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かつて愛と呼ばれたモノ  作者: Anotherblood
第一章:『角無し』の少年
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鬼族+1

「そうだ、会長」

「ん?」


 今思い出したかのように、一真はカズィの胸ポケットに向けて右掌を差し出した。


「預けたままにしていた指輪。返して貰ってもいいですか?」

「あ、ああ。すっかり忘れてしまっていたな。すまない」

「いえいえ」


 慌ててカズィは胸ポケットから二つのシルバーリングを取り出すと、落とさないよう、両手で包みながら一真に手渡す。必要以上に気を遣っているのがありありと分かる。ルディも最初にこの話を知った時は似たような反応をしていたものだと、一真は何だか妙に懐かしい気分になって、思わず口元を綻ばせた。


「その指輪、何の力も感じなかったでしょう? 恐らく探査系の魔法にも引っかからなかった筈だ」

「ああ。本当にただの指輪なのだな。疑ってすまない」

「いえ、本当にただの指輪じゃありませんよ。俺がこの世界に来てからずっと、眠っていて起きませんが」

「君は指輪の力を全て発揮できるのだろう。それでもダメなのか?」

「ちょっとした別の手順を踏まないといけないんです。まぁ、俺としても使うつもりは無いので、タダのアクセサリーだと思って下さい」

「そうか……分かった」


 その他に、いくつかの補足的な説明をカズィに伝え、一真はベットから腰を浮かせる。


「そろそろ戻らないと。会長も生徒会の皆さんが待っているんじゃないですか?」

「ああ、そうだね。……自分から尋ねたとは言え、一個人の重要な情報を聞いてしまって恐縮なんだが……俺が黄龍大会に出場するとしたら、君は俺を恨むかい?」


 一真はゆっくりと、顔を横に振った。その瞳に絶望は無く、蒼の大空のように澄んでいる。


「常識で考えれば恨むでしょうね。でも俺は、苦しくても立ち上がる事を選べるような、前を向いて頑張れる人が好きなんです。それに、誰かの施しを受けて素直に喜べる謙虚な性格でもない。哀れに思ってくれるのなら、全力で返り討ちにして下さい。俺も全力であなた方に立ち向かいます。それでこそ、俺の願いは価値を持つようになる」


 その言葉にカズィは夜の帳のような暗い面持ちを振り払い、日の出のような力強い笑みを宿す。


「――正直に言おう。君を見くびっていた。心の何処かで見下していた。弱い人間、弱い種族だと。話を聞いて哀れみさえ覚えた。だが違うのだな。君の存在は、君の心は、君の強さは、砕き折れても立ち上がる。そういう類のモノなのだと今なら解る。憎たらしいほど強い精神の持ち主だ」

「そして面白いことが大好きと来た」


 二人は声を殺すことも忘れて笑い合う。


「ああ。あぁそうだな。君はそうだ。俺もかつてそうだった。いや、我々は久しく忘れていた。創意工夫を重ね、遥か格上にさえ立ち向かう意志、その気概。何処まで昇るのか見届けさせてもらうとしよう」


 才能が全てだと諦めてしまうことは簡単だ。だがそれを認めてしまえば、二度と這い上がることは叶わない。

 そして一真は、どれだけ明確な力の差が在ろうと構わないと暗に言っている。全て叩き伏せて、願いを掴むのだと。

 カズィは一真から数歩の距離を取り、右手を左の胸に当て、恭しく一礼する。それは竜族にとって最上級の礼だった。


「ようこそ『角無しの君( もたざるものよ)』。ようこそこの世界(ラウフドゥーリア)へ。我々は君のような挑戦者(チャレンジャー)を心から歓迎しよう」



 ―― ・ ――



 一真が再び教室に戻ると生徒の数はまばらになっていて、みんな寮へ帰る準備をしていた。ぐるりと教室を見渡したがリーティアの姿は無い。一真の席の周りにはルディしか残っていなかった。

 席に戻り、ルディに尋ねてみれば今日はこれで特別な案内も無く、あとは自由らしい。一真は納得し、ルディが聞きたいであろう内容――生徒会室に行って何をしてきたのか、その後で生徒会長になにを語ったのか、掻い摘んで説明することにした。


