氣法師《フォースマスター》
「勝敗のルールはどうする?」
「決闘ならどつき合いや!」
灰狐の少女は拳をグッ、と握り締めて宣言するも、一真は軽く手を横に振る。
「あ、駄目。女の子は殴りたくないし、一発でも殴ったら多分加減が効かなくなる」
「なんや臆したんか? 偉そうな講釈垂れても存外臆病者やなぁ」
嘲笑と罵倒で一真の精神に揺さぶりを掛けるが、一真はにこやかな笑顔で受け流す。
「臆病者でも愚か者でも唐変木でも良いよ? 好きに攻めさせてあげるから。君のスタミナが切れたらおしまいな」
「よっしゃ、その言葉一生後悔させたる」
両者共に笑みを浮かべて遮断結界に入っていく。完全に中に入ったのを見計らって、リーティアはルディに尋ねた。
「ねぇ、あの提案で良かったの? 手を出さないとか」
「あの提案はアレでえげつねぇよ」
十分な勝算があるどころか、必勝にも近い。言外にそう滲ませるルディに、リーティアは何時もの癖で片手を頬に当てた。
「……カズマって何が得意なの?」
問いに対し、ルディは簡潔に答える。
「認識力と判断力。特にそれらを支える持久力と精神力」
「それは、得意とは言わないんじゃない……?」
技術や魔法の事が聞けると思っていたリーティアは少し首を傾げた。どちらかと言えば長所に分類されるような言葉だ。前二つの言葉が無ければ根性論とも取れる。一応、この世界では精神力は魔法の威力や持続展開に直結するし、持久力は氣力の総量を測る重要な要因だ。かなり強引ではあるが得意と言え無くもない。
「それが普通だな。逆に俺はそういう反応の方が新鮮だ」
「……ふーん」
「そんなリーティアに質問。あの提案の中でカズマが滑り込ませた『えげつない』提案とは、どんな事でしょうか」
リーティアは目を閉じて思考を巡らせる。
(一筋縄ではいかないあの性格から考えられるのは……『殴らない』は一切の攻撃行動をしない、では無いでしょうね。持久力が切れるまで攻撃させるということは、基本的に防御に回るということ。つまり、心身共に疲弊させる戦術を採る。そして一真は持久力が得意……)
「――消耗戦に持ち込んだこと」
「正解。持久力勝負でカズマに勝つのは至難だ。アイツ信じられないぐらいあるからな。問題は、あの狐っ娘が短期決戦でカズマをちゃんと仕留められるかどうかだな」
最後の言葉はルディが灰狐の少女を応援しているように思えた。
「貴方はカズマを応援しないの?」
「しねーよ。アイツは『自分と女の子なら女の子を応援してやれよ』とか抜かす奴だぞ? 敗北シーンとか滅多に見られねーから、もし負けたら爆笑してやるよ」
そう言いながらもう笑い始めてる辺り、二人がどういう悪友なのかリーティアは良く理解できた。
「じゃあ私がカズマを応援するしかないじゃない」
「おう。こっからは見てのお楽しみだな」
―― ・ ――
「何時でもどうぞ」
「ほーかほーか」
灰狐の少女――ティアラルは尊大な態度とは裏腹に、一真の余裕に一応の警戒をしていた。肩の力は抜けているし、肉眼で目視可能な闘気らしいモノも視えない。まして魔力の塊なんてモノがある筈もなし。それでも不気味なほど余裕をかましている。ティアラルにしてみれば、それがとても癇に障った。
(んー……でも全然強い感じがせぇへん。氣力どころか闘気もまるっと見えへん。……コイツなんで私に喧嘩売りよったん。……でもまぁ、とりあえず『視る』か)
金色の眼に魔力を集めて一真を『視る』。本人の同意無しでも精査が可能な獣族固有の魔法『写視』だ。術者本人の外見上の変化が無く、また精査されている人間も気付くことが無い便利な魔法だ。
そんな『写視』は相手が持っている潜在的な基礎能力を測ることができる。本人が鍛えて克服している部分までは判らないが、皆何かしら得意分野を持っている。そして短所を伸ばすより、長所を伸ばすほうが楽だ。よって本人の傾向というモノがある程度判る。
だが――。
(オ、オールC++やと……? ありえへん)
――『主神』から通行料を徴収された一真に、そのような傾向、解りやすい弱点など無い。この世界における全種族の平均よりもやや上。条件付けで優秀。というより他に評価しようが無かった。
(やが、あからさまに可笑しい均一を除けば特別という枠でさえあらへん。……自分、差を覚悟して相当頑張ってこの学校に入ったんやろ? 笑いの延長のような決闘申請、その余裕はなんや。お勉強だけで勝ち残れるトコちゃうと分かっとる筈や)
