強さを求める理由(ANIKI)
竜帝校二階――『第二図書館』。
一真は両開きの扉の上に付いているプレートの文字を確認すると、片方の取手を掴み、手前に引いた。扉の厚さが十五センチもあるのに、少ない力でスムーズに開く。これも一つの指標だ。この世界の職人が持つ技術の高さを一真は実感する。
(それよりティアは……にしても広いな)
ざっと見た所、教室六つ分の大空間だ。東側凡そ三十メートル、北側凡そ四十五メートル。一真が住んでいた町立図書館の半分はありそうな広さだった。壁は通路側を除いて全面ガラス張りになっており、開放可能な窓は見当たらない。
一真は辺りを見回しながらティアを探していく。
(これなら八千冊ぐらいか)
五百平方メートルで二十万冊の蔵書が可能だと、一真は師父に聞いたことがあった。その規模から逆算すれば大体一万二千冊は収められている計算になる。尤も、それは本が細いからであって、この図書館に収められている本の多くは倍もありそうな分厚い本ばかりだ。
(お、居た)
白に近い灰色の髪、小麦色の肌。なにより特徴的な『耳』と髪型の少女がドーナッツ型の巨大なクッションに座っていた。長い横髪で顎から繋がる耳を隠し、後ろ髪をポニーテールのように纏めている。
(はて。急いで来たのか……?)
どうも見るからに髪がしんなりしている。恐らく髪に付いた水分を十分乾かさず来たのだろうが、そんな手間が無いほど時間を詰めた記憶は無かった。
一真が彼女の方へ近付くと、彼女の『耳』がピクリと動いて一真の方へ振り返る。整った顔立ちに金色の瞳。彼女は紛れも無くティアラル=∪=ティオスだった。
「お待たせ」
「ゴメンな。一旦解散したのに私の我儘付き合うてもろて」
「良いんだよ。それより髪をちゃんと乾かさないと、今度はそっちで風邪を引くぞ?」
「うっ……気ぃ付ける」
「うん。で、こうして呼んだからには話があるんだろ?」
「せや。あんさんの氣力やたら色濃かったやん。体捌きも偉う高い。どんな修行したら会得できるのかなぁて……。私、もっと強くなりたいんよ」
(ふむ)
金色の瞳を見つめるが、そこに憎しみや復習と言った暗い感情の色は見えない。単に強さを身に付けたいのか、それとも別の目的があるのか、一真は先にそれをハッキリさせることにした。
「どうしてティアは強くなりたい?」
「んと……獣族が弱いと思っとる連中を見返したいんや」
「固定概念の払拭か」
一真はさりげなく、しかし注意深くティアを見つめる。
「うん。私に限らず、獣族はみんな氣力を重視しとる。顕現器官が攻撃系の魔法とよう合わんさかいな。でも、世界で影響力のある種族見たら何処も攻撃系の魔法に合うとるもんばっかで、魔法強い=偉いみたいな風潮がどうにも気に入らんよ」
それは迷宮と竜国から、いやこの世界から切り離せない問題だった。
便利な『シオニウム鉱石』は国を豊かにさせるが、『シオニウム鉱石』を得る為には迷宮に潜る必要が出てくる。当然、財宝を落とす怪物も倒さなければならない。しかし幾ら国の為、種族の為とは言っても命懸けの戦いで無理をすることも、させることも出来ない。定期的に退治すれば人の生活圏を脅かすほど怪物は増えないからだ。
となれば竜族のように攻撃系魔法と相性の良い顕現器官を持ち、遠距離から強力な魔法を矢継ぎ早に放てる種族。より安全に怪物を倒せる者達が影響力を持つようになる。
一真達が生活を送る竜国も広い領土を持つ、世界でも有数の大国だ。それも管理できる『迷宮』の数が多く、『シオニウム鉱石』が多く発掘された事が少なくない影響を与えている。国力の基盤となっている財宝を国に齎す為に、安定して怪物を倒せる力が尊ばれ、また自ら誇るのも必然と言えた。
だが誇りも過ぎれば苦くなり、口にせずとも滲み出る驕りという形で現れる。
「獣族が弱いと、実際に言った奴は居たか?」
ティアは頭を振った。代わりに自分の肘を抱きしめるように手を当て、指に力を込める。
「ハッキリと言われたことは無いんやけど、雰囲気がな……。特に竜族から侮ってる感じが偉ぅするんや。彼等ん持っとるのも、私達が持っとる力も、みんなご先祖様のお陰や。でも実際にやり合わんで最初から舐めて掛かるんは面白くあらへん」
獣族とて決して弱い種族では無い。氣力と攻撃系魔法の差異にしても同程度の発動速度なら氣力の方が破壊力は上だ。体術を合わさる事によって威力が倍に上がる為、結果的に敵の攻撃を間近で避ける必要が出てくるが――結局、効率の問題なのだ。
