。次に自分の長所を逆手に取る為の罠が必ずと言って良いほど用意されているから、自分がカズマの立場ならどうするか考えて回避する。あとは一つで良いからカズマよりも上の部分を徹底的に磨き上げる。これで辛くてもどーにか勝てる」
「「おぉー……」」
「ただしカズマは成長するからな。大人しく師事を受けて牙を磨いた方が利口だぞ? 尋ねたら甘やかさない程度に教えてくれるし」
「そうね。まずカズマを知るために弟子入り……良いわね、乗ったわ」
「えっ、リーティまでカズマに弟子入りするん?」
「何か問題でも?」
「……私の優位性が無ぅなってしまうやん」
「ちなみに本気?」
くるりと一真は振り返り、後ろ向きに歩きながらリーティアを見つめた。
「もちろん本気」
「となると半年から一年は基礎練習だけだな。急激には強くならないから、覚悟して欲しいんだけど」
「その辺りは剣の練習と並行して行える?」
「アレンジの具合は分からないから、やっぱり別に――」
一真が足を止めると、三人も足を止めた。人差し指を口元に立てて、最低限の声量で呟く。
「――居るな」
「距離は?」
「二十五、じっとしてる」
「……私の耳でも聞こえるか聞こえないかの隠形やな、数は……三」
「だな」
「リーティア、十数えたら俺と一緒に先行するぞ。加減が分からないだろうから、最初だけは全力で構わない。ぶちのめせ」
「任せなさい」
「ティア、俺達は十五数えたら行く。一、二匹仕留め損なった状況と過程して突っ込め」
「了解や」
ルディが一歩、一真より前に出てサーベルを構える。峰と峰を合わせて一度だけ小さな音を鳴らした。カウントダウン開始。奥が暗くなっているからまだ怪物は視認出来ないが、恐らく待ちぶせしているのだろう。こういう敵は見敵必殺。キッチリ仕留める必要がある。
(七……六……五……四……三……二……一……零ッ)
ルディが音を殺しながら駆け、リーティアがそれに続く。『幸運の鈴』の初怪物退治は、奇襲で始まった。




