灰白狐耳もえスポット?
残ったデザートを食べ終え、会計を終えて『ミスティル』から出る。そんな一真達の手には一枚のカードが握られていた。
色は薄緑色で、中央を横切るように白いラインが引かれている。白い部分は液晶パネルのようになっていて、灰色の文字で『0P』と表示されていた。
これは店舗だけでなく学園内の全ての施設で使える『功績カード』という物だ。
竜帝校に限らず、迷宮に挑み怪物を倒すと一定の確率で『財宝』が手に入る。それをこのカードで触れると『自動転送』の魔法が掛かり、個別の校内保管庫に飛ばされるのだ。後は専門の係員が内容を精査し、ポイントという形で残高を増やす。そのポイントを日々の生活雑貨や道具、食品等と交換できる言った仕組みである。
「まさかサインも要らないとは思わなかった」
それも店舗での手渡しという即時発行状態。利用者本人の魔力を注入するだけで本人登録が終わるので、直ぐにでも使用可能だ。一応、まだ踏むべき手順が残ってはいるが。
「魔力は一人一人に差があるから、そいつで判別する。基本的に本人以外じゃ使えないから防犯性は結構高い」
「高い……?」
「そうよ? 高いだけ」
つまり、防犯能力が高い=犯罪が不可能ではない。
何だか子供が抱いていた夢を粉微塵にされた気分になって、一真は眉根に皺を寄せた。
「……偽装可能なのかよ。怖いな」
「食い詰めても働こうとせず、迷宮に行こうともせず、グータラ過ごすだけじゃ飽きたらず、よりにもよって犯罪やらかす奴が居るからなー」
「何処にでも居るんだな。そういうの」
迷宮が人の悪意を吸い取っても、善人だけにはならないらしい。
「だが安心しろよ、この学校でそんな事やらかす馬鹿は居ない」
「退学か?」
「どころか即座にブタ箱行きだ。強制労働が科されて最低服役時間三十年。窃盗罪の中でも一、二を争う重犯罪だ」
「そういう所はキッチリしてるのな」
「迷宮は命懸けだからな」
確かに、他人が命懸けで得た功績を盗んで消費するということだ。厳罰を科さないと色々示しが付かないのだろう。
「とりあえず報告が先ね。ちゃんと学校に申請しておかないと転送先が国庫になったままだから、折角財宝を手に入れても骨折り損になってしまうわ」
「知らずに迷宮入る奴が居るのか?」
「係の人とかに教えられたけど忘れてた、みたいなケースで稀にあるみたいね。ポイントが増えないから直ぐに判るみたいだけど。竜帝校は『封印の大門』前に受付カウンターが設置されている筈だから、そこに行きましょ」
「了解」
―― ・ ――
『迷宮準備区画』
飲食区画から歩いて十分。
学園地下に続く幅の広い螺旋状の階段を降りると、目の前には地下デパートのような光景が広がっていた。中央、幅十四メートルの通路の両端に店舗が犇き合っている。
武具専門の店や、逆に防具を置いてある店もあれば、普通の文房具屋だったり、見るからに怪しげな薬屋もあり、果てはお土産屋や、ティーショップまで並んでいた。
リーティアはまず文房具屋に立ち寄り、一真とルディが品物を眺めている間に百枚一セットの申請用紙と黒ペンを三人分購入し、二人に一つずつ渡した。
「はい。カズマはデザート少し分けて貰ったし、今回は私が奢るわ」
「ありがと」
「おうサンキュ。じゃあ俺は後で飲み物奢るわ」
「えぇ」
リーティアから受け取った用紙の束を、一真は歩きながらペラペラと捲る。
物覚えの良いリーティアが、わざわざ申請するための用紙とペンを購入するのがどうにも解せない。
「なぁルディ、リーティア」
「何?」
「ん?」
「……申請するための雑貨が学生持ちとか、ちょっとセコくないか? 二人はどう思う」
入学費と教科書代と授業料が他の学校と比べても格安なのに、何故そういう所で金を回収しようとするのか。隣で歩くリーティアが、人差し指を立てて答えた。
「お金の有難味を感じさせるため、ちょっとした不便さを感じさせて迷宮で戦わせるため、そういうのは逐次消費するようになっているんじゃ無いかしら? ある程度は学生に『迷宮石』を発掘して貰わないと困るし」
