(M-SS) リュミリスの軌跡
目が覚めると、自分は見慣れない天井を見上げていた。
(ここは……)
ゆっくりと、顔を左右に振る。白いシーツに、ベットの格子が目に入り、起き上がるとカーテンが見えた。胸元を見るとボタンが一つだけ外されている。寝苦しくないよう、誰かが外したのだろう。
片手でボタンを閉め、リュミリスはベットから自分の靴が何処に置いてあるか探す。程なくして自分から見て左側、丁寧に揃えられていた革靴を見つけた。靴べらは無かったが、保健室に置いてある方が珍しいのだと勝手に納得して靴を履く。
(そうだ。私は)
『角無し』の少年と決闘を行い、負けて、手の甲にキスされて、生徒会の人達に見られて、意識を失ったのだ。今思い出すだけでも恥ずかしくて顔に熱が篭る。
(……でも、負けは負けね)
そう思うと上がった熱も次第に冷めてきた。竜帝校入試試験で主席だと言われて舞い上がって、あの少年の話を聞かされて、物凄く怒った。だが実際に決闘を挑んでみれば自分は負けてしまった。それも防戦一方の相手にだ。
けれどそれは、あの少年が自分の我儘を押し通せるぐらいの実力を持っていたということだ。敗者が異議を唱えようと、それは負け犬の遠吠えに過ぎない。世の中過程も大事だが、結果はそれよりも重視される。リュミリスは自分の敗北と、少年の強さを厳かに認めた。
ガラッ
唐突に保健室の扉が開く。
「おや、起きていたかい?」
入ってきたのは生徒会長のリズィ=カーズィだった。
「リズィ会長……。会長が私を運んで下さったのですか?」
「残念ながら俺じゃない。君を此処まで運んだのはカズマ君だ」
「あの人が……」
「君が気にするならお礼を言いに行くと良い。気にしなくても彼は特に気に止めないだろうが」
リズィの物言いに、リュミリスはムッとした表情を浮かべた。
「それはあの人にとって、私は取るに足らない存在だと?」
「やっぱりそういう意味で捉えるか。答えはNO。彼にとって君が取るに足らない存在ではない。むしろ逆だ」
「意味が解らないわ」
敬語を使うことも忘れて、リュミリスはリズィを睨む。
「個人の事情だからこれ以上は言えない。でも、彼は君のことが相当気に入っていたみたいだよ。彼の言葉を思い出してみると良い」
「……あの人の」
―― 真っ直ぐな怒り、アンタは綺麗だった。
アンタは綺麗だった。のくだりに目を回したが、よくよく考えてみればその前の言葉の方が重要なのだ。真っ直ぐな怒り、それが綺麗とはどういう意味なのだろうか。リュミリスは考え込むように目を閉じる。
(綺麗。怒りが綺麗……。綺麗、キラキラ、宝石みたいに……? そう見えるのは、そう思えるのは、それが羨ましいから……?)
