親睦昼食会 その3
「し、しん……神職適性A++? ……現役の大神官でもやってるの?」
「……」
一真はお冷を口に含んで喉を潤すだけで何も答えない。手掛かりなし。いや、ちゃんと読めば答えはあるという姿勢か。
・種類:神職適性
・ランク:A++
・コメント:
リーティアは自分を落ち着かせようと息を吸い込む。よし、と覚悟を決めるものの、息を吐くのも忘れて冒頭の意味を再確認しようと三度読み返す。
『現在貴方を最高ランクのA++と認識する。だが、貴方の本来のランクは更に一段階上であると推測する』
(さ、更に一段階上って何よ。……流石にちょっと目眩がしてきたわ)
が、本当に絶句するのは更にその先であると理解した。
『貴方は最高の神職適性を有し、現存する全ての神聖魔法を習得できる。習得速度は早く、持続展開も他の者と比べて負担が少ない。神職を務めるなら天職とさえ言える。
しかしながら貴方は神に仕える気が無く、貴方が仕えると唯一首を縦に振るのは人間だけだろう。人の為に生まれ、人の為に死ぬ。それを是とした家系に生まれたからだ。
神に仕えることなく過剰とも言える神職適性を有している理由も貴方の家系から来ている。
時代を遡れば『縁』を司る神に仕える神官の一族に辿り着く。そこで貴方の祖先、分家の男は己の一族と決別し、仕えていた神と縁を切った。奇縁により知り合った別の神格者と契約を結ぶ為である。
やがて分家の男を始祖とした家系は、縁を結んだ神格者と代々賭けを行うようになった。その一環として貴方の祖先等は人の模範となる生き方を行い、人々はその背を追っていく。人々の身に降り掛かる数多くの難題を、各々の力を合わせることによって踏破し、貴方の家系は神格者との賭けに悉く勝利を収めた。
難題を踏破する毎に人は発展を続け、感謝の言葉を使う者が本来の意味を忘れてしまうほど人々の魂の格を引き上げる事に成功してしまう。その成果は『宝物』『財宝』の属性を有する装具達を以て『人の形をした財宝』と認められ、神宝の格に匹敵する一族と見做される程だった。
そうして魂を磨き続けた結果、貴方の家系は五代前から神格を持つほど徳を重ね、厳格な掟に基づいて奇跡を行使するまでになる。神に類する力を持ちながら、人の身で在り続けたのは偏に人間への愛である。こうした経緯から貴方は生まれながらの聖人、半神格者であり、最高の神職適性を有するのである』
「――……ハァ」
確かに疑問は全て解けた。……ついでに溜息しか出てこない。
「どうだった?」
「……信じられない。と言った感想が正直な所よ」
「だろうな。最初に見た時は誰だってそう思うさ」
ルディが相槌を打ち、一真は右手をリーティアに差し出した。
「そんな俺の身体を素質探査の魔法で調べてると良い。全てC++だから」
「え、嘘っ……」
そう言いながらリーティアは人差し指に魔力を集め、一真の手に触れた。本人の意志による許可が下され、探査魔法が発動する。全身がスキャニングされ、情報が右目の前方に並べられた。基礎筋力、頑強、スタミナ、魔力貯蔵、魔力収集、魔素耐性、魔法展開速度などの項目が続くが、どれもC++だ。不自然なまでに均一化されている。
「神格持ちなら絶対どこか常識外れの所があったと思ったのに……」
「あったかもしれないけどな。余った所は『主神』に通行料として徴収されたらしい」
「通行料って――まさか、貴方招人?」
「この世界の住人なら顕現器官を持っているだろ」
「……貴方のことだから、絶対どこかに隠し持っていると思っていたわ」
と、妙な所で信頼されていた。一真は思わず笑って、
「招かねたらタダだろ? こっちはコネ入界。それなりに通行料を徴収されるって事さ。尤も、後は自分でどうにかしろって所だけはキッチリ残されたけどね」
「……ふぅん」
「お」
一真から見て横の通路から。ウェイトレスが三人分の皿と飲み物をテーブルクロスを引いた台車に乗せて、一真達の席へ押してくるのが見えた。一真はとりあえずテーブルの上に置いてあった用紙を一纏めに回収し、裏返しにして席の横に置く。
「……」
「料理が来たみたいだな」
予想に違わず、注文したパスタ料理と飲み物がテーブルの上に並べられていく。
「お待たせしました。『エルニモパスタ』『アルマ貝のホワイトパスタ』『ピリ辛の塩パスタにクルル豚の薄切り沿え』になります。あと、こちらがお飲み物『ヘルメスジュース』『レッドアルムジュース』『ホワイトアルテイシア』になります」
