その雰囲気に惹かれて《あっとほーむ》
「……もうえぇよ。あとはシャワーでも浴びて落とすさかい」
「そう? それじゃ終わりってことで」
一真は屈んだまま、カウンターのお姉さん――セリアに向けて手を振った。セリアは頷き、手を叩いて遮断結界を消す。観戦していたルディ達が二人に徐に近付いてきて、良いモノを見せてもらったと少女の健闘を讃えた。
「貴女よく頑張ったわね。最後の立ち直りが信じられなかったわ」
「俺からも凄いと言わせて貰おう。あのまま精神をゴリゴリ削られて戦闘不能になるかと思いきや、だもんな」
まさか決闘相手の仲間から褒められるとは思わなかったのだろう。ティアラルは起き上がると、恥ずかしげに頬を指で掻いた。
「あー……はは。おおきに」
「うんうん。仲良き事は美しき哉」
「いや……アンタが言うなや」
「ははは」
(……でも)
自分と戦ったのはこの少年なのに、彼の仲間はそれに関して何も言わず相手を称えている。なのにこの少年は憤ったりしない。むしろ喜ばしげに頷いているのを見て、ティアラルの『耳』が上下に動く。
「そーだ。カズマ、ちょっと左手を見せてみろ」
「ほい」
一真は素直に左の掌を上に向けてルディに差し出す。それはティアラルが放った最後の一撃を掴んだ手。見れば掌はやや赤くなっていて、所々薄い青痣が浮かんでいる。ルディはその手に触れ、指で何度か押した。押されている本人は涼しい顔なのに、触れたルディの方が眉に皺を寄せていく。
「……やっぱ折れてやがるな。亀裂骨折三箇所って所か」
ルディの触診結果にリーティアは呆れたように呟き、ティアラルは一真を睨み、一真はケラケラと笑った。
「あれだけ格好良く受け止めておいて、折れたの?」
「いやそれより……自分、避けられたんちゃう?」
「君が打てる最高の一撃だったろ? 全力で受け止めてみたかった」
「むぅ」
最高の一撃を受け止めたかったと言われて嬉しいような。実力差を見せつけられて、顔にも当たらなくて腹立つような。でもそれなりの骨折を与えられてスカっとしたような。そんな三つの気持ちがティアラルの胸の内で複雑に混ざっていく。
「……私もまだまだ修行不足やな」
それでも、これからは慢心を自重しないと何時か徹底的に打ちのめされかねない。今日はいい勉強になったとティアラルは素直に反省することにした。そんな気持ちを知ってか知らずか、少年の仲間は微妙な表情を浮かべてしまう。
「コイツと出会ったのが運の尽きだ。あまり気に病むと辛いぞ」
「そうね、相手が悪かったと思ったら良いわ。まぁ、それで貴女が納得するとは思わないけど」
「おいおい、人を厄災のように扱うのは良くないぞ」
いや、その娘にとって厄災だろ。と二人同時に容赦の無い返答が戻ってくる。阿吽の呼吸とも言える会話の応酬に、ティアラルの『耳』がそわそわと動く。
「御三方は幼馴染なん?」
「私は違うわ。今日初めて会ったのよ」
「俺とカズマは四年の付き合いだな」
「それでそれ?」
目を見開いて三人を眺めるティアラルに、リーティアは苦笑した。自分もルディと一真を兄弟ではないかと疑ったのだから、その気持ちはよく解る。
「信じられないかもしれないけどね。気が置けないリーダーに引っ張られるのよ」
リーダーとは特定の集団の、この学校では特に迷宮探索におけるパーティリーダーという意味合いがある。ティアラルはルディを見上げ、確認するように尋ねた。
「あんさんがリーダー?」
「と、思うだろ?」
竜国の国立学校に限らず、それなりに高いレベルでパーティを組む場合、種族混成のパーティであっても最も頑丈で火力も高い竜族がリーダーを任される場合が多い。だがルディは一真の頭の上に手を置いて、少々乱暴に頭を撫でながら否定した。
「悪いな。コイツがリーダーだ」
一真は目を細めながらも頭の手を跳ね除けない。代わりに片目を開いて、ティアラルを見つめた。
「初めまして。俺はカズマ・ミカゲだ」
そう言えば決闘をしたにも関わらず、名乗りは挙げなかったとティアラルは思い出し、三人を視界に収めながら名前を口にした。
「私はティアラル=∪=ティオスや」
族長の子が三ツ名になるのは何処の種族でも共通事項だ。ルディは一礼し、リーティアは同じ三ツ名を名乗って敬意を払う。
「ルーディック=オルガイアだ」
「リーティマイア=H=アドルクアよ」
二人の名を聞いた途端、ティアラルは目を見開く。心情に追従するように『耳』がピンと直角に立った。
「『双白竜』の子息に『夜血』の令嬢やん」
「あらご存知なの」
「光栄だね」
「古来より情報の多さは財貨やしな。でもご両人がリーダー譲るっちゅーのは……カズマ、一体何者なん?」
「物珍しさから神輿に担がれてる日……痛っ。痛いぞルディ」
ルディの右手がチョップの形を作り、一真の頭を軽く叩いていく。
「違うだろ。おめーが俺より強くて、判断力、決断力があるからリーダー任せてんだ」
「ポンポン叩かれたら背が縮むという都市伝説があってだな」
「チビカズマくんか。そうだ、今度フィーに人形作ってもらうか。綿の代わりに砂を入れて」
「サンドバックか、いいな。俺も作ってもらおうか、ルディの形で」
「「ははは」」
「貴方達ねぇ……」
漫才のように話を進める二人を尻目に、リーティアは一度咳払いを行い、
「コホン……私は後から入ったからカズマに任せてるの。でも私にリーダーの役目を任されたなら、それはそれでやり遂げる自信があるわ」
「ま、俺もリーティアも、単にコイツがやらかす事が面白そうだから特等席に居るだけだ」
「そうね。それで間違ってないわ」
「……なるほどな」
一真と呼ばれた少年が面白そうだと、一種の安心感を抱くほどに認めているのだとティアラルは理解した。確かに自分の目で見て、実際に戦ってみて、その底の知れなさが面白い。素材だけなら間違いなく平凡なのに、出来上がった当人を見れば一級品になっている。それも『自分でも届き得ると思わせる高さ』で誘っているのだ。自分もまた、近くで見ていたいと思ってしまう。
「君がソロに固執するなら無理強いはしないけど、俺達と一緒に行く?」
ピクンとティアラルの『耳』が動き、おずおずと三人を見上げた。
「でも、さっきみたいに私は我儘やで。……迷惑ちゃう?」
「本当に迷惑な人は、そんな風に自分が悪いと思っていないわ」
「我儘っつーのは、コイツみたいに面白そうだと思ったら勝手に突っ走る奴のことを言うんだ」
「そういうことよ」
「違いない」
取るに足らない出来事のように笑い飛ばす。まるで違う種族が、たった一日でこんな風になれる。その雰囲気に、ティアラルは確実に惹かれていた。
「どうする?」
とか言いながら右手は既に差し出されている。楽しそうで、染み入るような優しさが小憎らしい。
「一緒に、私も行く」
そんな想いを胸中に秘めて、ティアラルが差し出された手を握り返す。一真は立ち上がり際にティアを力強く引っ張る。強引に見えてその実、無理をさせない動きによってティアは一真と同じ目線に立った。
同じ目線に立って掴んだ手を、ティアは軽く上下に振る。その顔には少女特有の透明な笑みが浮かんでいた。
「よろしゅうな、カズマ」
「こちらこそ。よろしくな、ティア」