常識で考えれば他人の怒りを羨ましがるなんて、どうかしている。だが、リュミリスは自分を負かした相手を軽く見なかった。今まで敗北らしい敗北を体験してこなかったからこそ、自分を負かしたあの少年に執着するように。
(他人の感情を羨ましがるほど強い憧憬を抱く。まるで望んで手を伸ばすかのように……)
「答えは出たかい?」
「……いいえ」
あと少しで何かを掴めそうな気がしたが、リュミリスは一旦考えを止めた。一応、目上の存在が目の前に居るのだ。形の上だけでも協調姿勢を取らないと、後でどんな嫌がらせが来くるとも限らない。本人の意志がどうであれ、生徒会長を慕う者が多いことをリュミリスは知っていた。
「君と彼の決闘の時、彼が何をしていたか知りたいだろ。歩きながら話さないか?」
「分かりました」
リズィが前を歩き、リュミリスは少し離れた形で付いて行く。
「まず君と彼の素質を述べよう。彼はオールC++だ」
「えっ」
信じられない。と言った表情でリュミリスは大きく見開いた。
「本当だ。そして彼は顕現器官を持たない」
「なっ」
今度こそ絶句した。『角無し』の少年だとは知っていたが素質は平均より少し上で、その上顕現器官を持っていないことなど知らなかった。自分の知らない種族出身かと思えば、そうした括りでさえ無い。顕現器官を持たないことなど有り得ない。それがリュミリスの持っていた常識だった。
「君は竜族だ。そして素質は上位に位置する。これだけで解るだろう。魔法戦において、彼がどれだけ不利な状況に立たされていたか」
リズィの言う通りだ。リュミリスの素質は竜族全体に比べて魔力構築速度、そして魔法の展開速度という点においてかなり高いランクを誇っていた。素質を文字にすればAが付くレベル。それをオールC++の人間が魔法戦で勝利を収める。常識で考えればまず有り得ない。
「君ではなく、彼こそが挑戦者の立場だったんだ。より正確に述べるなら、彼は竜族へ挑戦するためにこの学校へ来たんだよ。持たざる者としてね」
ごくり、とリュミリスは思わず唾を飲んだ。
自分にそんな胆力があるだろうか。そんな勇気があっただろうか。戦ってきたことがあっただろうか。無い。一度として無い。
自分を誇り、強い身体に産んでくれた両親に感謝していた。自分を信じてなにくそと頑張ってきた。だが、持たざる者として立ち向かったことは一度として無い。強い自分、強い種族、強い竜族として挑んできた。寄る辺もなく立ち上がった経験は一度もない。何処かに自分が信じ切れる所があって、必ずそれを手に立ち上がってきた。平凡な人間として、這い上がってきた気持ちは一度も持ち得なかった。それを、それを。
(それを、あの人は――)
「彼は舌戦において自分に有利な展開を敷いた。君は彼が姑息だと思うかい?」
「いいえっ」
そんな人に負けたことを認めないのは恥だ。自分を才能だけの人間だと言ってしまうようなものだ。勝つために努力をする。それは自分だってしてきたことだ。結果に繋げるためにやってきた。だから、反則ですらない舌戦を卑怯とか姑息だとは思わない。自分が持ち得る全てを出し切ると。自分はそれを了承した上で挑んだのだ。それに、彼は言っていたではないか。
―― つべこべ言わず全部持って来い。全力で俺を叩き潰せ。
自分よりも格上の相手を目の前にして、姑息な人が、卑劣な人が、あんな台詞を言えるだろうか。断言できる。絶対に無理だ。黙っていた方が確実に有利な状況で、あんな言葉を口にする理由が無い。誇りを胸に抱く人でなければ、相手にあんな言葉は掛けられない。
「気付けなかった、私の負けです」
「君が誇り高い竜族で安心したよ。次に彼が張っていた盾だが、アレの正体が分かったかい?」
「五層の盾ということまでは……」
「あれは七層のシールドだよ。氣力の盾と魔力の盾の併用された盾さ」
「まさか」
「そのまさかだ。俺達の常識では氣力と魔力の相性は悪い。何故ならとても疲れるからね。精神と体力、両方を消耗するから相性が悪いと思うのも当然だ。だが彼は魔力の盾を使い捨てにすることによって精神力の消費を抑え、魔力の盾が壊れる寸前に氣力の盾を絡めて時間を稼いだ。当たり所がよければ単純な氣力の盾よりも耐久力は高い」
「でも、氣力を盾にするぐらいなら色付きでも……」
「君の火力を正確に見切ったんだ。最初の一瞬だけはとても青かった筈だよ」