「――という話をしてきた」

「……ちょっと待てカズマ。思いっ切りバラしてる上に、同情を誘うどころか全力で焚き付けてどうする」


 言葉とは裏腹に口元には不遜な笑みが浮かんでいた。「こいつが自分から言ったのなら、それは正しいのだろう」そんな風に、一真という人間を信頼している何よりの証だ。


「ルディ。俺がそういう涙に訴える(つ ま ん ね ー)方法を好む人間だったらお前、俺とつるんでいたか?」


 答えは即座に返ってきた。


「……無いな。ないない。辛気臭いのは俺だって御免だぜ」

「それでこそ心の友だ」


 と、もう一つ聞いておくべきことがあったことを一真は思い出す。


「ヘルガントさんは?」

「俺達には悪いけど、他に入学した鬼族に挨拶してくるってさ」


 竜帝校と名の付く通り、ここは竜国(ティルタニア)に所属する竜族の学校だ。自分がよく知っている種族と渡りを付けておきたいのは当然で、そう言った会合(コミュニティ)に参加しておけば、何か問題(トラブル)があった時に支援(バックアップ)を受けられる場合もある。時間は有効に活用すべし。

 会話が打ち切られてしまったのも自分が原因なのだし、むしろ言葉の端に残った律儀さに一真は好感を抱いたぐらいだった。


「了解。ところでルディ、この学校……女の子がやたら多くないか?」

「優秀な女性が多いのは今に始まったことじゃねーぞ?」


 入学式と自己紹介の時にざっと見渡した時に数えていたが、一クラス五十人として、その内三十六人……およそ七割が女の子だ。クラスを実力別で分けている訳ではないらしく、入学式で見た限り偏りは一真が考えていたよりずっと低かった。これは単に気持ちの問題だが、同性である男が少ないのはどうもむず痒い気持ちになる。


「『主神《アルルニア》』からして女性神だ。女が弱いって思うのはお前の世界の常識だろう? 竜国(ティタルニア)は軍人だって女性の比率が三割を超える」

「こっちの女性は物理的に強いな……。主席に喧嘩売られたと思ってヒャッホイしてたら、女の子だったし」

「そうだ、その話」


 勝敗のルール取り決めで、一真の方から手を出さないと誘導できたから無事で済んだのだろうと。ルディは一真にIF(もしも)を尋ねる。


「魔法の撃ち合い、鬩(せめ)ぎ合いだったらどうするつもりだったんだ?」

「そりゃ体術で撹乱して何とか気絶させるしかないだろ。真正面から戦うのは少し分が悪い」


 戦うなら分が悪いと言いながら少しと言う辺り、真正面からの攻防戦も想定していたということだ。


「よく言うぜ。お前から聞いた限りじゃ丸腰だったんだろ? 彼女」

「ああ。でも魔法は良く練られてた。次やったらどうだろうな……」


 落ち着きを取り戻し、冷静に分析し、倒すための手段を構築する。それが彼女――リュミリスに足りなかった部分だ。生徒会メンバー、恐らく会長辺りがリュミリスに事の顛末と、外部から見えた状況を教えるだろう。もし次があるのなら、彼女はもっと強くなる。いや、そうなって欲しい。一真はそう願っている。


「なぁカズマ」

「ん」

「まさかとは思うが、その主席の子に惚れたのか?」

「なんでそう思う?」

「一見、眠たそうにしてるそれ。お前が心から喜んでいる時は、いつもそんな面(ツラ)だ」

「綺麗だった。好んでいるというのを惚れたっていうなら、そうかもしれない」

「ほー。そんなに美人だったのか」

「怒りがな。こう真っ直ぐで――凄い綺麗だった」


 今思い出しても一真は身震いする。あれだけ真っ直ぐな怒りを灯した感情は滅多に出会えない。恐れを飲み込み、立ち上がった人間にだけ宿るモノ。気負うことさえ忘れ、欲という欲を排除し、正しきが為に怒りを灯す。義憤にも似た心地いい怒り。感情という名を冠した、真紅の宝石( クリムゾンルビー)。

