大胆で慎重で緻密な人
「さーて、どうなるかな」
結果は幾つか推測できる。上書き、共存、対消滅、不変、爆発の五つだ。五分の三の確率で元の『命のクリスタル』より価値が下がる。更に価値を押し上げるのは五分の一。分の悪い賭けではあるが、結果を知るためにどうしても必要だった。
迷宮に潜って『功績カード』のポイントを貯め、複数の『命のクリスタル』を用意する手も考えたが、そこまでやるには時間も手間も掛かる。生憎、一真はそんな気長に待っていられるほど大人しい性格では無い。
それに、成功しても終わりでは無い。効果が永続になるのか、それとも時間単位なのか、はたまた永続だけど時間と共に性能が劣化して最後には無くなるのか、などなど。確認しなければならない箇所は山程あるのだ。
「お」
ルディが声を挙げた。枠に嵌めこまれた結晶体に変化が起きたからだ。青白い光と共に、緑色の粒子が渦巻いている。一真は真剣ながら妙に芝居掛かった声でルディに尋ねた。
「ルディ大先生、結果は如何でしょうか」
ルディも一真に合わせ、やはり芝居掛かった声で応える。
「うむ、成功と言っても差し支えなかろう。あとは効果の規模と時間の問題で、あるな」
一真は『命のクリスタル』を手に取り、結晶体を眺めながら呟いた。
「それを確かめる為にも、これはティアにプレゼントだな」
「代わりにティアの『命のクリスタル』を貰うのか?」
「冗談。何が起きるかまだ判っていないアイテムだぞ? そんなリスキーな物だけ使わせる訳がない。ティアが持ってる『命のクリスタル』と二重で首に掛けさせるよ」
「それを聞いて安心した。……もうやっちまったから今更だが、リーティアが怒りそうだな。『命は投げ捨てるもの、なんて言い出すつもりじゃないでしょうね?』とか」
リーティアは冒険心溢れる娘だが、無謀と勇気を履き違えたりはしない。そういう所はキッチリ文句を付けてくる。
今回の件に関してだが、まず確実に叱りつけてくるとルディは予想していた。ついでに共犯者になった自分も怒られるだろう。本当に今更だから後悔するにも遅いと言えたが。
「そのような苦情は現在受け付けておりません。お姫様二人がかりで俺を倒せるようになってから改めてご注文下さい。――と、予めメールで伝えておいたから平気」
「そー言う挑発をされて黙っていられるほど、あのお姫様のプライドは低かねーぞ?」
「かなりの負けず嫌いだからな」
それも困難が目の前にあれば燃えるタイプ、所謂『前向きなプライド』の持ち主だ。煽り耐性がやや低いのが難点だが、話を聞く限りどう考えても一真が悪い。ルディは心の中で「リーティア、お前は悪くない」と手を合わせ、黙祷した。
一真はズボンのポケットからスマートフォンのような魔具を取り出し、幾つかの操作をした後でルディの机の上に置いて見せる。
「ちなみにこれがその時のメール」
「なになに……二日前か? もう話通してるならそう言えよ、心臓に悪いぞ」
「悪い悪い」
「で『全力でぶっ倒してあげるから覚悟なさい』と……結果は聞くまでも無いか」
こうして一真が笑っているのだから、結果は推して知るべし。恐らく二人掛かりでも最後まで手玉に取られ続けたのだろう。
「勝負だからな。手は抜かなかった」
「でもよ、あのリーティアがこてんぱんに負けたなら超不機嫌状態になってても可笑しくねー筈だよな」
今日ルディはリーティアと幾つか言葉を交わしたが、記憶をほじくり返してもそんな雰囲気は無かった。むしろ機嫌が良かったぐらいだ。一体どんな手を使ったのかと、一真を軽く睨んだ。
「流石にやり合った日は頭も冷えないだろうから、昨日お詫びと称して食事に誘ったよ」
「つまりデートね。……『ミスティル』辺りでご馳走か?」
「巻き添えになったティアと三人でな。好きなだけ美味しいデザートを食べていいよ、と言ったとも」
