保健室、答え合わせ、解答
「真っ直ぐな怒り。アンタは綺麗だった」
「あ、あ、あう、あっ……」
言葉遣いも忘れた一真の最大級の賛辞に、リュミリスは顔を真っ赤にするだけで二の句が継げない。決闘に負けたと思ったら傅かれて手の甲にキスをされていて、しかも怒っていたのが褒められた。意味がわからないし頭がクラクラする。そこに決闘場の仕切りが解かれ、生徒会メンバーの衆目に晒されていると意識した瞬間、リュミリスの羞恥心が我慢できる限界を突破した。
「……きゅう」
顔を真っ赤にしたまま意識を失ってしまった。一真は慌ててリュミリスを受け止め、肩と膝の下に手を入れて抱き抱える――所謂お姫様抱っこの形だ。
「まいったな……」
見掛けによらず、いや、見た目通りなのか。物凄い初心な人だった。ふと生徒会メンバーの方へ振り返ると、男衆は苦笑し、女性陣は何故か眼を輝かせていた。
「おお」
「ドSやなぁ……」
「紳士かつドS、これはイケる……っ」
「お姫様抱っこなんて、初めて見たわ」
「末恐ろしい一年が来たな」
「カズマくん、最後はちょっとやり過ぎたな」
最後の、カズィからのコメントに一真も苦笑するしか無い。だが慌てず、取り繕うとせず。一真は手元のお嬢さんを寝かし付けられる場所は無いかと探すが、そんな物は生徒会室には無かった。堅い椅子ならテーブルの周りにあったが、あれでは身体を痛めてしまうだろう。
「他の皆さんがどう思っていたのかは知りませんが、会長ならこの状況も想定済みでしょう。保健室は何処でしたっけ?」
含みのある一真の言葉に、カズィは口元を僅かに上げる。
「一番近いのは第五保健室だが……ここから四分はかかるな。そうだな、俺も同行しよう。他の皆は此処で待っていてくれ。カズマくん、腕は保つかい?」
「生半可な鍛え方はしていないつもりです。聞きたいことも残っていますし、案内をお願いします」
「よし、行こう」
会長が指を鳴らすと出入り口の扉が手も触れていないのに開く。会長権限というモノなのか、あるいは単に魔法なのか。便利なものだと一真は思いつつ、先導するカズィの背を追う。二人が出たと同時に扉が閉まり、鍵が掛かるような音がした。部屋に残った生徒会のメンバーで秘密の会議でも行うつもりらしい。
「そう言えば俺に聞きたいことが二つある、と言っていたね。今、聞いてみるかい?」
「止めておきます。俺も他人に気遣いながら頭を悩ませられるほど器用では無いので」
「なるほど。君は優しいな」
カズィの言葉に一真は物憂げな表情を浮かべた。
「本当に優しい人は、女の子に対しての意地悪を思い付いたりしませんよ」
「さぁどうだろうな。不器用な生き方をする男なんかは、寡黙で気の利いた言葉一つ出せない。それでも寡黙な男には出来ることがある。動くこと、行動に移すことだ。そうして真摯に向き合ってきたなら、女性から『あの人は優しい人』と評されるだろう」
「なら俺は尚更論外ですね。この人の怒りに対し、茶化したり、はぐらかして顰蹙を買ってる」
「違うな、君は彼女を守った。守りきったと言って良い」
目を見張るというのはこういうことを言うのだろうか。一真はカズィの背を見て、そのまま目を放せない。
「何故、そう思うのですか?」
「君が行った手法は一見、誰にも出来ないことに見える。だが実は誰にでも可能なモノだからだ。三つに分けて説明しよう」
カズィは右手の人差し指を立てた。
「一つ。君は足りない素質を機転で埋めた。君は魔力を貯蔵し、魔法の構築速度を高める顕現器官をまるで持たないように見える。恐らくこれは事実だろう。だから君は、己の生命エネルギーを顕現させた力――氣力を用いて足りない部分を補った。魔力の盾と併用するという形でね。これは自分を鍛えれば誰にでも可能な戦術だ。ただ我々竜族には便利な『角』が在る為にそうした発想が無かった。だが、やろうと思えば我々も使うことができる」
