魔法付与師《マジックエンチャンター》
竜帝校の成績評価は単純明快である。
――『期末試験にて得た点数を成績評価とす』これだけ。
例え授業態度が悪かろうが、校内授業の参加日数がゼロであろうが、敷地内で暴れていようが、寮に引き篭もって自習していようが、迷宮に入り浸っていようが、買い物の為に隣国へ行こうが、世界一周旅行に行っていようが、『成績良ければ全て良し』。点数高い=正義という凄まじい構造だ。
もちろん校内で暴れていれば講師からの制裁が待っているし、犯罪なら刑務所行きになる。苦労して国内最高峰の学校に入ったのに、未来を投げ捨てるような馬鹿は殆ど居ないので安心して欲しい。
だが竜帝校が『最難関』『選別関所』と呼ばれている理由は、最低合格点の厳しさに由来する。まず赤点のラインが六十点だ。三十点ではない。倍プッシュだ。重ねて言おう、赤点は六十点だ。
そして赤点を取ると『アルバイト禁止』『迷宮入場禁止』『夏休み、冬休み返上』『十日間の特別合宿強制参加後、追試あり』『十二日間の無償労働(計二十四時間)』etcetc……恐ろしい仕打ちが待っている。おまけに赤点を計十個取ると自動的に留年するので皆必死になって勉強をする。
――が、抜け穴もちゃんと用意されている。この最低合格点の高さは、迷宮に行って取ってきた『迷宮石』の数によって基礎点が底上げされるという、独特の計算法が導入されている為だ。
例えば点数の合計が百点を超えた場合、余剰点は成績評価にプラスされる。筆記試験の成績が八十点、『迷宮石』の評価が二十点分の場合、百点(ランクA)として評価される。これも単に勉強が出来るだけの卒業生ではなく、実社会に出た時の『効率の良い手の抜き方』『要領の良いやり方』を学んだ者を出すという側面もあるのだろう。ある程度柔軟性を持っている者の方が部下にした時に使い勝手が良く、酷使しても心身両面で長持ちするからだ。
「……などと、冊子に書かれている内容を教えなかったら一学期はみんな鬼気迫る勢いで勉強していたんだろうな。ははは」
と、一真は後ろ席のルディに向かって爽やかな笑みを浮かべる。ルディは呆れたような口調で返事を返した。
「このクラスだけやたらパーティが作られてるって、セリアの姐さんから聞いたしな。お陰でものすげー馴染んでるよな、お前」
「まぁそう言うなって」
クラスの自己紹介では貧弱そうな少年の扱いだった筈の一真が、何時の間にか情報通としての扱いを受けるようになっていた。それもこれも迷宮探索パーティ『幸運の鈴』における一真の立ち位置、つまりリーダーとしての行動の余波が色々な所に影響を与え始めてきた結果だ。
地下迷宮の水先案内人兼支援者のセリア嬢の試験を突破すべく、一真達は様々な勉強をしてきた。その中核を成したのが一真お手製の迷宮試験問題集だ。ティアとの修行の合間に作り、三日毎にメンバーに配布。解答ミスが無くなるまで問題を解かせるスパルタ教育を行ったのである。
その結果、僅か三週間で試験を全員合格という快挙を成し遂げた。だがそこで終わる一真ではない。迷宮探索に興味のありそうなクラスメイトを探しては冊子の内容をチラつかせ、食いついて来た者にはコピーした問題集を本人曰く適正価格で売りつけた。他にも情報交換と称して逐次調べた内容をクラスメイトに伝播するのだから、付き合った方がお徳という判断をした者が次々と一真の元を訪れるようになったのは自然の成り行きと言えた。
お陰で別のクラスの生徒や、クラスメイトの顔と名前がまだ一致しない者でも一真なら知っているという顛末。『角無し』と揶揄する者も中には居たが、大抵の生徒は所有する情報があまりに多い油断ならない奴として認識され始めていた。
「元々は『カズマくん、友達いっぱい作ろう作戦』だったろ? フィーにもそう伝えた手前、手を抜く訳にはいかないしな」
「知り合いをお友達と呼ぶならな」
「なにはともあれキッカケは必要だよ。友達という篩にかかるのはこれからだ」
「親友としてなら頼もしい限りだが、他人としてなら恐ろしい限りだな。……で、狐っ子のお姫さんはどうなんだ?」
ティアラル=∪=ティオス。獣族の灰狐出身。丁度今から一月前に一真に弟子入れした娘で、『幸運の鈴』のメンバー。
ルディの記憶が正しければ迷宮試験問題集は楽にこなしていたものの、一真との修行では相当疲弊しているように見えた。
「元の素質に加えて筋が良く、教えても飲み込みが速い。これはもう嫉妬するね」
「嫉妬? ……カズマくんからそんな台詞が出てくるとはな」
「俺は師父に勝てる見込みが無いぐらい、拳の才は無かったからなぁ」
その弟子を軽くあしらい、自分より格上だと認識させた一真が『自分に才』が無いと言う。四年の付き合いがあっても、本気なのか嫌味なのかルディは判断しかねた。
「……あれで?」
「あれで」
「お前の師匠、どーなってるんだ」
「弛まず鍛錬を続ける正真正銘の化物だよ。俺に全てを与えた上で俺の全てを奪える実力の持ち主、それが師父だ」
「……師匠が規格外だから弟子も規格外になるのか、弟子も師匠も最初から規格外なのかよく判らんな」