「リーティアが満点回答出しちまった。右に同じ」
『迷宮石』正式名称『シオニウム鉱石』
怪物を倒すことで手に入る『財宝』の中で最も多く手に入るのが、『シオニウム鉱石』と呼ばれる特殊な石だ。一言で説明するならこの世界の生活基盤を支える便性で大切な石。と、考えておけば良い。多くの産業で使用されているが、迷宮の怪物を倒すことでしか入手不可能な素材で、貴重性はそれなりに高い。
俗名も色々あり、人命を賭して手に入れる石という事から『英雄石』、迷宮で手に入るから『迷宮石』、また白と薄紫を混ぜたような色なので『白紫石』とも言う。
「学生と国軍で確か七割生産だったか。残りは冒険家だっけ」
迷宮を探査し、財宝を手に入れる冒険家。
名誉はともかくお金が欲しい、人手不足の補填、気ままな旅をしたいから、前人未到の暗黒大陸に行く為、etcetc。こっちの世界の過激なフリーターだ。二つの意味で身体が動かなくなるまで働ける。
「ああ。国軍とは違うから、嫌な奴が居ればパーティをすぐ抜けられるっていう長所がある職だな」
「でもルディ、この学校卒業した冒険家ってあまり聞かないけど」
「んー」
ルディは唸るように口元に手を当て、
「竜帝校の卒業生の大半は国軍と官僚の精鋭候補、やや国軍の方が上かな。続いて学者、大きく離して神職。冒険者も居ることは居るんだろうが、有名になる前に身体壊したらつぶしが利かないからなー。経験豊富を見込まれて講師を任されるとか一握りじゃないか?」
「倒しても時間が経てばまた湧いてくるから、倒して終わりじゃないものね。力のある財宝を落とす怪物とか、それ相応に強くなるし」
などと雑談に華を咲かせている内に巨大な扉――『封印の大門』が見えてきた。その扉の横にリーティアが言っていたカウンターがあり、なにやら先客と話し合っている。徐々に近づくと、その先客が一方的に捲し立てているのが見えた。
背が高く、肌は小麦色で、白にも近い灰色の髪。長い横髪が印象的で、後ろ髪はポニーテールのように纏めている。そんな女生徒。髪の一部が跳ねているのかと思いきや、よくよく見るとそれは『耳』なのだと判った。
「あれは――」
「獣族ね。灰狐の出身みたい」
獣族。『耳』と『眼』の顕現器官を有する種族だ。と言っても眼は生来の器官と同化しているので消すことは出来ない。顕現した耳の他に、生まれた時からの耳もあるのだが、何故かこちらを見られることを非常に嫌う。
五感に優れ、勘などの第六感に分類される能力も高い。この事から斥候役としては非常に優秀。斥候に適しているから弱い、などと侮って掛かると弱点を早期に見抜かれて一点突破される。計算から交渉まで何でも上手く運ぶだけの強かさがあり、手抜きや侮りと言った脆さはあまりないのだが――。
「なんかすげー揉めてんな」
その獣族である筈の女生徒が何かを訴え、それはできないとカウンターのお姉さんが説明しているように見えた。近付けば否応なく内容が聞こえてくる。
「だ・か・らっ、私なら大丈夫と言っとるんや!」
「ですからー。そういう我儘を仰らずにパーティで来てください。いやホントに駄目ですって。命惜しくないんですか?」
お姉さんの説得にも耳を貸さない、と言った風に両腕を組んで大きな胸を張る。
「ふふん、それなら心配無用や。命のクリスタルを残り三個渡せば嫌でも無事に帰ってくるよって」
「お一人様一個です。あとは御自分でご購入下さい――と、これで三度目ですよ?」
どうやら迷宮に潜ろうとしているらしい。それも単騎突入でだ。
だが会話を聞く限り上級生ではないと一真は考えた。本当に実力があって有名とか、経験豊富な上級生が相手ならカウンターのお姉さんも自己責任として処理するだろう。三回も説明して止めようとはしない。あれだけ止めようとするのは緑タイ、新入生だからだ。
(でもなんで近畿の方言が……こっちにそういう口調があるのか?)