続いてカズィは中指を立てる。
「二つ。君は話術と戦術によって自分に有利な状況を創り上げた。決闘場が三メートル立方の空間であると正確に把握した君は、その子との交渉を行っただろう? それまでの会話、その全てが布石だ。短期決戦に持ち込ませ、勝敗のルールを提案という形で誘導した。おまけに正面からの撃ち合いでは負けると判断しながら、攻撃をするしないという判断を敢えて曖昧に伝えたね? それよって余力を残した方が良いのではないか、という考えをチラつかせ、その子に後先の無い最初の一撃で決めるという決断をさせなかった。実際は防御で手一杯だったんじゃないか? 魔力の盾に魔力を注ぎ続ける必要はなくても、球状の盾を順次構築するにはそれなりの精神力が要る。だからその子が気を取り戻す前に『詰み』の状況を作り上げる。君は力を盾に、戦術を武器としたのだ」
カズィは最後に薬指を立てた。
「三つ。君はその子が恐慌状態に陥る前に状況を終わらせた。人と言う生物はね、強力な力を持っていれば持っているほど内面は繊細な場合が多い。恐慌状態に陥ってしまえば自尊心が逃げ場を無くし、自分の心を深く傷付けていく。未知に対する恐怖で留まっている内に、自ら傅いて手の甲にキスをする。これによって君が害意ではなく敬意を払っているのだと認識させた。感情の方向転換だな。怒り、もしくは恥じらいに転化できればしめたものだ。君の誤算は、彼女が倒れてしまったことぐらいだろう」
総括するようにカズィは手を下ろし、振り向きざまに一真の方へ視線を投げた。
「君は最後まで彼女を攻撃しなかった。なるほど、それによって彼女のプライドが傷付く可能性があったかもしれない。だがよく考え、一つ一つ検証していけば、君こそが挑戦者の立場だと解る。埋め難い素質の差を、誰にでも可能な手練手管によって埋めた結果だとね。彼女がその答えに辿り付ければ、己の才覚だけに頼り切ることなく、別の視点を得て、更なる高みを求めるようになるだろう。君は彼女を守りきっただけではなく、高みへと導く手伝いさえした。――というのが俺の見解だね」
一真は観念するようにかぶりを振る。一真が考えていたことの大筋を言い当てられて、返す言葉が無かったからだ。ただ一つ、高みへと導くと言ったくだりだけは必要のない分析だと思っていたが。
「……この人に悪いことをしたという自覚はあります。それでも後ろ盾のない『角無し』が貴方がたに渡りを付けるには、この方法しか思いつかなかった。会える確証が持てないのなら、会ってみたいと思わせる結果を出せば良い。とりあえず、最悪の結果は回避できました」
「オルガイア伯爵に渡りを付けて貰う方法を考えなかったのかい? 伯爵は君の保護者のようなものだろうに」
「お願いすれば可能だったかもしれません。でも俺は、ここに入るまでに伯爵に十分過ぎる程借りを作っています。それにあの方は面白い事がお好きですから、こういうことをしたと耳に入れば笑って下さるでしょう。俺としても、そっちの方が面白い」
「俺達が激怒した可能性は考えなかったかい?」
「考えましたが、それならそれまでです。そんなつまらない学校に執着はありません。煽るだけ煽って、その全てを返り討ちにするぐらいの力を付けて卒業します」
「……良いな。実に良い発想だ。惜しい、俺が二年生ならこれから二年は君の事を見ていられたのに」
「生まれた時代が悪かった。そう思ってください」
「クックク……はははっいや、ははは、本当に面白いな君は!」
