親睦昼食会 その1
握手の後、一真は教室の高い位置に立て掛けられた大型の丸時計を見た。現在時刻、十一時二十六分。一般的な昼食の時間まで、およそ三十分と言った所だ。ちなみに一日の時間は地球と同じで、こちらの世界も二十四時間、千四百四十分、八万六千四百秒を一日と定めている。
「ちょっと早いけど、親睦会も兼ねて昼食にしないか?」
「おっ、賛成。まだ色々と話しておきたいこともあるしな」
「いいわね。まだ今なら……お店もそう混んではいない筈よ」
リーティアは胸ポケットから生徒手帳を抜き出すとペラペラと捲り、入学する前に調べておいた校内食事処の一覧情報、丁寧な文字と可愛いチビキャラで彩られたそれを指でなぞり始めた。やがて指が止まり、ルディの机の上に生徒手帳を置いて二人に見せる。
「そうね……ココなんてどう? 『ミスティル』というお店なんだけど」
「どれどれ。パンかパスタのどっちかを選べるんだな」
「デザートの数が二十七種……いいね」
「そうそう。竜帝校に入る時にお店の看板料理でデザートを推していた店なの」
「ちゃんと調べてるなぁ。流石女の子」
一真は嫌味ではなく、むしろ褒めたつもりでその言葉を口にしたのだが。リーティアははしゃいでいる自分を窘める言葉として受け止めたらしい。はっ、とした表情のあと、徐に頬を赤く染めていく。
「別にいいじゃない……コホン、それじゃあ決まりね」
「「異議なし」」
一真とルディはそれぞれの適性検査の用紙を鞄に入れ、席を立つ。リーティアは鞄と生徒手帳を手に先導するように歩き始め、南口の扉の前で振り返った。
「まだ学校内での地理に明るくはないでしょう? 地図は頭に入れているから、私が案内するわ」
「あぁ」
「リーティア、よろしく頼むぜ」
そして三人。いや、ルディとリーティアの二人は、この学校が正門から想像していた以上に広いのだと、お店に辿り着くまで七分近く歩いてようやく気付くのであった。
―― ・ ――
学校直営飲食区画、店舗の一つ『ミスティル』。
先導していたリーティアが最初に扉を開くと、カランカランと、入り口のベルの音が響く。
「わぁ……」
店に入ってすぐ、リーティアが思わず感嘆の声を挙げた。一真とルディは互いに顔を見合わせ、店に足を踏み入れる。店の灯りを意識した瞬間、リーティアの声の意味をすぐに理解した。
『ミスティル』の中に入った一真達の目に飛び込んできたのは、無数のランタン達。天井付近は薄暗く、直付された照明はない。代わりに天井から吊るされたランタンが、淡く優しい光を灯して客を出迎えてくれる。家具は黒塗りの四角いテーブルと椅子が主で、なるべくランタンの光を反射しないような加工がされている。雰囲気を重視している主の人となりが垣間見えた。
店内を軽く見渡してみると、小じんまりとした店ではないことに気付く。カウンターの席もあるが、四人一組のテーブルセットだけでも十を越え、一クラス五十人が入っても余裕がありそうだ。リーティアの見立てもあって、それなりに席は埋まっているものの満席には至っていない。
「いらっしゃいませ」
『ミスティル』独自の制服なのだろう。男装の執事服のような格好の女性が軽く頭を下げた。
「お客様、三名様でしょうか」
「はい」
彼女は竜族だが、一真は自分達とそれほど歳が離れているようには思えなかった。もしかしたら上級生なのかもしれない。学校の規定でも副業に関する内容は『成績落として赤点取ったら即アウト』という一点だけなので、繁盛時に竜帝校の生徒がアルバイトをしていても可笑しくはないのだろう。
「では席へご案内致します」
こちらへどうぞと手を向け、壁際のテーブル席に案内された。男二、女一という形で座り、一真はまずリーティアへメニュー表を手渡す。
「お先にどうぞ」
「ありがとう」
そして予備のメニュー表を引っ張り出し、男二人でメニューをじっと見つめる。