『エルニモパスタ』は緑黄野菜が中央の白パスタを囲むように散りばめられている料理で、『アルマ貝のホワイトパスタ』は一つ十五センチはある口の開けた大きな平貝が三つ、それに小さなエビが添えられた海鮮風パスタだ。最後の『ピリ辛の塩パスタにクルル豚の薄切り添え』は鷹の爪を刻んだような赤い輪っかが黄色のパスタに幾つも散りばめられ、中央に灰色のクルル豚の薄切りが何枚も重ねられている。
「まずは食べようか。頂きます」
「おっし。食べさせてもらうか」
「天に座します主神に感謝を」
三者三様の略式礼を行い、パスタを口元に入れていく。
「お、こりゃ美味いな。……辛味だけ強いかと思ったら麺が思った以上に甘い。クルル豚の塩のアクセントも効いて……」
「ホワイトパスタもかなりの御味だ。ソースがしっかりしっとりパスタに絡んでる」
「もう。食べる時ぐらい喋らないの」
躾が行き届いた厳しいご家庭出身の方から刺が飛んでくるも、男二人は笑いながら受け流し、
「そういうリーティアはどうなんだ? 味の方は」
「野菜がとても甘くて、これなら野菜嫌いの子でも食べられそうよ。美味しいわ」
「これならデザートも期待できそうだ」
「えぇ、楽しみだわ」
朗らかにパスタ料理を平らげるのであった。
―― ・ ――
食べ終わった皿を回収してもらい、ルディと一真は満足した表情でグラスに残ったジュースをちびちびと飲んでいる。リーティアはまた何か考え事をしているのか、口元に手を当ててじっと手元を見ていた。やがて一真の方へ視線を向け、確認するように言葉を紡いだ。
「ねぇ、カズマ」
「ん?」
「さっきの用紙なんだけど、何らかの小細工を施したかしら? そう、偽装魔法を使ってたり」
リーティアが言った偽装魔法とは、この場合白い用紙の表面を白く見せる魔法だ。持続時間が短い分、子供にも使えて悪戯書きを咄嗟に隠す時に使ったりする。子供が使えるというだけあって、表面の加工しか出来ない。裏側を見たら何かしら書いてあるのがバレてしまう。
内心ドキリとするが、一真は表情に出さない。代わりにうっすらと口元に笑みを浮かべた。
「……目端が利くね」
「光栄だけど、そう言って仲間に引き入れたのは貴方じゃない」
「見たい?」
一真の言葉にリーティアは三秒考え、一つだけ尋ねた。
「解釈の違いはある?」
「いいや。ただ、あまり見て欲しくないかな」
「何故」
今度は一真が考えるように目を閉じ、三つ数えて目を開いた。
「……ほんの半日にも満たない時間だけど、何となく君の人となりが理解できる。人しての強さを求める君が見たら、きっと泣いてしまうだろう」
「優しいわね。でも『仲間』は、そういうだけの繋がりじゃないでしょう?」
「……そうだね。ならこうしよう。君が隠していることを今、俺達二人に教えてくれ。二人分だから借りを一つ俺は作る。代わりに俺は隠した部分を見せよう」
その提案に、リーティアは強い意志を瞳に宿して答える。
「いいわ――私の本名はね、リーティマイア=H=アドルクアって言うのよ」
一真からしてみれば性を二つ繋げる聞き慣れない名乗りだったが、ルディは心当たりがあったようで、即座に反応してみせた。
「三ツ名、族長の娘か」
族長――夜の血族の長。
この場合、枝分かれした一族全てを統べる長――王族ではなく、分派における長という意味だ。竜国で例えるなら爵位持ち、それも公爵に相当する大貴族ということになる。
「正解」
「リーティア。鬼族の会合に行って、よくバレなかったな」
族長の娘ともなれば取り巻きが出てくるだろうと、ルディは疑問をぶつける。
「今まで学校らしい学校に行かなかったの。ずっと家でお勉強よ。だから顔馴染みなんていないわ」
「留学生のくだりは?」
自国に来た留学生が保守的な考えをして、安全第一になっていると言った話だ。見たことも無いのに話を膨らませられたのなら、相当な度胸だ。
「あれは見れば判るわ。肩肘張って、緊張し続けてる。それに周りをキョロキョロしているんですもの。その殆どが一年生で、二年三年となるとまた雰囲気が柔らかくなってて違うのよ。話せばより明確になるわ。あとは……どこも似たようなモノでしょうしね」
「そういうことか」
「カズマ、私は貴方達に教えたわ。今度は貴方が教えて」
「分かった。ついでにデザートを運んで来てもらうよ」
鈴を鳴らし、一纏めに置いてあった用紙を掴む。ウェイトレスにデザートの手配を頼みつつ、偽装魔法の切れた一真の検査用紙を今一度リーティアに手渡した。
ある程度覚悟を固めているとは言え、やはり緊張するのだろう。リーティアは髪を掻き上げ、深呼吸を二度行い、裏側になっている用紙をひっくり返した。一行ずつ、読み間違えのないように何度か文章を往復し、少しづつ目線を下の行に移す。