「なぁカズマ」
「なんだ? 心の友よ」
ルディは少しだけ怪訝そうな顔で、
「まさかとは思うが、あの娘に声を掛けるのか?」
「流石に口だけ大将というのはちょっとなぁ……」
ピクリ、と先程まで口論していた女生徒の『耳』が動いた。錆びついた歯車を無理矢理回したような、ゆっくりとした動きで一真の顔を見据える。
「な、ん、や、と……?」
「流石に口だけ大将というのはちょっとなぁ~~」
一言一句違えず繰り返す。よく聞こえるように、少しだけ声を大きくして。
「ほ、ほぉ~」
あれだけ張り付いてたカウンターから離れ、一真達の方へツカツカと歩いてくる。その顔には引き攣ったような笑みが張り付いていて、金色の瞳には殺意に近い怒気がありありと浮かんでいた。
随分背が高いと思っていたら、一真が自分と大差無いぐらい背が高いのだと気付く。推定身長は百七十センチ、目が大きく口元は獰猛な笑みが浮かんでいて、子どもっぽい雰囲気もあるが顔立ちは整っている美人な娘。身体つきはスレンダーな体格ながら出るところは出ている。恐らく一真が見てきた中で一番胸が大きい娘だった。
(まぁそれはともかく)
と、脳内で軌道修正を掛けて。
「なんや私の耳、ちょぉっと遠くてなぁ。言いたいことがあるなら、はっきり言うてみ?」
「口だけで物事をゴリ押しするのは良くないな。少なくとも力を見せなきゃ納得してくれないだろう」
「ならアンタが貰うはずの命のクリスタルを賭けて私と勝負する? もしアンタが勝ったらアンタの言うこと聞いたる」
「だそうですよ。お姉さん」
カウンターのお姉さんに視線を向けると、彼女はびっくりしたような表情をしていた。
「良いのですか? 命のクリスタルは貴重で、使ったら一ヶ月は支給されませんよ?」
「構いません。彼女が勝ったら渡してあげて下さい」
これで負けるなら自制心が付くし、勝てるなら女生徒の鼻っ柱を折れる。どちらにしても悪い話ではなかった。どうせ最初の一ヶ月は先人達が残した資料の研究をするのだ。
だが、その言葉を聞いた灰狐の少女だけはニヤリと笑う。獲物が引っかかったと言わんばかりの自信あり気な笑みだ。
「しょうが無いですねぇ。……まぁいいでしょう、決闘場を出します」
カウンターのお姉さんが両手を合わせるように叩くと、カウンターと『封印の大門』から少し離れた所に遮断結界が現れた。生徒会室で見たモノと同じ。ただし今回は大きさが違う。目測で約七メートル立方の空間だ。
「武器は?」
「要らん。決闘なら素手や」
「了解。預かっててくれ」
一真は右手に嵌めていた二つのシルバーリングを外し、ルディに申請用紙の束と一緒に渡す。
ふとリーティアの方を見ると不平不満と言った表情では無く、むしろ笑みを浮かべて左の人差し指を唇に当てていた。
「お手並み拝見とさせて貰うわ。生徒会室でのお土産話もまだ聞いてないし」
「……こりゃ負けられないな」