見せ掛けか。見掛け倒しか。それなら本当に戦う必要が無い。何とかして舌戦で終わらせるべきだ。戦いは始まっているというのに、未だ崩れない余裕を油断というには余りにも不適格な男。ティアラルは獣族特有の認識力から冷静に評価を修正した。
(最低でも――余裕に見合うだけの実力は持っとる。そう見るべきやな)
「まだ、来ないのか?」
「気ぃ早い男は女の子に嫌われるで」
「そうだね。気を付けよう」
(まぁ自分「魔法もぶっ放さない」とは言わんかったしな。私も不意打ちされると頭に置いて――)
ティアラルは全身に薄緑色の氣力を溢れさせるように纏うと、一真に向かって一直線に走りだす。それも背を低くして地面を這うようにして。七メートルの箱は短い。一秒経たずに一真を射程圏内に収め、地面に付けた左手を軸に右足で蹴りを繰り出す。それも両足を壊すつもりで放った全力の蹴りだ。
一真は少し強めに地面を蹴って後ろに跳ぶ。
ティアラルは自分の蹴りを避けられたと見るな否や、空振りした右足の膝を曲げた。強引に地に足を付け、地面を蹴る。足の裏の氣力をゴム布のような滑りの少ない足場に変え、残った左足で貫手のような鋭い蹴りを放った。
一真は背面の壁を蹴り、更に天井に張り付く。だが何を思ったのか、何もせず自由落下を始めた。当然、重力が働いて頭から落ちていく。
(なっ――)
驚くが、ここで逃す手は無い。ティアラルは一瞬、脚か拳か迷ったが、自分に染み付いた動きは既に次の攻撃を決定していた。やや腰を落として拳を放つ――正拳突き。
「ちぇぇぇぇええりやぁああああああ!!」
気迫と氣力を込めた乾坤一擲の一撃。狙いは腹だ。悪くすれば内臓破裂を起こすだろうが、ここは竜帝校で急患が出ても対処は出来る。暫く固形物が食べられないかもしれないが、それはそれ。決闘の常だから仕方がない。
そんなティアラルの一撃を、一真は両手の指で包むようにティアラルの拳を覆った。ティアラルは確信する。その程度で正拳突きを破れはしないと。引き剥がしてぶち抜いて圧し折って血反吐を吐かす。それだけの氣力を込めた。
なのに――一真の指はしっかり掴んで離さない。感触からして、ほんの少ししか力を入れていないではないか。なのに離れない。拳の威力によって指を引き剥がす感触も無い。やがて肘が伸びきっても、ティアラルの拳に何かを貫く感触が与えられることは無かった。
(んな阿呆な……)
代わりに、一真の身体が後ろ向きにふわりと浮く。だがティアラルは目の前に起きた光景が理解できず、追撃を行うことが出来なかった。
それを見届けた一真は、自分の頭が地面に激突する前に右掌を地面に当て、肘を曲げ、力を込めて自分を押し投げた。結果、一真に両足から地面に触れさせるほどの高さを与える。
そして一真は、ゆっくりとティアラルの方へ振り返った。
「流石にキツイな。氣法師ってのは、皆こうなのか」
―― ・ ――
外野として二人の決闘を見ていたリーティアもまた、目の前の光景が信じられなかった。
顕現器官に頼った高威力、速攻魔法に慣れ親しんだ者は氣力を軽んじるが、自身の生命エネルギーを物理的な力に変える氣力は本来魔法の威力と大差は無いのだ。性質が違い、長期的な修行を必要とする以外は。
そして灰狐の少女が見せた氣力の量は目に見えるほど巨大だった。何より『色付き』。氣法師と呼ばれるレベルの兵だ。
本来、全身から発せられる氣力は無色透明。だがある境目を超えた強者の氣力は生命力に応じて濃度を増し、目に見えて色濃くなっていく。本人の精神状態や気質にも寄るが、何らかの色が付く。そこまで至った莫大な生命力の持ち主、氣力の遣い手を氣法師と呼ぶ。
問題は――その氣法師の一撃を受け止めきった一真の力だ。
「今のは、どういう出来事なの?」
「カズマの氣力が一瞬だけ全身を覆ったのが見えたか?」
灰狐の少女が放った正拳突きに、一真の両指が絡んだ瞬間だ。
「えぇ。蒼いのが見えたわ」
「それが相手の攻撃力を急激に減衰させ、殺しきれなかった力を全身に広げた氣力によって衝撃を分散させたんだ」
「じゃあ、カズマがあの状態で浮いたのは……」
本来なら自由落下によって増加した自分の重さで、分散させた衝撃を相殺する予定だったという事になる。まるで手品のように、氣力を込めた正拳突きを食らっても何事も無く地面に到達する。そう見せ掛ける為に。
「計算し損ねるぐらい強かった、ということだな」
「……カズマは攻める?」
「アイツから攻めないとは言ってないからな。あの娘がスタミナ切れを起こす前に、降参を選んでくれれば良いんだが……」
「それは、どういう意味?」
「まぁ見てろ。アイツを敵に回すと怖いって意味がよーく解るようになる」