――そこには、こう書かれてあった。
『だが貴方の生まれがどうであれ、適正評価において更に一段上と記した理由は貴方の生き方にある。
人間は――己の願いが叶えられると知れば、欲の坩堝を閉じていた蓋と楔が腐り落ちる生き物である。
聖人を消費して奇跡を行使する『ミカゲ』が誕生し、人が使い潰すまで僅か百年。
理想の為に、人の為に在った人間を削ることを悪とした筈だったが、何時しか奇跡を行使するのが聖人の義務へとすり替えられていく。
貴方の父君の代で厳格な掟もなし崩しにされ、貴方に愛を与える前に両親は潰えてしまった。問いかける筈だった疑問の答えは、永遠に失われたのである。
一人残され、それでも貴方は誰かの為に在ろうとした。だが報復を恐れた者達は人命という大義名分を盾に、監視人という名の処刑人の男を貴方の下に贈る。
皮肉にも貴方に人の倫理と道理を教え、別の生き方と抵抗する術を与えたのは、最初から最後まで敵の立場を貫いたその男だけだった。十年。早いようで短かった筈だ。
貴方は哀れな人を想い、最後まで恨まなかった。そして、一度は男の手による死を受け入れる。それでも最後は不干渉を貫けなかった契約の神格者によってこの世界に逃がされた。これが貴方がこの世界に来るまでの顛末であり、同時に貴方の価値を認める理由なのである。』
「……ッ」
何故。どうして。という言葉が何度も頭を掠める。これは認められない。認めてはいけない。何処の王侯貴族であろうと、このような非道は許してはならない。人を助け、人を導き、結果これでは、何の為に在ったというのか。穏やかに暮らすことさえ許されなかったという事ではないか。
知らず知らず唇を噛み、用紙を掴む手に力が入って腕が震える。滅多なことで泣かないと決め、覚悟もしていたから涙だけは流さずに済んだ。それでも、怒りとも悲しみともとれる感情が、胸の裡を灼いていく。
「――リーティア、唇を噛もうとするな。こっちを御向き」
用紙を下げて一真の方を見ると、何時取ったのかリーティアのデザート用に添えられたスプーンを使って、一真が頼んだデザートを切り分けていた。一口大に切ったデザートをスプーンに乗せて、リーティアの前へ差し出す。
「怖い顔をすると綺麗な顔も台無しだぞ? はい、あーん」
一瞬、何を言っているのかさっぱり解らなかった。二度三度瞬きして、目の前に一真のデザートを差し出されているという事実だけが頭の中に入る。
「口を開けるように。はい、あーん」
二度目だ。何だかもの凄く断りづらくなって、リーティアおずおずと口を開いた。
「あ、あー……む」
サクサクとした歯ごたえのタルト生地。甘いムースと酸っぱいソースと絡み合って、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がっていく。
「美味しい?」
「……え、えぇ」
「じゃあ、もう一つ。はい、あーん」
動き自体はゆっくりなのに、何故か有無を言わせない迫力が満ちている。
「あ、あむ……」
二回も食べさせてもらったという事実が、ごちゃ混ぜになっていたリーティアの感情を恥ずかしいという気持ちだけに染めていく。当然、身体も心に追いついていく。今の自分なら鏡を見なくても自分が真っ赤な顔をしていて、熱が上がっているのが理解できた。
「落ち着いた?」
「……ちつけ……わ……ぃじゃ……ぃ」
ボソボソとした小声で喋るリーティアを見て、ルディは一真の脇腹を小突いた。
「カズマくん、酷なことを要求してやるな」
「恥ずかしがってるリーティアの姿は貴重だろ」
「……リーティア、こいつ天然ジゴロだからマジで気を付けろよ?」
「そう、……ね」
リーティアが何とか頭を上下させて応えたのを確認して、一真は言葉を続けた。
「ま、そんな訳で――俺は願いを叶える宝石なんとやらで、普通の人として暮らしたいんだ。先祖の力は確かに勿体無いかもしれない。けど、そういう事が起きてしまった以上封じないといけない。その為の迷宮パーティ作り、その為の黄龍大会参加だ。それでも無――」
バン!
リーティアがテーブルを平手で叩いた。
「い、今更抜けたりなんか、抜けたりなんかしないわっ。見くびらないで頂戴っ」
最後まで言わせず、強い口調で言い切ったリーティアに、一真は目をパチパチと何度か瞬きして、やがて柔らかい笑みを作る。
「リーティア。……ありがとう」
今までの笑みと違う、本当に安心したような笑顔を前に、リーティアはそっぽを向いた。
「今日から楽しみにしておきなさい。私が、貴方の剣になるから」