それでもティアとリーティアは異性の前で大量のデザートを食べるのは気が引けたらしく、一真が予備のスプーンを二本貰って、「はい、あーん」で二人に食べさせた。食べていく内にすっかり気を良くして幸せそうな笑顔を浮かべるのだから、店を出た時には三人とも満足していた。
「その時に迷宮試験問題集の話もした。これからは金じゃなく、知らない情報と引き替えで配るつもりだったしな」
「流石カズマくん。天然ジゴロっぷりに磨きが掛かってねーか。……つか、その為の金稼ぎかよ」
一真はニヤリと笑みを浮かべ、堂々とした態度で言葉を口にした。
「何かを円満に解決するってのは、手間と時間と金が掛かる。『人はパンのみにて生くる者に非ず』って奴だ」
「長期的視野、か。そのマメさには恐れ入るぜ」
「ホントにね」
「せやせや」
一月前のように、人気の無い教室に通りの良い声が響く。以前と違うのは、やや呆れが混じった二人分の声という事。
一真とルディが南側の出入り口の方へ振り向くと、そこには二人の女生徒――リーティアとティアが立っていた。二人は教室に入り、リーティアは自分の席へ、ティアは一真の隣の席に座った。
「今度はどんな悪巧みを考えていたのかしら?」
「前に言った付与魔法の成果だよ」
「ああ、アレね」
「はいティア、プレゼント」
一真は机に置いていた『命のネックレス』を手に取り、ティアの手に乗せる。青白い光に混じって緑色の粒子が渦巻いているのをティアはじっと見つめ、嬉しさと迷いが混じった声で尋ね返した。
「ええの?」
「その代わりに、あとで感想と情報を頼む。もしかしたら割れるかもしれないから、二つ首に掛けてくれよ?」
「うんっ。了解や」
ティアはいそいそと『命のネックレス』を首に掛けた。結晶から放たれる光は、既に掛けられている『命のネックレス』に触れても変わらない。あとは実際に持ち続けて試すだけだ。
「それとリーティア」
「なに?」
「ポイントが溜まったらすぐに別の『命のクリスタル』と交換するって事で、今回は勘弁してくれると助かる」
「……最後の辺りで『安全が確認できたらまたやるけど』みたいな副音声が聞こえた気がするけど、まぁいいわ。それで許してあげる」
「良かったな、カズマ。お許しが出て」
「ああ」
「そうそう、鬼族の会合があったんだけど」
「どうだった?」
リーティアは嬉しそうに微笑むことで答えとした。
「カズマが作った問題集はかなり好評だったわ。許可してくれて、本当にありがとう」
「どういたしまして。ティアの方は良かったのか?」
ティアは目を閉じ、眉間に皺を寄せて唸った。
「んー……暫く考えたんやけど、下手に私が渡してもプライドを刺激する可能性があるんよ。きっと無くても自力で勉強すると思うで、今回はええよ」
獣族はみんな頭の出来が良いらしく、あまり親密になっていない相手からの手助けは余計と取られて禁物とのこと。
「分かった」
「それより、今日こそ迷宮に潜るんやろ?」
「ああ」
「一週間もお預けにしたからな、リーダー権限で」
そう。一真は迷宮探索の許可試験を突破した『幸運の鈴』のメンバーに対し、一週間は更なる準備期間として設けると宣言したのだ。
仮想空間での訓練も一ヶ月の間に毎日のように通ったからか、メンバーの中で一人として不安を抱いている者はいない。それでも必要になる道具を二重三重に確認し、焦りの原因になる高揚感を今一度鎮める必要があると一真は判断した。
「逸る気持ちを抑えないと事故を招く確率が上がる。迷宮は怖い所だと散々教わったしな」
「こんな風に、一番迷宮に入りたい理由を持ってるリーダーがそう言うんだもの。従うしか無いじゃない」
「せやな。でも、私は楽しみにしてたんよ」
「それは私もよ。どんな所なのか、ワクワクしてるもの」
「頼もしいお姫様達だな」
「だな。それじゃ迷宮初潜入と行きますか」
一真が椅子から立ち上がると、皆が一斉に立ち上がる。一真は右手の拳を握り、天井に向けて突き立てた。
「『幸運の鈴』いくぞっ!」
威勢の良い掛け声と共に、三つの拳が一真に続いた。
「「「おーっ!」」」