「――あっ」
確かにそうだ。無事だったという事に気を取られていたが、次の瞬間からその事が頭から外れていた。層の数を確認できた時には既に色があるか無しかという段階まで落ちていた。
「徐々に力を薄めることによって透明度を増し、盾の正体を判り難くさせ、体力の消耗も抑えられる一挙両得の戦術だ。乱戦になれば恐らく妨害魔法も併用していたかもしれない。色がより分かり難くなるようにね」
「そこまで……」
「だがそれだけじゃない。球状に展開した盾は視界外からの奇襲を防ぐのに一役買っている。また氣力によって貫通力を含む威力を減衰させて、魔力によって爆発の衝撃を斜めに逸らす。球体は取っ掛かりが無いから爆破系に対して凄まじく強固だ。一枚押し潰そうと他の盾が七層にまで展開しているから全部は壊せない。壊れた分だけ補充するから、見た目では無傷。心理的圧迫感は半端無かった筈だ」
「……確かに」
自分が持ち得る魔法を使っても、敵が無傷で向かってくる。あの恐怖は筆舌に尽くしがたい。叫ばなかった自分を褒めてやりたいと思うぐらいに。
「彼からカウントダウンはあったかい?」
「はい」
「それも作戦の一つだ。先に述べた心理的圧迫を更に強め、君が一撃必殺の魔力を貯める隙を与えなかった。彼から攻撃をするしないという迷いも一枚噛んでいる」
「なんて……」
用意周到な戦略。勝つためにありったけの知恵を振り絞っている。
それに比べて自分はどうだ。無様に同じ魔法を連発していただけではないか。
驕り。なんという驕り。努力していたと思いながら、実際は才能に胡座をかいていた結果がこれなのだ。
「もし、私が貫通力を重視した魔法を放ったら……あの人は、どうしていたと思いますか?」
リズィは事も無げに答えた。
「盾の形状を変えていただろうね。球体は面に強いが貫通力には弱い。当人がこの場に居ないから答え合わせは出来ないが、一点集中の盾でも作ったかもしれない」
「……そうですか」
あの少年だけでなく、目の前に居る男にも水を開けられたような気持ちになって、気持ちが沈んでいく。無言でも内心を悟ったのか、カズィは歩く速度を落とし、人差し指を立てた。
「いいかい? 俺が君ではなく彼の肩を持っているのはね、彼が君を護ったからだ」
「私を?」
「彼が君の手を掴んだ時、得体の知れなさでとても怖かっただろ? でも彼は君にキスという形で敬意を払った。勝負以上に怖がらせないように、君の心を壊さないようにだ。保健室まで運ぶ時、彼は自分のことよりも君のことを優先していた。俺が彼を間近で見ていたから間違いはないよ」
その言葉を聞いてリュミリスの胸が高鳴り、拳を強く握った。
(狡い……)
あれだけ茶化しておきながら、あれだけの策を練っておきながら、誇り高くて、そのくせ優しいと来た。こんなの反則だ。こんなの狡い。文句が無いのに文句が言いたくなってくる。
「君はここまで聞いてどう思った?」
「私は……凄いとしか言い用がありません。でも、その知恵を得たいと思っています。負けたままじゃ嫌です」
「上出来だ」
振り返ったリズィの顔には、喜びの表情がありありと浮かんでいた。
「君を護ったこと以上に、俺は彼を高く評価している。何故なら創意工夫を凝らして格上さえも倒し、あまつさえその格上を更に押し上げる度量の持ち主だからだ。彼が他国の学校ではなく、竜帝校を選んでくれたことにオルガイア伯爵と『主神』に感謝したいね。あんな人間は滅多に見られない。いい機会だから、全力で学びなさい」
「はいっ」
「……あー、そうそう。彼は頑張る子が好きだって言ってたよ。寝ている君を見ながらね」
「えっ」
思わず顔が赤くなる。あの人がどんな表情をしていたのか、思わず知りたくなった。
「彼は君に期待している。もっと強くなって現れると思っているだろう。その気持ちに応えたいのなら、今年の黄龍大会に参加してみると良い。彼は必ず出る」
「――ありがとうございます」
リュミリスの言葉に、リズィは大袈裟に肩を竦めた。
「おいおい、俺は嫌われ役だよ? その言葉は次に彼にあった時に言ってあげると良い」
「えぇ」
迷いもなにもかも振り切って、力強くリュミリスは歩き出す。追い付くために、再び振り向かせるために。
「私はもっと強くなってあの人の前に立ちます。必ず」