「ルディ、こいつなんてどうだ? 『アルマ貝のホワイトパスタ』とか」
「いや、まずは肉だ。肉で評価を決める。『ピリ辛の塩パスタにクルル豚の薄切り添え』とかどうだ」
「捨てがたいな」
「だろ?」
「……」
ふと視線を感じてリーティアの方を見ると、メニュー選びもそこそこに、男二人をじぃっと見ていた。不思議そうに、それでいて少しばかり羨望の混じった眼差しで。
「リーティア?」
「貴方達、本当に兄弟じゃ無いのよね?」
改めて言われることでもないが、ムキになって反論することでもない。二人は揃って首を傾げ、リーティアを見つめ返した。
「雰囲気が似ているって感じでもないと思うんだが……」
「ああ、まるで別物だしな。俺達」
そうじゃないの、とリーティアは前置きして、
「いいなぁって、そう思っちゃったのよ。こんな風に砕けた席でも、同性でも同じ種族でも、私は一人一人が別に見るものだと思っていたの。一緒になって眺めている光景は見たことがなかったから」
「兄弟姉妹は居ない?」
「残念ながら一人っ子よ。親戚は多いけれどね」
「ならそういう情景を浮かべるのも、ある意味当然か」
「――いや、待つんだルディ。男二人が揃って眺めるというのは、ある種キモさがあるのかもしれないぞ」
「なん……だ、と。――その辺り直しておかないと、今度は同性愛疑惑か?」
「それは非常にマズイな」
「あぁ」
振って湧いた嫌な見解に、二人は割と真面目に頭を痛める。その様子が余程ツボに嵌ったのか、リーティアは口元を抑えながら笑った。
「ふふっ……あははっ」
「おいおい、そこ笑うところじゃねーから」
「そうだぞ? 仲が良いのは認めるとして、俺達はれっきとした異性愛者だ」
「ごっ、ごめんなさい……ふふふっ」
そう謝りながらも笑い声を抑えきれず、また同性愛疑惑はマズイと言いながら結局揃ってメニューを見る男二人に、リーティアは笑いを何度もぶり返す羽目になった。
「あぁ……可笑しかった。もう、レディを笑わせすぎよ」
「悪い悪い。……でも、そういう所が気になるってことは、リーティアは良いところのお嬢さんなんだね」
「考えたりする仕草もやたら絵になるしな。ま、他国に留学させるぐらいだからそれなりなんだろ」
二人の推察にリーティアはにっこりと微笑み、艶やかな黒髪を優雅に掻き上げる。
「ご想像にお任せするわ」
「了解。ま、それはおいおいとして。……注文は決まった?」
「えぇ」
「俺も決まったぞ」
「なら呼ぶぞ」
テーブルに備え付けてあった真鍮色の鈴を鳴らすと、表面に刻まれた魔方陣が青白い光を灯す。ほどなくカウンターの奥からウェイトレスがメモ用紙とペンを手に、一真達の席へやってくる。ウェイトレスが鈴に触れると、鈴は呼応するように灯りを消した。
「ご注文は、お決まりでしょうか」
「じゃあ私から。パスタセットで……『エルニモパスタ』、飲み物は『ヘルメスジュース』。デザートは『フルフルプティング』でお願い」
「はい」
ウェイトレスが手に持ったペンでメモ用紙を二回叩くと、ペンが宙に浮いてメモ用紙に文字を走らせる。
あれは『自動書記』の魔法だ。一真自身、もう見慣れてしまった光景。手を使わないので疲れず、また消費魔力も少なく、本人が書くより速いので便利な部類に入る魔法なのだが、文字の綺麗さと内容の正確性は術者の能力に依存する。また手描きにも色々意味があるので、今の時間帯のように繁忙時に差し掛かったり、時間が無い時以外で使うことはあまり良しとはされなかったりする。
「えーと、俺は……そうだな、俺もパスタセット『アルマ貝のホワイトパスタ』、飲み物は『レッドアルムジュース』、デザートは『店長オススメの逸品』で」
「はい」
「最後は俺だな『ピリ辛の塩パスタにクルル豚の薄切り添え』に『ロロのスープ』、飲み物は『ホワイトアルテイシア』。デザートはいいや」
「はい。……ご注文を確認させて頂きます。パスタセットが二つ~――」