「お陰で達成難易度下げたつもりでスパルタ教育やらかしそうになったからな。危なかった」
「……倒れたら看病してやれよ? お前の責任で」
「寮長とは既に顔馴染みになってる。任せろ」
「カズマ、恐ろしい子……っ」
少女漫画に出てくる後輩の才能に嫉妬する女性のように白目を向くルディを華麗に無視しつつ、一真はルディの隣の席に目線を向けた。何時もならそこに鬼族の娘、リーティアが座っている筈だったが、今は席を外していた。
「リーティアなら鬼族の会合だとよ。お前が作った問題集を持って行ってな」
「そっか」
「良かったのか? 金を請求しなくて」
「ルディ、俺は確かに問題集を金に替えて荒稼ぎした人間だ。だがド守銭奴と勘違いしているならそれは違うと言っておこう。俺は金銭の取引に関して、非常に綺麗だ」
「……え、なんだって?」
「お金に対して綺麗」
「誰が?」
「俺が」
「はっはっは、相変わらず冗談が上手いな」
「よし、確か一月前に売り残した喧嘩の在庫があった筈だろ? 一つ残らずもって来い。買い叩いてやる」
「体術、氣力縛りならいいぞ。俺は灼熱と極寒魔法使うから」
「どうやって勝つんだそれ。……前にも言ったが勝てる要素無いだろ」
「カズマくんならやり遂げてくれると、俺は信じてる」
などと一月前の談話の再現をしつつ、一真は飄々とした表情でルディの疑問に答えることにした。
「それはそれとして――リーティアは仲間だしな。それに、俺は伯爵に養われている身であっても、竜族だけに肩入れしたいとは思ってない。固定概念で固まった鬼族の先を考えれば、その程度の優位性があっても良いだろ。どの道、本人次第なのは変わりないしな」
「確かにそうだな。……そいや、ティアの方は会合とか無いのか? クラスが別だから余り聞かなかったんだが」
「あぁ……あるにはあったみたいだよ。尤も、初日からいきなりグループ分けされてて入る隙間が無かったって言ってたけどな。で、最初に会った日のアレも喧嘩と決闘に勝ち続けてきた自信とヤケが混じってセリア嬢に突撃したって聞いた」
ルディは遠い目をして、いたたまれない表情で呟いた。
「族長の娘がハブられるっつーのもすげー話だな……」
「竜帝校に入った同じ種族でも、出身が違ったりするだろ。同じぐらいの実力で周りが固まって、一人ぽつーん。……みたいな感じだったんじゃないか? 聞いてみたら邪険というより、ティアの方が近寄りがたいみたいな雰囲気だったそうだし」
そんな状況で自分と同じ氣力の使い手が現れ、自信満々で決闘してみたら手玉に取られた。なのに褒められて、パーティメンバーにならないかと手を差し伸べられたらどうだろうか。
「……そりゃお前に懐くよな。俺でも付いて行くわ」
「甘やかさないよう、時々スパルタになるけどな」
誰にでも、親しくなる前から一真は甲斐甲斐しく接する。聖者の家系だからか、困った人に対してとても親身になる。が、その反面、優しさの無い嘘や過剰な甘さに対して容赦が無い。どの位かと言うと、鼻歌を歌いながら傷口に塩を塗りたくり、悲鳴を挙げた数だけ塩を塗り直すぐらい厳しい。
(道を踏み外したら、笑顔で人をピーするだろうな……)
「そうだルディ、お前に頼みたい事があったんだ」
「なんだ?」
一真はズボンのポケットからネックレスを取り出した。
νチタン合金で作られた細い鎖に、親指大の菱形の枠が繋がれている。枠の中には透明な結晶が嵌められ、青白い光を放っていた。一真達が一週間前に取得した『命のクリスタル』だ。
「コレに『疲労軽減』の魔法が込められるか、試して欲しい」
ルディが『命のクリスタル』から一真へ視線を移すと、一真は真剣な表情でルディを見つめていた。
「良いのか?」
「ああ」
ルディの装具適性で『魔法剣』の適性があったと聞いて、一真は思いついたのだ。
通常、加工済みの装具に魔法を付与させることは出来ない。魔法を付与させるには、魔素が装具に留まっている必要があるからだ。
たとえば剣の上から水を掛けても、水滴が付くだけで剣の中に水は入っていかない。何故なら剣を構成する物質の密度が水の最小単位より狭いからだ。
これは魔法でも同じことが言える。周囲に魔法を纏わせることは出来ても、魔素が中に入らないから留まることもないし、内側から魔法が発動しない。
元から付与されている装具の多くは製法から異なり、魔法を発動させる為の核を封入し、道筋を刻む。この過程を踏んでようやく発動するようになる。
だが世の中には、こうした常識を覆す才の持ち主が居る。物質を透過するほど細かい魔素を操れる先天性の魔力操作能力者。『魔法付与師』と呼ばれる者達だ。
ルディは『魔法剣』と呼んでいたが、恐らく他の装具にも応用が効くと一真は考えていた。
「最悪、二つの魔法が反発してクリスタルが砕けるかもな」
「それでも試してみる価値がある。結果を俺に見せて欲しい」
「了解」
ルディは『命のクリスタル』の結晶体を二回指でつつき、指を鳴らした。森を想起させる濃い緑色の粒子が円を描くように結晶体を囲んでいく。再度ルディが指を鳴らすと、緑の粒子が吸い込まれていくように結晶体の中に入っていった。