安全重視、人命重視でなければ何処の種族であろうと竜族と同等の結果は出せるだろう。それを良しとしないのが美徳であり、同族を想う仲間意識の強さなのだ。
その点、竜族は結果を出し過ぎた為に強者としての驕りが生まれてしまう。軍人や上級生のように命を賭けて怪物に挑む者は現実の厳しさを知り、あるいは人命の尊さを痛感するようになるのだろうが、未だ迷宮に入ったことのない者が他種族を色眼鏡で見てしまうのは仕方の無い事だと言えた。
「それに私、喧嘩や決闘で一度も負けたことが無かったんや。私に氣力教えてくれた師匠は別としてな」
「似たような歳で、初めて黒星を付けてしまったのが俺だと」
自分の事なのに一真は謝りたくなってきた。少し前にやり合った決闘で、最後に振り絞った怒りにはそんな理由があったのだと。そして怒っていた割には直ぐに素直になった理由も、そこから来ていたのだろう。
「せや。それで、どうしたらそんなに強ぅなれるのか知りたい……でも、そんな下心ありありで、その……カズマは……」
「ティアは勉強家だな」
「ふぁ……」
そう言って一真が頭を撫でると、ティアは恥ずかしそうに頬を赤くし、目を閉じるも大人しく受け入れる。やがて一真は手を放し、ティアの隣に腰を下ろした。
「大丈夫、嫌がったりしないよ。俺も似たようなもんだし、俺の方が性格が悪い。入学初日なのに入試主席やら生徒会やらに喧嘩売ってきたしな」
「そ、そうなん?」
「ああ」
ルディに話した内容と同じように、入学前から今に至るまでの一連の経緯をティアに説明する。その途中で顕現器官も持っていないことも伝えた。
ティアは一真の話を聞きながら『耳』が徐々に立っていくのを感じた。
「それでも俺が強さを教えられるかどうかは、どうだろうな……。俺がやってきたのは考える事と、弛まず続けた事ぐらいだけど、他の人に同じ内容でやらせられるかと言ったら――いきなりは無理。俺は十六年も続けてるからな」
だが、流石にこの一言は衝撃的だったようで、ティアはビックリしたように一真を凝視した。
「十六年て……生まれた時から?」
「生まれて八年、そこから身体を鍛え始めて十年。竜国に来てから更に六年。さて、俺の精神年齢は本当は何歳でしょう?」
(二十四? でも身体は……)
日本人が幼いと言われるのも体格や童顔の所為だが、この世界ではそこまで顔の彫りが深い人がおらず、それ故、ティアから見ても顔も体格も歳相応にしか見えなかった。
しかし一真が嘘を言っているようにも思えなかった。なら若返ったということなのか。しかしそんな摩訶不思議な現象を起こす魔法など寡聞にして聞いたことが無い。唯一考えられるのは――。
「てことは、カズマは招人なん?」
「ああ」
一真はにっこり微笑み、首肯した。
「コネで来たから、厳密には招かれてないけどな。どうも面白くない少年期を送ったからか、十年分おまけされたみたいだ。代わりに長所が神様に全部取られたけど」
「だから……」
顕現器官も無く、素質もオールC++なのだと、ティアはようやく理解した。
もしかしたら高度な障害魔法が使われたのかと思って、決闘後にコッソリ『写身』を使ってみたが結果は同じだったのだ。それも『主神』から徴収されたとなれば納得出来る。
「でも私はカズマに教わりたい。あんさんは私より強いもん」
事実、一真はティアに負けなかった。自分を守りきった。
決闘の勝敗が『スタミナ切れを起こしたら敗北』という取り決めだったから、とはティアは思わない。仮に殴り合いだったとしても今の自分では勝てなかっただろう。それだけの歴然とした実力差があるのだ。そして一真こそ、異国に来た自分が目標とするに足る人だと直感した。
「じゃあ質問。ティアは一日に何時間寝る?」
その質問の意図は読めなかったが、ティアは正直に答えることにした。
「……八時間。ぁぅ……」
見栄を張らなかったご褒美と言うように、一真がまたティアの頭を撫でる。年齢の話も聞いてしまったからか、まるで本当の兄が頭を撫でてくれているような心地良さで、思わず息が漏れる。
「健康的で大変結構。でもそんな子が無理して俺に合わせようとすると、疲れが取れないまま自律神経が先に壊れる。だからある程度達成難易度を下げなきゃいけない。それでも良いなら教えるよ」
一真を見つめていたティアの表情が、期待と喜びで華を咲かせていく。
「うんっ」
「代わりにこの世界の事を色々教えて欲しいかな。四年間で出来るだけ知識を吸収しようと思ったんだけど、どうしても偏っている気もするから」
「私に教えられることなら何でも教える。どんどん聞いてや」
「ありがとうティア」




