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かつて愛と呼ばれたモノ  作者: Anotherblood
第一章:『角無し』の少年
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呼び出し、決闘、キス

 生徒手帳に記載されていた学校の地図を参考に、一真は生徒会室に辿り付いた。ここまで所要五分。特に寄り道をしていた訳でもないのに、徒歩で五分掛かった。それも単に遠いのではなく、学校が広すぎるから遠いと言った有様だ。在校生千三百六十五人、その総てを収めるためにキャパシティは大きければ大きいほど良いが、その倍でも入れそうな巨大さだった。

 だが超大型施設に分類されるであろうこの学校に、エスカレーターやエレベーターなどという気の利いた設備は存在しない。ラウフドゥーリアにそれらの技術や概念が存在しないのではなく、体力作りの観点から利便性を敢えて省いているとのこと。軟弱な人間は要らないらしい。それでも職員専用のエリアでさえ例外は無いのだから、不平不満は口を噤(つぐ)め、と言うことだ。


(さてはて、鬼が出るか蛇がで――……喩えでも不味いか)


 『蛇』の単語は竜族の社会で禁忌に等しい言葉だ。物を知らない『角無し』どころの騒ぎでは済まなくなる。現代世界の蛇神様には悪いが、ラウフドゥーリアの神話では――人間を誑かし、争わせ、血を啜ろうとした邪悪な蛇が祖龍によって討ち滅ぼされたと言い伝えられている。要するに『蛇』は悪役なのだ。その『蛇』を滅ぼした祖龍の血を引く者達こそが竜族であり、彼等を『蛇』と呼ぶのは最大級の侮辱行為だ。事と次第によっては斬首に処せられても文句は言えない。これは伯爵一家総出でキツく言い渡されたことでもあり、例え諺(ことわざ)であったとしても良い顔はされないだろう。


「――行くか」


 一真は呟き、生徒手帳をポケットに仕舞う。深呼吸を二度行い、生徒会室の扉をノックした。


「竜帝校一年二組、カズマ・ミカゲです!」

『入りなさい』

「失礼します」


 ドアノブを回し、部屋に入る。窓の無い図書室のような、そんな部屋だった。灯りは天井一面を覆う冷光素材から発せられ、廊下よりも明るい。一真から見て左右、真正面の三方の壁は全て本棚が壁替わりになっている。スライド式の本棚の重なり具合からを見たからか、元の部屋は広いのに狭く感じてしまう。

 と、七人の男女、いずれも竜族の生徒が自分を凝視していることに気付く。その内の六人は横長のテーブルを囲んで、背もたれの高い椅子に左右三人ずつ座っていた。更にその奥、自信に満ちた双眸を持つ男が黒塗りの机の前に立っている。彼の横に『生徒会会長席』と彫られたプレートが見えたが改めて確認するまでもない。位置取りと入学式の出来事から、彼が生徒会長なのだと判っていた。

 オールバックの薄緑の髪に鈍色の瞳、黒色の角。背は一真とあまり変わりないが、制服の上からでも筋骨の逞しさが見て取れる。よく鍛えている人だと、一真は思う。


「初めまして、カズマ・ミカゲ君」


 彼はそこで一旦言葉を区切ると、テーブルを迂回して一真の方へ歩を進める。握手するのに丁度いい距離まで近付くと、右手を差し出してきた。


「急に呼び出したりして済まない。俺が生徒会長のカズィ=リーズィだ、よろしく」


 一真はカズィの手を取り、握手を交わす。ついでに社交辞令的な笑顔も浮かべた。


「入学式では大変でしたね。後でお小言を貰いませんでしたか?」


 いきなり気遣われるとは思わなかったようで、カズィは残った手で頭を掻いた。


「ああ、その辺りは大丈夫だよ。いやー……君も生徒会室に来るまでに解ったと思うんだが、色々と不便になっていてね。でも新入生が入って早々アレじゃ流石に可哀想だと思ってねぇ……おっと、本題に移ろう」


 カズィは手を放し、喉の調子を確かめるかのように咳払いを行った。そんな彼が後ろを振り返ると同時に、赤髪の女生徒が椅子から立ち上がる。彼女は一真を真っ直ぐ見据えていて、その瞳には敵愾心と言った感情がありありと浮かんでいた。カズィは一真の方へ振り返り、


「彼女は入学試験で主席だった娘でね、新入生代表挨拶もしていただろう? でもすまない……君のことをうっかり喋ってしまったんだ」


 彼女からカズィの表情は見えないだろう。声の質も特別変わりは無い。


(……でも顔が笑ってますよ、会長)


 そう指摘しても良かったが、火に油を注ぐ結果が待っているだろう。そして一真という人間は、火に油を注ぐなら自分から注ぐタイプだった。


「やれやれ、ラブレターの中身を他の人に見られちゃいましたか」


 一真がそう茶化すと、怒気を携えた少女以外は静かに苦笑した。中には声を出さず、露骨な笑みを浮かべている者も居る。此処に居る誰もが少女の勝利を疑っていない。赤髪の少女が一真を地に這いつくばらせる絵を想像しているのだ。


