親睦昼食会 その2
各自注文した品を、一つ一つウェイトレスが淀みない口調で確認していく。
「――以上でよろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫です」
「はい畏まりました。デザートはパスタの後でよろしいでしょうか?」
一真がリーティアに目配せすると、リーティアはコクンと頷いた。
「えぇ、それでお願いします」
「何か他にご用がございましたら、そちらの鈴でまたお呼び下さい」
軽く一礼し、ウェイトレスは去っていった。
先程見た通り、お客はそこそこ入っている。料理が手元に来るまで十分、十五分は掛かるだろう。その間を無駄にすることもない。一真はそう考え、自分の鞄の留め金を外す。
「そうそう、はいコレ」
鞄から五枚の適性検査の用紙を取り出し、リーティアの前に置いた。
「これは……適性検査の?」
「どうぞ。気になっていただろ?」
「俺のも出しておかないとな。はい」
続いてルディも鞄から自分の検査用紙を取り出し、リーティアの前へ差し出す。
「ありがとう。……えっと、ちょっと待ってて」
慌ててリーティアも自分の鞄から検査用紙を取り出して、男二人が見える位置に用紙を置いた。
「はい、これが私のよ」
「うん。見させてもらうよ」
一真が手に取り、ルディが横から眺める形でリーティアの検査用紙を見つめた。
(一枚目はロングソード……。適性B++)
「……なぁルディ」
「ん?」
ちらりとリーティアを見ると、彼女は口元に手を当てて真剣に読んでいた。煩くならないいよう、最低限の声量でルディに話しかける。
「+と、++の差ってなんだ? 用紙には細かい単語説明が載っていないからイマイチ分からないんだが」
ルディも一真の気遣いに気付き、小声で応答した。
「+は簡単に言えば、条件付きでもう一つ上のランクと同等の結果が出せるということだな。戦闘や決闘でも地の利や戦術とかの条件を満たせば、自分に有利な方向に展開できるだろ? そういう技能を最初から持っていたり、想定する鍛錬をしてきた人間に付きやすい」
「なら+がもう一つ付く、++は?」
「天与の才、神から与えられた、あるいは祖先からの祝福と言ったモノだな。元々武具に対する適性のある者の中で、系統に存在する別の適性を有している場合に付く。俺の場合、剣に魔法を付与する『魔法剣』がそれに該当するな」
「……んん?」
一真は違和感を感じて首を傾げる。適性というには今までに何をしてきたのか、そして今の自分はどうなのか、と言った部分が少なからず文章に現れている。これはつまり――。
「……適性検査と言いながら適性だけじゃないってことか?」
「そうだな」
ルディはあっさりと認めた。
「実績と適性と才能が合わさって結果が出る。Eが付く理由は、本来自分が持っている筈の適性とは別にサボってたり、学んでこなかったからだな。一年間、自由に学べる時間があって、その間にある程度満遍なく学んできた奴を入れたいのが人情だよ。問題が起きる確率は一%でも下げておきたい。学校としても、生徒にしてもだ」
一真とルディは只今十六歳、今年で十七歳になる。日本で言えば高校生だが、中学校に相当する学校を卒業したのは十五歳の三月。一年の空白があるのは、その間に自分が将来何をやりたいのかを考えさせ、その為に学ぶ期間として充てられるからだ。人によっては思春期真っ盛りで暴れたり遊んでいたりするが、結局それで泣くのは自分だ。ある意味緩急を付けず、直ぐに高校生への階段を昇らせる日本社会の方が優しいのかもしれない。
「それは解る……でもそれなら竜族は回復や神聖魔法に対する適性が低くて、高位魔法が使用できないと言った事実と矛盾しないか? 要はまだ伸びる可能性があるってことだろ」
