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かつて愛と呼ばれたモノ  作者: Anotherblood
第一章:『角無し』の少年
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氣法師《フォースマスター》

「勝敗のルールはどうする?」

「決闘ならどつき合いや!」


 灰狐の少女は拳をグッ、と握り締めて宣言するも、一真は軽く手を横に振る。


「あ、駄目。女の子は殴りたくないし、一発でも殴ったら多分加減が効かなくなる」

「なんや臆したんか? 偉そうな講釈垂れても存外臆病者(チキン)やなぁ」


 嘲笑と罵倒で一真の精神に揺さぶりを掛けるが、一真はにこやかな笑顔で受け流す。


「臆病者(チキン)でも愚か者(ゴミ)でも唐変木(デク)でも良いよ? 好きに攻めさせてあげるから。君のスタミナが切れたらおしまいな」

「よっしゃ、その言葉一生後悔させたる」


 両者共に笑みを浮かべて遮断結界(けっとうじょう)に入っていく。完全に中に入ったのを見計らって、リーティアはルディに尋ねた。


「ねぇ、あの提案( ア レ)で良かったの? 手を出さないとか」

「あの提案( ア レ)はアレでえげつねぇよ」


 十分な勝算があるどころか、必勝にも近い。言外にそう滲ませるルディに、リーティアは何時もの癖で片手を頬に当てた。


「……カズマって何が得意なの?」


 問いに対し、ルディは簡潔に答える。


「認識力(コーグニション)と判断力( ジャッジ)。特にそれらを支える持久力(スタミナ)と精神力(メンタルパワー)」

「それは、得意とは言わないんじゃない……?」


 技術や魔法の事が聞けると思っていたリーティアは少し首を傾げた。どちらかと言えば長所に分類されるような言葉だ。前二つの言葉が無ければ根性論とも取れる。一応、この世界(ラウフドゥーリア)では精神力(メンタルパワー)は魔法の威力や持続展開に直結するし、持久力は氣力(フォース)の総量を測る重要な要因(ファクター)だ。かなり強引ではあるが得意と言え無くもない。


「それが普通だな。逆に俺はそういう反応の方が新鮮だ」

「……ふーん」

「そんなリーティアに質問。あの提案の中でカズマが滑り込ませた『えげつない』提案とは、どんな事でしょうか」


 リーティアは目を閉じて思考を巡らせる。


(一筋縄ではいかないあの性格から考えられるのは……『殴らない』は一切の攻撃行動をしない、では無いでしょうね。持久力(スタミナ)が切れるまで攻撃させるということは、基本的に防御に回るということ。つまり、心身共に疲弊させる戦術を採る。そして一真は持久力(スタミナ)が得意……)


「――消耗戦に持ち込んだこと」

「正解。持久力(スタミナ)勝負でカズマに勝つのは至難だ。アイツ信じられないぐらいあるからな。問題は、あの狐っ娘(キツネっこ)が短期決戦でカズマをちゃんと仕留められるかどうかだな」


 最後の言葉はルディが灰狐の少女を応援しているように思えた。


「貴方はカズマを応援しないの?」

「しねーよ。アイツは『自分と女の子なら女の子を応援してやれよ』とか抜かす奴(バカ)だぞ? 敗北シーンとか滅多に見られねーから、もし負けたら爆笑してやるよ」


 そう言いながらもう笑い始めてる辺り、二人がどういう悪友(かんけい)なのかリーティアは良く理解できた。


「じゃあ私がカズマを応援するしかないじゃない」

「おう。こっからは見てのお楽しみだな」



 ―― ・ ――



「何時でもどうぞ」

「ほーかほーか」


 灰狐の少女――ティアラルは尊大な態度とは裏腹に、一真の余裕に一応の警戒をしていた。肩の力は抜けているし、肉眼で目視可能な闘気らしいモノも視えない。まして魔力の塊なんてモノがある筈もなし。それでも不気味なほど余裕をかましている。ティアラルにしてみれば、それがとても癇(かん)に障(さわ)った。


(んー……でも全然強い感じがせぇへん。氣力(フォース)どころか闘気もまるっと見えへん。……コイツなんで私(あて)に喧嘩売りよったん。……でもまぁ、とりあえず『視る』か)


 金色の眼に魔力を集めて一真を『視る』。本人の同意無しでも精査が可能な獣族(けものぞく)固有の魔法『写視(うつしみ)』だ。術者本人の外見上の変化が無く、また精査されている人間も気付くことが無い便利な魔法だ。

 そんな『写視(うつしみ)』は相手が持っている潜在的な基礎能力を測ることができる。本人が鍛えて克服している部分までは判らないが、皆何かしら得意分野を持っている。そして短所を伸ばすより、長所を伸ばすほうが楽だ。よって本人の傾向というモノがある程度判る。


 だが――。


(オ、オールC++やと……? ありえへん)


 ――『主神(アルルニア)』から通行料(ちょうしょ)を徴収された一真に、そのような傾向、解りやすい弱点など無い。この世界(ラウフドゥーリア)における全種族の平均よりもやや上。条件付けで優秀。というより他に評価しようが無かった。


(やが、あからさまに可笑しい均一を除けば特別という枠でさえあらへん。……自分、差を覚悟して相当頑張ってこの学校に入ったんやろ? 笑い(ボケ)の延長のような決闘申請(ツッコミ)、その余裕はなんや。お勉強だけで勝ち残れるトコちゃうと分かっとる筈や)