 そのような情景を想像するには些か普通過ぎたルディは、椅子に座っているというのに盛大にずっこけて頭を机にぶつけた。だが黒色の軽アダマンティウム合金で出来た机は傷一つ付いてない。なんとも頑丈な机だなと一真の思考が横に逸れる。


「……なんだ、そっちか。お前もつくづく変わってるよな」

「本当に今更だな、それ。素直に変態と言ってくれてもいいぞ?」

「俺の経験則から本当に喜ぶと思うから、絶対言わねー」

「貴方達、本当に仲が良いのね」


 二つある教室の出入り口、南側の扉からリーティアがひょっこり顔を出した。よく通る声だと一真は思ったが、よくよく周りを見渡してみれば、教室内には一真とルディを除いて誰も残って居ない。どうやら皆帰ってしまったらしい。


「羨ましいわ」

「そうなのか?」

「えぇ」


 リーティアは教室に入ると、自分の席の椅子を引いて腰掛けた。机の横に立掛けていた茶色の鞄を机の上に置き、新品のノートを幾つか放り込む。最後にパチンと留め金を嵌めて、二人の方へ振り返った。


「オルガイア君から聞いたと思うけど、鬼族の会合(あいさつ)に行ってきたのよ」

「ご感想は?」


 溜息混じりの一言で切り捨てられた。


「全然駄目ね。少なくとも一年生は全滅よ」

「そりゃまた」

「入試で使い果たしたのかどうか知らないけど、冒険をしようなんて気概のある子は一人も居なかったわ。ホント、駄目な方向にプライドが凝り固まってる。……ああいう姿の留学生を自分の国でも少しは見てきたでしょうにね。失敗しないことが最優先になってて、どうにも頭ガチガチで話にならないわ。あれは一年経って石橋を叩き壊すまで動かないわね」


 リーティアの言葉は辛辣だった。思わずルディが口を挟んでしまうぐらいには。


「それは仕方がない事じゃないか? 留学生はみんな種族と国を背負って来ているんだ。アンタだって失敗できない、恥を晒せない、ってのは少なからずあるだろう?」

「無いとは言わないし、それも一つのやり方だと理性では納得してるわ。でも何か起きることを怖れて引き篭もるぐらいなら、留学しない方が結果を出せると思うの。失敗して当たり前、怖いのが当たり前。それでも異なる国、別の種族、その姿勢を学ぶために、そして鬼族(わたしたち)の存在をより強く示すためにこの学校に来たのよ? それなのに一年も無駄にするなんて有り得ないわ」


 種族が別であろうと耳が痛いお言葉なのだろう。ルディは言葉に刺を含ませて、半目でリーティアを見据えた。


「ご立派。……まさか鬼族の会合でそのまま言ったのか?」


 失礼ね、とリーティアは形の良い眉を少しばかり尖らせる。


「そのぐらいの分別はあるわよ。当たり障りのない言葉で二年、三年生から引き出したら、やっぱりやっておけば良かったと後悔した事は幾らでもあるって言われたの。だからこれは私の結論。私はそういう後悔をしたくないの」

「なるほどなるほど。これまで沈黙を保ってきたカズマくん、君から言いたいことはあるかい」

「一言で述べるなら『意見は双方尊重すべし』。でも一方に肩入れすることが許されるなら、俺はヘルガントさんを推すね」

「ありがとう」

「ふむ。そんじゃ本題に入ろうか」

「その前にルディ、お前の賛否を聞かせてくれ。題材はそんな彼女を俺達と同じパーティに招くか否かだ」

「俺は賛成だな。他人にも自分にも厳しい人間が居ると良い指針になる。それでも過剰な介入は勘弁願いたいが、その辺りの不安は無さそうだ」

「決まりだな。さよなら退屈の日々、ようこそ波乱万丈な今日へ。俺はそういう冒険が出来る人物を望んでいる。リーティア、君さえよければ俺達は歓迎する。パーティに入らないか?」


 言葉の代わりにリーティアは右手を差し出し、一真と、次いでルディと握手を交わす。二人の温かい手は、リーティアの頬を朗らかにしていった。


「えぇ。カズマ、ルディ、これから宜しくね」





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