「何がラブレターよ、冗談にも限度ってものがあるわっ!」

「……」


 そんな中、真紅の髪に似合う真っ直ぐな怒りが生徒会室に響く。打てば響く。その綺麗な感情を一真は喜んでいた。面白いからではなく、そんな風に思いたい、そんな風に在りたいと願うように。一真は彼女の感情と、彼女の意志を喜んでいた。なのに喜びとは似ても似つかない、波紋のない水面の様な顔をして。


「わざと手を抜いたように見えるのが許せない?」

「そうよ。私は此処に入るまでに必死になって頑張って来た。その結果が出て、私は本当に喜んでいたのよ。それが入ってみたら実はもっと上が居た? 本当は満点? 冗談じゃないわ! 腸が煮えくり返るなんて言葉を、本当に体験していると信じ切れるぐらい……えぇ、私は怒っているのよっ!!」

「とまぁこんな具合で……失礼」


 カズィの言葉を一真は片手で制した。一真は今、余計な言葉を挟ませたくなかった。


「……つまり叩き潰したい。全力で。持てる力全てを費やして。その為の決闘申し込みか」

「その通りよ。大丈夫、一度で終わらせるわ。どんな結果になっても恨まない。でも私は、貴方を叩き伏せる」

「今、此処でやり合っても?」


 一真はカズィへ目線を向ける。カズィは頷き、指を鳴らした。

 部屋に置いてある物という物に刻まれた魔方陣が一斉に白色の色を放ち、硬化を開始する。同時に出入り口の扉を中心とした一角、およそ三メートル四方に淡い緑色の間仕切りが出現した。空気以外の物理、魔法、音響を可能な限り遮断する正六面体の簡易決闘場だ。指が触れると面が震えて腕ごと突き抜ける。入りきってから完全に閉じるのだろう。

 一真は右手に嵌めていた二つのシルバーリングを外し、会長に向けて投げる。会長は落とさず、指輪を二つとも受け取った。


「大切な人のモノなので、預っておいて下さい」

「いいのかい、君は指輪の適性があるんだろう? ああいや、指輪を使って不正入試をしたとか、そういう事を言ってるんじゃない。彼女は純粋に強い――心配しているんだよ」


 そこまで知っているのか。いや、入試結果を知ることができるランクの人間だ。何を知っていても可笑しくはない。そう一真は結論付けた。


「彼女は丸腰でしょう? 俺も丸腰が良い。ああそうだ、会長」

「なにかな?」

「そこまで心配して頂けるなら……俺が勝った場合、二つばかり俺の質問に答えて下さい。勿論、嘘や解釈の違いを生じさせるような言葉ではなく、真実に基づいた内容で」

「君が勝てればな。我が家の機密事項でないことを祈るよ」


 それだけ聞ければ十分だった。一真は迷いなく面を越えて少女を待つ。彼女もすぐに入ってきた。互いに端に立ち、お互いを見据える。


「俺の名前は――……もう知っているか。君の名前を聞かせて欲しい」

「リュミリス=ウェルドレイン」


 雨に濡れても消えない焔(ほのお)。何故か、そんな言葉を思い浮かべた。


「ウェルドレイン。君に一つ提案がある、勝敗についてだ」

「いいわ、続けて」

「今から俺は真っ直ぐ君の所に行く。俺が君の手に触れるまでとしよう。それが出来れば俺の勝ち。させず、凌ぎきれば君の勝ち。俺が少しでも動いたらスタートだ」

「……貴方から、攻撃はしないと?」

「嘘か真か、それを考えるのも決闘の醍醐味だろう? つべこべ言わず全部持って来い。全力で俺を叩き潰せ」

「言われるまでも――!」


 リュミリスが叫ぶと同時、一真は最初の一歩を踏み出した。真っ直ぐ、最短距離を歩くように。リュミリスとて黙っていない。角を媒介に魔力を収束させ、迎撃を開始する。

 自身の精神エネルギー――魔力によって編まれた拳大の炎弾(ファイアボルト)を二十余り召喚。リュミリスが指を鳴らすと炎弾(ファイアボルト)が緩やかな弧を描いて一斉に襲い掛かる。一つ一つが炸裂能力を付与され、被弾した瞬間爆散する特別製。更に炎弾に横回転を加え、貫通力を増加させている。リュミリスの十八番(おはこ)、喰い荒らす炎(ファイアバグ)だ。

 それらが一真に被弾したと思った瞬間、耳を劈(つんざ)くような爆発が起きる。だが足音は止まらず、一真は真っ直ぐ、悠然と歩いている。見た限り何処も怪我していない、無傷だ。


