持たざるが故に集うモノ
角の無いテーブルに興味を引いた本を積み上げ、手早く次の頁を捲っていく。これでもう五冊目だ。
一真が今読んでいるのは、セリアから貰った冊子とは別の『迷宮』に関する本だ。これは怪物の種類から始まり、姿形の特徴、攻撃方法、傾向、対策、財宝まで絵付きで紹介されている。
著者が竜族では無い為、高火力で殲滅すれば全て解決――なんて代物では無かった事に一真は深く感謝していた。そんな本は売れないだろうし参考にもならないだろうが、最初に取った本がそれに近いハウツー本だった為、思わず探す手を止めようかと思ってしまったぐらいだ。
(しかし……)
怪物は強さに比例して良い財宝を高い確率で落とす。奥に行けば行くほど強い怪物と遭遇する。これはルディの家に置いてあった本に書いてあった通りだ。しかし最奥に辿り付いたという記録が殆ど無い。これはどういうことだろうか。
「なぁティア」
「ん?」
隣の椅子に座って別の本を読んでいたティアに、一真は自分が読んでいた本を見せた。
「迷宮探索で最奥、最深部に辿り付いたって記録が殆ど無いんだ。どうしてか知ってるか?」
「あー……それはなぁ。迷宮は基本御国が管理するぅ言うんはカズマも知っとるやろ? で、何処も『私の種族!』みたいな帰属意識が強いさかい、パーティもそこに住む種族だけで固まるようになるんよ。種族混成部隊は冒険家でも入らん限りあまりないんや。すると自然に特化になって傾向が極端に偏るんよ。突破力はあるんやけど持続力が無くなる、みたいな」
「竜族の場合、神聖魔法が習得し難いからって聞いたんだが。氣力を使える獣族でも変わらないか?」
氣力は生命力が顕現した力であり、術者の意志で様々な性質を持つようになる。
例えばティアのように氣力の性質を変えて有利な足場を構築したり、拳に集めて正拳突きの威力を強化したり、全身に纏って動きを高速化したり、一真のように相手の攻撃力を減衰させることも出来る。他にも自然治癒力を高めたり、他者に体力を分け与えることも可能だ。
魔法のように詠唱や、指を鳴らすと言った儀礼行動を待たずに使えるので、流動的な対応が求められる接近戦では特に便利な力と言える。
「強い者がリーダー兼切り込み隊長やって、他はそん人をサポートするのが主流やし……。よーっぽど持久力に自信ある人やないと、最奥に行くまでに疲れ果ててまう」
「そうか、そうだったな」
ただし氣力は『自らの生命力を身体から出してから行使する』と言った過程を踏むので、出した分だけ疲れる。自然消滅はしないが、相手の攻撃を減衰させる効果を発動させていれば相手の威力に合わせて削れていく。
迷宮の奥に居るような強敵と戦えば一撃毎に体力を削り、やがて精神力も消耗するようになる。そうなればリーダーとして必要な判断も覚束なくなり、パーティメンバーを巻き添えにして力尽きてしまう。
目的意識もなく博打的な行動は出来ないし、奥に行かなくても財宝は手に入る。それに怪物は倒しても時間が経てば新たに生まれるのだ。パーティメンバー全員が余程の求道心の持ち主でも無い限り、奥に行く目的意識は生まれない。
「カズマは最奥に行きたいん?」
そう尋ねられ、一真はティアに自分の目的を告げていないことを強く意識する。いや、言われるまで意識的に避けてきた。曇りのない笑顔が、妹分を想起させたから。
「奥に行くのが理由じゃない。奥じゃないと手に入らないアイテムが手に入るかも、っていう考えだよ」
「願いを叶える宝石とか、そういうん?」
「知ってるのか?」
「私かて三ツ名や。神宝に属するモンが大きな迷宮に眠っとるゆー可能性があるんは知っとる。それに王家はみんな神宝持っとるしな」
(……そーいや、伯爵や生徒会長もそんなこと言ってたな)
黄龍大会の優勝者は竜国の王家に伝わる『宝箱』から出た財宝を賜るのだと。
(しかし……)
一真は自分の右指に嵌めたシルバーリングを眺める。首尾よく手に入れたとしても、宝石が叶える範囲次第だ。もし自分の予測が当たっていた場合、恐らく宝石が二つ必要になる。たった一つでも賭けに出なければならないのに、二つ手に入れるのは至難というレベルを超えている。まず一人では不可能だ。
「……カズマ?」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」
「ん……もしカズマがそう言う宝石手に入れたとして、どないな願いを望むん?」
「願い……」
その問いかけは何度となく行われた。そして幾つかは口にした。自分の願い。
――御影の為に奇跡を埋葬すること。
(でもそれは過程だ。その先にあるモノが、本当の願いの筈だ)
――恋をしてみたい。普通の人生を送りたい。
(そう在りたいとは思う。でも、一番は何だ……?)
