望む果ては遠く2
「ねぇ」
声に釣られ、二人は隣の席に顔を向ける。声の主、艶やかな黒髪の女生徒が二人を見ていた。
鮮やかなワインレッドの瞳が興味深そうに、思考を巡らせるように頬に手を添えて。その仕草はどこか理知的で、優雅さを醸し出している。そんな印象をより後押ししているのが彼女の整った顔立ちだ。エレンとは真逆の、可愛らしいというより、綺麗な印象が強いタイプ。ラウフドゥーリアに暮らす人々は綺麗な人が多いが、その中でも彼女は際立っていて、あと三年もすれば誰もが振り返るような美貌になる。そんな予感をさせる娘だった。
(……確か)
一真は先程行われたクラスメイトの自己紹介を思い出そうと頭を巡らせる。貧弱そうな雰囲気作りの為に神経を使っていたので、名前しか覚えていないが――リーティア=ヘルガントと言ったか。何故か違和感を感じたが、それは彼女が竜族の象徴である角を生やしていないからだと気付く。手元に目線を移せば、爪が血のように紅い。彼女は吸血種と呼ばれる『夜の血族』出身だ。鬼族とも言う。
「貴方達、こんな早い段階から迷宮へ行く相談してるの?」
リーティアの口から出た疑問は当然と言えた。
竜帝校に限らず、地下迷宮の蓋としての役目を負った各種族学校は必ず入学前に事前説明を行い、迷宮に挑む危険性を十分過ぎるほど通達する。
過去に起きた事故の数、死者の数、状況はどうだったのか、怪物の強さは、どれだけ容赦のない性質なのか、それらの事実を纏めた冊子を渡す。中身を良く見て、いきなり入ろうとする輩は確実に少数派だ。
まず学生としての本分を果たし、中級魔法を学び、習得してから挑むのがセオリーだ。一~二学期の区分で説明するなら、一学期はまず友人関係の構築、学業における時間分配の確認、あとは必要になる道具の知識を仕入れ、準備を整える。二学期に入ればパーティをどうしようか悩み、早期に組んだパーティはチームワークに重点を置き、仮想シミュレートを重ね、ようやく実戦に入ると言った具合だ。
生命は一つしかない。そして魔法で死人は生き返らない。セオリーを無視した無謀を選んだ時点で死ぬ確率は跳ね上がる。どう考えても石橋を叩いて渡る方が利口だ。少なくとも入学時点である程度有能だと選別された人材が、敢えて外すとは思えない。
なら最初期に迷宮に挑むという無謀を選ぶ人間は二つに絞れる。迷宮に挑まなければならないほど強力な理由があるか、無謀を押し倒すぐらい力を持った規格外かだ。
「……仲の良い奴等が一緒に入学して、ただ迷宮の話をしている可能性は考えなかったか?」
そんなルディの言葉にリーティアはニコリと微笑み、
「顕現器官をまるで持たない人がわざわざ竜族の方から一人で行くな、と釘を刺される。その状況をどう解釈しろと?」
「コイツの挨拶を見たろ。ひ弱だから釘を刺しておかないとな」
「嘘おっしゃい。貴方、吹き出しそうになるのを凄く我慢してたじゃない。それに――」
リーティアの視線がルディから一真に移る。
「貴方の方は、わざわざ足音を完全に消すなんて体術の高さをアピールしていた癖に」
そこまで見抜くか。ルディは言葉を続けようとして止め、一真に目線を向けた。
(抜け目が無いな、このお嬢さん)
(言いたいことは解る)
一真とルディは互いに顔を合わせ、頷く。
隣の席なら聞き取れる程度に声量を下げたルディが、リーティアの疑問に答えた。
「実は目端の効く火力を探してた。俺とコイツは回復が使えるからな」
コソコソする話ではないが、高位回復の魔法習得が可能になるほどの適性を有し、且つ竜族の生徒というケースは貴重も貴重だ。ある程度静かにしておかないと、我も我もとお誘いが来てしまう。断るのも手間が掛かるし、つるんでいる一真に遠回しな嫌味が飛んでこないとも限らない。一真なら適当に受け流すかもしれないが、ルディは親友をそんな環境に晒したくはなかった。
「それもこれも黄龍大会で勝つため? 迷宮で発掘した品は持ち込み可能だしね」
「ああ」
「……ふーん」
リーティアは言葉を止め、二人から目線を下げて左右に振る。その仕草から何を言いたいのか、二人はなんとなく察しがついたが彼女の言葉を待った。
「ね――」
『――こちら生徒会執行部です。一年二組カズマ・ミカゲくん、ただちに生徒会室まで来るように。繰り返します。一年二組カズマ・ミカゲくん、ただちに生徒会室まで来るように』
「~~っ」
各教室に設置されたスピーカーから女性の声が再生される。クラス中の視線を集めたが、当の一真は涼しい顔だ。
(おっと……)
貧弱クンの雰囲気を作っておくのを忘れていた。それでも一真は取り繕うとしない。こんなアクシデントもアリだろうと、静かに、挑発的な笑みを浮かべていく。幾人かの竜族は、そんな一真の顔を見て一筋縄ではいかないと確信を深めた。
「見事に食いついて来たな。今朝のアレが効いたか」
「多分な」
溜息にも似た息が一真から溢れる。ルディの机に放った検査用紙を集め、自分の机の中に入れて席を立つ。思わぬ所から出鼻を挫かれた格好になり、少しばかり機嫌を損ねたリーティアに向けて一真は手を合わせ、
「ごめん。良かったら、またあとで話できないかな。勿論、貴女に興味があればだけど」
その言葉にミーティアの表情に明かりが戻る。
「え、えぇ……分かったわ、待ってます」
「じゃあルディ、ちょっと行ってくる」
「釣った魚に餌をやりに、か?」
「考えた通りなら、ちょっとばかり面白くしてくる」
「行って来い」
ルディは笑顔で送り出す。一真は応えるに右手を上げた。