 見せ掛け(ブラフ)か。見掛け倒し(ただのアホウ)か。それなら本当に戦う必要が無い。何とかして舌戦で終わらせるべきだ。戦いは始まっているというのに、未だ崩れない余裕を油断(マヌケ)というには余りにも不適格な男。ティアラルは獣族(けものぞく)特有の認識力から冷静に評価を修正した。


(最低でも――余裕に見合うだけの実力は持っとる。そう見るべきやな)


「まだ、来ないのか?」

「気ぃ早い男は女の子に嫌われるで」

「そうだね。気を付けよう」


(まぁ自分「魔法もぶっ放さない」とは言わんかったしな。私(あて)も不意打ちされると頭に置いて――)


 ティアラルは全身に薄緑色の氣力(フォース)を溢れさせるように纏うと、一真に向かって一直線に走りだす。それも背を低くして地面を這うようにして。七メートルの箱は短い。一秒経たずに一真を射程圏内に収め、地面に付けた左手を軸に右足で蹴りを繰り出す。それも両足を壊すつもりで放った全力の蹴りだ。

 一真は少し強めに地面を蹴って後ろに跳ぶ。

 ティアラルは自分の蹴りを避けられたと見るな否や、空振りした右足の膝を曲げた。強引に地に足を付け、地面を蹴る。足の裏の氣力(フォース)をゴム布のような滑りの少ない足場に変え、残った左足で貫手のような鋭い蹴りを放った。

 一真は背面の壁(けっかい)を蹴り、更に天井に張り付く。だが何を思ったのか、何もせず自由落下を始めた。当然、重力が働いて頭から落ちていく。


(なっ――)


 驚くが、ここで逃す手は無い。ティアラルは一瞬、脚か拳か迷ったが、自分に染み付いた動きは既に次の攻撃を決定していた。やや腰を落として拳を放つ――正拳突き(とりあえずぶんなぐる)。


「ちぇぇぇぇええりやぁああああああ!!」


 気迫と氣力(フォース)を込めた乾坤一擲の一撃。狙いは腹だ。悪くすれば内臓破裂を起こすだろうが、ここは竜帝校で急患が出ても対処は出来る。暫く固形物が食べられないかもしれないが、それはそれ。決闘の常だから仕方がない。

 そんなティアラルの一撃を、一真は両手の指で包むようにティアラルの拳を覆った。ティアラルは確信する。その程度で正拳突きを破れはしないと。引き剥がしてぶち抜いて圧し折って血反吐を吐かす。それだけの氣力(フォース)を込めた。


 なのに――一真の指はしっかり掴んで離さない。感触からして、ほんの少ししか力を入れていないではないか。なのに離れない。拳の威力によって指を引き剥がす感触も無い。やがて肘が伸びきっても、ティアラルの拳に何かを貫く感触が与えられることは無かった。


(んな阿呆(アホ)な……) 


 代わりに、一真の身体が後ろ向きにふわりと浮く。だがティアラルは目の前に起きた光景が理解できず、追撃を行うことが出来なかった。

 それを見届けた一真は、自分の頭が地面に激突する前に右掌を地面に当て、肘を曲げ、力を込めて自分を押し投げた。結果、一真に両足から地面に触れさせるほどの高さを与える。

 そして一真は、ゆっくりとティアラルの方へ振り返った。


「流石にキツイな。氣法師(フォースマスター)ってのは、皆こうなのか」



 ―― ・ ――



 外野として二人の決闘を見ていたリーティアもまた、目の前の光景が信じられなかった。

 顕現器官に頼った高威力、速攻魔法に慣れ親しんだ者は氣力(フォース)を軽んじるが、自身の生命エネルギーを物理的な力に変える氣力(フォース)は本来魔法の威力と大差は無いのだ。性質が違い、長期的な修行を必要とする以外は。

 そして灰狐の少女が見せた氣力(フォース)の量は目に見えるほど巨大だった。何より『色付き』。氣法師(フォースマスター)と呼ばれるレベルの兵(つわもの)だ。

 本来、全身から発せられる氣力(フォース)は無色透明。だがある境目を超えた強者の氣力(フォース)は生命力に応じて濃度を増し、目に見えて色濃くなっていく。本人の精神状態や気質にも寄るが、何らかの色が付く。そこまで至った莫大な生命力の持ち主、氣力(フォース)の遣い手を氣法師(フォースマスター)と呼ぶ。

 問題は――その氣法師(フォースマスター)の一撃を受け止めきった一真の力だ。


「今のは、どういう出来事なの?」

「カズマの氣力(フォース)が一瞬だけ全身を覆ったのが見えたか?」


 灰狐の少女が放った正拳突きに、一真の両指が絡んだ瞬間だ。


「えぇ。蒼いのが見えたわ」

「それが相手の攻撃力を急激に減衰させ、殺しきれなかった力を全身に広げた氣力(フォース)によって衝撃を分散させたんだ」

「じゃあ、カズマがあの状態で浮いたのは……」


 本来なら自由落下によって増加した自分の重さで、分散させた衝撃を相殺する予定だったという事になる。まるで手品のように、氣力(フォース)を込めた正拳突きを食らっても何事も無く地面に到達する。そう見せ掛ける為に。


「計算し損ねるぐらい強かった、ということだな」

「……カズマは攻める?」

「アイツから攻めないとは言ってないからな。あの娘がスタミナ切れを起こす前に、降参(ギブアップ)を選んでくれれば良いんだが……」

「それは、どういう意味?」

「まぁ見てろ。アイツを敵に回すと怖いって意味がよーく解るようになる」



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