――■■■■■■。
ある言葉が頭を掠めた。二度失ったモノ。自分の答えを聞くこと無く、去ってしまったもの。口に出せない。出してはいけない願い。それは何と無様で、恩知らずな願いなのだろう。
(ああ、そうか)
どちらが先に裏切ってしまったのか、もう分からない。あの人が何を願っていたのか分からない。言葉にする代わりに、胸の裡を灼いていく。自分は変化と、安堵を求めた。人では無いという理由から、関わった十年分返された。だがそれを自分は当然とは思っていなかった。結局、それが答えだった。
(俺はまだ、諦めていない)
バラバラになっていた思考が一つに纏まっていく。死は絶対の理だ。だが死者でなければ叶えられるだろう。勝手に消えてしまった者の一人や二人、連れ戻すぐらいはやって貰わなければ困る。
「ティア」
「ん」
平静を保っていた声は震えず、隣の娘に伝わる。
「俺には昔、父親代わりの師父と、姉代わりの……いや、姉さんが居たんだ」
「うん」
「もう師父とは会えない。でも姉さんはココに眠ってる」
そう言って、一真は右手のシルバーリングを指差した。
「その人、指輪に?」
「そう。だからちょっと叩き起こす必要がある。今のままじゃ文句の一つも言えないしな」
「カズマは家族に、姉さんに逢いたいんやな」
「ああ。だから黄龍大会でも勝つし、出来れば迷宮でもそれを手に入れたい」
「二つも要るん? ……カズマは欲張りさんやわ」
一真は軽く笑って、溜息が出た。
「そうだな。本当に欲張りだ」
奇跡を二つも欲して、ようやく叶えられるモノ。これを欲張りと言わず、なんと言えば良い。だがそれでも、願わずには居られない。自分に関わったから不幸なのだと、言わせない為に。
「でも」
「ん?」
「私もカズマの力になりたい。ルディも、リーティもそう決めたんやろ?」
「……聞いたのか?」
思ったよりも衝撃は少なかった。髪が濡れたままで来るほど何をしていたのか、誰かと話し込んでいたのではないのかと、そう考えていたからだ。
「ココに来るまではさわりだけ。あとはカズマが本を呼んどる時にメールも来たんや。マナーモードやったし、気付かへんかったやろ?」
「……だな」
ティアが一真を睨む。皺が奔るほど顰めてはいない。それでも、怒っているという感情だけはひしひしと伝わってきた。
「カズマがきっと大切な話をするぅて。迷宮と、大会で優勝する理由があるぅて。何時まで経っても言わへんから、また気ぃ遣て貰たと思て……それはそれで嬉しいわ。けど、私もこれから仲間になるんや。信じて言うてくれへんと始まらへん。それにな、仲間なのに仲間外れなんてのは以ての外や」
「そうだな。……ゴメン」
ゆっくりと、ティアは頭を振る。
「それは私が欲しい言葉ちゃうよ?」
やるべきことも。聞きたいことも。話したいことも。伝えたいことも。色々あった。それを全て胸の奥に押し込んで、ティアは一真を見据える。
一真は居住まいを正し、真剣な表情でティアを見つめ返した。
「――ティア。俺の願いを叶えるために、俺に付いてきて欲しい」
「うん」
やっと。やっと一つ、他人ではなく仲間として認められた。
ティアは小さな自信を胸に、初めて出会った時のように、自信に満ちた表情で笑った。
「私がカズマの盾になる。今は頼りないかも知れへんけど、そこは絶対見返したる。絶対や」
次から第二部です。それまでショートSSと言いますか、あの時、あのキャラはどう思っていたのか、という形を二~三取りたいと思います。