「残り二メートル」


 一真は静かに宣言した。



 ―― ・ ――



「おー……こりゃ凄いな」


 思わず声を挙げたのは、先程まで一真を侮っていた生徒会執行部の一員、ザークス=リールドだった。猛禽類を思わせる鋭い眼光で、二人の決闘を見守っている。

 リュミリスからすれば判り難い状況でも、真横から一部始終を見ていた者には解る。一真は全方位均等――つまり球体、全七層の盾を召喚していた。それも表面から数えた偶数奇数で性質が違う。全身を包む球体の盾を召喚する魔法が三層、一真自身の生命エネルギー『氣力(フォース)』の盾が残り四層、交互に組まれていた。


(魔力の盾(アストラルシールド)を正面のみの盾としてイメージせず、全身に広げる。そこは自身の生命エネルギー……氣力(フォース)を使う氣法師(フォースマスター)として当然の発想と言えるが、そこからだな。普通は防御する時、配分を決めた魔力の許す限り盾を強化するし、凌ぎきるまで同時に別のモノを出すことはしない……。氣力の盾(フォースシールド)を出して重ね合わせ、それを幾層にも作る……俺達には無い発想だ)


 基本的に魔力で構成された盾は硬く、特に面の衝撃に対し強い耐性を持つ。一方、氣力で構成された盾は対象を柔らかく包み込み、主に回転を始めとする力そのものを減衰させる性質を持つ。それを交互に組み合わせれば、柔軟性と耐久力を併せ持つようになる。まるで防弾ガラスのような発想。その結果が今、目にしている光景だ。


(貫通、炸裂、どちらかに特化した魔法じゃないと難しいな。利便性を持たせれば威力が落ちて、盾の精製能力に負ける……)


 リュミリスの喰い荒らす炎(ファイアバグ)は対象を貫通し、同時に爆発する。その発想は良い。次々と撃っている思い切りの良さもだ。だが最初に張られた氣力の盾(フォースシールド)が貫通力を激減させ、爆発による衝撃は魔力の盾(アストラルシールド)の第二層が守る。連弾によって第二層が破られても第三層、氣力の盾(フォースシールド)が残っていれば魔力の盾(アストラルシールド)に絡みついて混合した盾となる。一真は魔力で編んだ盾の硬度を強化せず、壊れた分だけ補填していく。内部から押し広げる形で、交互に盾を補填してだ。


(壊れた分だけ補填しているから、盾の強化の為に魔力を逐次注ぎ続ける必要がない、か。良く考えてやがる。……あと間違いなくドSだな、アイツ)


 一真は一歩一歩リュミリスに近付く。喰い荒らす炎(ファイアバグ)を何発放とうと無傷という事実が、ゆっくりと敵が近付いて来るという現実が、唇の動きから察するに一真によるカウントダウンの通告が、リュミリスに焦りと恐怖を湧き上がらせ、冷静さを奪っていく。冷静さを失えば、単発火力がいくらあろうと一点集中による盾の貫通を果たし得ない。そうこうしていく内に、術者が喰い荒らす炎(ファイアバグ)の余波を食らってしまう距離まで踏み込まれてしまった。防御魔法を使えば攻撃魔法は撃てない訳ではないが、距離があまりにも近すぎた。



 ―― ・ ――



 リュミリスが一斉射撃ではなく、一点集中の順次破壊を選択したならあるいは。一撃に込められるだけのありったけの魔力で何もかも吹き飛ばす選択が出来たならあるいは。リュミリスにも勝算があったかもしれない。

 使い勝手が良く、いくつもの状況に対応できる手馴れた魔法。それがこの限定された空間において一番の間違いだと気付く前に。自分の魔法による余波を受けるまで近づかれてしまった。それがリュミリスの敗因。


「……ゼロ」

(ひっ)


 何をされるか分からない。その恐怖にリュミリスは思わず目を閉じた。

 一真は盾の召喚を解き、リュミリスの右手を取る。


『リュミリス、貴女の負けだ』


 とか、格好を付けて颯爽と立ち去る。そんな感じも良かったのだが、予想していたとは言え、いきなり決闘を仕掛けられてしまったのだ。このぐらいの事をしても問題は無いだろうと一真はちょっとした悪戯を思い付いた。


「~~っ、……?」


 手に不思議な感触があった。手の甲が、その一部が、やけに温かい。リュミリスが恐る恐る目を開くと、そこには――僅かに屈みながらリュミリスの手の甲にキスをしている一真の姿があった。


「……え? なっ、えぇっ?」

「いいモノを見せて貰ったからな。そのお礼だよ」


 事も無げに言い切る一真だが、目にした現実にリュミリスの思考が追い付かない。


「い、良いモノって何!?」


 慌てながらも問い尋ねるリュミリスに、一真は満面の笑みで答えた。


「真っ直ぐな怒り。アンタは綺麗だった」




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