堪えきれなくなったのか、学校の廊下だというのにカズィは心底嬉しそうに笑った。それを見ていた生徒が一斉に振り返る。だがカズィは右手を軽く振って何でもないとアピールする。皆納得したのか、何人かの女生徒を除いてそれ以上の視線を向けるようなことはしなかった。
「そうだな、未熟な内に挫折を味わうのも若人の醍醐味だろう。君は黄龍大会に参加するかい? いや、するだろう? すると眼が言ってる。……おっと、もう着いてしまったか」
目の前の扉、引き戸の上の透明なプレートに『第五保健室』と丁寧な文字で書かれた紙が挟まっている。カズィは扉をノックを行い、扉を開き、保健室の中に入っていく。誰も居ないのか、部屋はやや薄暗く、カズィが指を鳴らして天井の照明を機能させる。一真は照明が点いたのを確認してから慎重に足を動かしながら部屋に入っていく。日本の学校に居た頃と少し違う、独特な匂い。恐らくラウフドゥーリアで取れる薬草を煎じた薬瓶が並べられているのだろう。
「ベットは全部開いているね。そうだな、一番端のベットに寝かしつけてあげようか」
「はい」
カズィはベットメイクをするようにシーツを端に寄せ、一真は抱きかかえたリュミリスを中央のベットに一度横たえて、手早く靴を脱がせる。制服の一番上のボタンを外し、再び抱きかかえ、カズィが整頓したベットの上にリュミリスを寝かせた。あとはシーツを首元まで被せて終わりだ。
「さてと」
「二人きりになりましたね」
くっく、と堪えるようにカズィは口元を覆う。
「カズマ君……そういう台詞は異性に言ってあげるものだよ。ま、大方察しは付く。二つ、聞きたいことがあるのだろう?」
「ええ」
一真はこれまでに無い、無表情に最も近い表情でカズィを迎えた。ただ、見据える瞳だけは、意志強くカズィを捉えて離さない。
「カズィ=リーズィ会長。黄龍大会に優勝した際、願いを叶える宝石を与えられる可能性があるという噂は真実ですか?」
二~三秒ぐらいだろうか。カズィはすぐに言葉を返さなかった。眼を閉じ、静かに息を吸い込む。
「真実だ。ただし国王陛下から賜る財宝は傾向というモノが無く、ほぼランダム。王家に伝わる神宝……宝箱の中から出てくるからね。開けるまで中身は誰にも判らない。恐らく決定権を持つのが『主神』の為だ。数十年の幅を開けて、そういう宝石が与えられた記録がいくつかある。だが今年という確信は無い。ちなみに前の記録は――確か三十年前だ」
一真は頷き、二つ目の質問を口にする。
「地下迷宮に挑んだ人の内、そういった宝石、あるいは財宝を得た人は居ますか? これは噂、事実問わず、憶測を混じえても結構です」
カズィは顔を横に振った。
「結論から言えば『まだ居ない』。願いを叶えるなんていう神話級の宝石ともなると、恐らく迷宮の最深部を置いて他には無いだろう。だが、今まで最深部に到達した者達は居ない。何故だか解るかい?」
その問い掛けに、一真は即座に答えた。
「優秀な回復役の不足――竜帝校に入学した生徒で神職適性の高い竜族が少ないからですね?」
「その通り。僧兵を雇うと言った場合でも実力はピンキリだ。いくら雇われ人だと言っても竜帝校の生徒ではないし、命を賭けさせた無理強いは出来ない事情もある。神職に対し高い適性を有する者の多くは穏やかな気質だしね。それに深層に進めば進むほど怪物も強くなり、否応なく傷が増える。中には呪いの罠なんてモノもあるし、高位の神聖魔法は結果に見合うだけの精神力と体力を消耗する。故に回復を担当する者の負担は甚大だ。そんな事情があって竜帝校は火力四人一組の見敵必殺を推奨している。いくら血の気が多くとも、必要以上に深入りできない理由がソレさ」