「いいや、矛盾しない。まず竜族の筋骨は頑強さで全種族一、二位を争う。次に病気に対する耐性や、怪我に対する自然治癒力も高い。よって処置が面倒な呪い以外では神聖魔法系統に世話になることがなく、放っておけば簡単に治ってしまう」
『角』のお陰で火力が高く、掃討戦・殲滅戦が得意。だから怪我もあまり無いしな。とルディは言葉を付け足し、
「そうなれば必然的に回復、神聖魔法を使う機会が少なくなって、同系統の習熟度が低くなるだろ。使わなければ伸びないし、年月を重ねれば他の種族と同じ教育を施しても伸び悩むようになる。そんな訳で、一般課程によって習得が可能なランクCが竜族の限界だ。俺ん家みたいに回復やら神聖魔法やらが得意な方が稀なのさ」
「成程な」
一真が日本に居た頃に想像していた空想生物としての竜も、回復を使うというイメージはあまりない。口から炎やら吹雪やら破壊光線やらぶっ放しているイメージばかりだ。あと英雄に倒されて素材を剥ぎ取られて加工されるとか、そんな具合。
(……勝手に想像しててゴメンなさい。ルディ、フィー、伯爵、奥様、使用人の皆さん)
と心の中で伯爵一家に謝罪しつつ、一真は頷いた。
伯爵一家が白竜の血を引いていると聞いていたから、単に『それっぽい』と想像していただけだが、適性が劣るという明確な理由はあったのだ。一真にしても、それなりに勉強していたつもりだったが、種族に関することは特に深入りせずイメージでモノを語ろうとしていた。良くない事だ、今度からちゃんと調べようと自戒を心掛ける。
(気を取り直して……なになに……魔剣に対する適性?)
(貴重だなー。夜の血族だからこそか)
・種類:片手剣
・ランク:B++
・コメント:
『貴女は実直な鍛錬により、我が手のように片手剣を振るうことが出来る。優雅でありながら苛烈に研ぎ澄まされた剣筋、一つの型に縛られず多くの選択を許容する度量は、曰く付きの魔剣さえ従える。
彼等は貴女を試し、貴女は力と意志を以て応えなければならない。彼等は貴女が己に相応しい主か否か、常に見つめているのだ。ゆめくれぐれも忘れないように。
だが完全に服従させた魔剣は、主に呼応して本来以上の力を発揮する。また主に危機が訪れれば、たとえ己が砕け散ろうとも護るのを止めはしない』
「……なんか凄いな。色々と」
「……砕け散ってまで護るとか半端無いな。これで聖剣への適性が無いってもまた……」
「相性が良すぎるんだろうな」
「うむ」
二人は唸るように用紙を見つめる。これもまた、一つの性格を反映していると言えなくも無い。仮にリーティアが聖剣の類を迷宮で手に入れたとして、
『面白味が無いわね。こう、なんていうか、グっとくるモノが無いのよ。残念だけど私には合わないわ』
「――とか言い出して、あっさり誰かに渡しそうな気がする」
「凄ぇな。頭ん中で見事に再現されたぞ」
「……ちょっと。聞こえているわよ?」
気付けばリーティアが半目で男二人を軽く睨んでいた。だが一真とルディは笑顔でしれっと受け流し、
「どう褒めようか迷っていたんだよ」
「魔剣から献身的な保護を受けられるとか、最高じゃないか」
そんな賛辞も今のリーティアには届かないらしく、片頬を僅かに膨らませて反論してきた。
「それを言うならカズマの方が凄いじゃない。貴方の指輪の適性、一体どうなってるの?」
「……え、そんなに凄いのか?」
思わず尋ねてしまったのは当人ではなく、ルディだった。リーティアは「貴方こそ何を言っているのよ」と言った釈然としない面持ちで、一真の検査用紙を指差す。
「いい? 指輪に限らず、力を持った財宝の類はみんな扱いが難しいのよ。いえ、プライドが高くて気難しいと表現した方が適切ね。特に人に使われてきた装具は、長い年月を経て自我を顕現させている物が多い。……そうなると余計に好き嫌いが激しくなるわ」
「相性が極端に制限されると?」
「そう。中でも指輪は特に我儘。衆目に晒されることを好むし、隠そうとすれば機嫌を損ねると言った風にね。盾を持てば効果半減とか、剣を振るう手に嵌めれば効果を発揮しないとか。あと別の指輪を左右の手に嵌めても反発しあって持ち主に八つ当たりとか。原則単品でなければ使ってはいけないし、下手に機嫌を損ねたりしたら持ち主が痛い目を見るわね」
「つまり、リーティアから見た時のカズマの適性は異常だと」
「異常というより『どんな認められ方をしたら、こんなに高い適性を得られるのか?』と言った純粋な疑問ね。先に言った通り、力のある財宝はプライドが高いわ。王侯貴族が相手でも自分の好みを押し通そうとするのよ?」
「ふむ」
「もう一度見せて」
「どうぞ」
リーティアは文章を読み返すために、今一度上から順に目を走らせる。自分が習得した竜言語は完璧だ。読み間違える筈がないと、逸る気持ちを抑えながら。
『貴方は環境や精神状態に左右されず指輪の力を全て引き出す事が出来る。それだけでなく反抗的な指輪さえ貴方に付き従うので、指輪に纏わる不利益、相殺、呪いと言った事象全てをキャンセル出来る。また――』
(やっぱり……文章を読む限り、カズマが持ち得ているのは呪いや宿命と言った強制服従能力じゃないわ。なのに私みたいな追記された付帯条件が無い……あくまで指輪の方から一歩身を引いて、譲ってる感じの……)
『また――万物に感謝を捧げ、何事に対しても真摯な向き合い方を好む人柄は指輪に限らず、持ち主を選ぼうとする宝物の類に好まれるだろう。故に貴方が望まずとも彼等は縁を繋ぎたがる。その手に掴んだものが指輪以外であったとしても『宝物』『財宝』の属性を有しているなら彼等は積極的に力を貸し与え、十全の能力を発揮する』
どのような上下関係があるのか、その可能性をリーティアは推察する。
(自分を誇り、扱い方に関しては王侯貴族にさえ譲らない。そんな高いプライドを持つ財宝達が、自分より高い格の持ち主であると認めているからこそ……いえ、人格を見定める前から上限関係が決まっている……? 女王でさえ気を遣う物が有るのに、『宝物』『財宝』の属性を持っていたら無条件の協力姿勢って……一体どういうことなの……?)
もし視線に熱が宿るなら穴が開いて焼け焦げるほどリーティアは真剣になって検査用紙を見つめる。だがいくら目を走らせても新しい文章など出てこない。やがて諦めたのか、リーティアは溜息と共に肩を竦めた。
「……降参。もうこれ以上考えても答えは出てこないわ」
「惜しいところまで行ってたと思うけどね」
「むぅ……。ねぇカズマ、貴方がどういう存在なのか教えてほしいの」
女性との会話慣れしていない男なら、リーティアのように可愛い女の子から上目遣いされたら何でも喋ってしまったかもしれない。だが相手が悪かった。美少女と言って差し支えのない妹分を四年も見続け、耐性を付けてきた一真が相手なのだ。
「俺としても仲間の言葉は無碍に断れない。でも、俺ばかりってのもちょっと不公平だな。代わりにリーティアが秘密にしていることを一つ教えてくれ」
(こ、このぉっ)
人が良さそうな笑顔なのに、思った以上にやり手だ。いや、最初からそういう類の人間だと解っていたではないか。
「じ、時間を頂戴」
「いいよ。それじゃあ十秒にしようか」
(むむむ……っ)
キッカリ十秒考え込むが、結局――天秤に乗っていた秘密よりも探究心の方が重かった。
「……いいわ、それで行きましょう。貴方が知りたいことを一つだけ教えてあげる」
「取引成立だね。まず、俺の神職適性は見た?」
「いいえ。指輪の方ばかり見てて……ちょっと待っ…………………………え?」
一真の神職適性を記した紙を手に取ったリーティアの顔が強張り、暫くの間言葉を失った。




