第七話 蠍の凝望
【前回までのあらすじ】
幻獣調査団クライメシスの試験に主席合格したノクトは、《ナイトキラー》となった。
クライメシス創始者のマルウスは、ナイトスコーピオンに、亡きアイリーンの人格データをシステムとして入れてくれたのだった。
自立式魔導体であるナイトスコーピオンは、口をきくことはできない。しかし──
ナイトスコーピオンを起動してもらい、帰路につく途中。
ナイトスコーピオンは、石畳の上でカタカタと静かな音を鳴らしながら、ノクトの後ろをついて歩いてくる。
「……」
なんとなくその状態が慣れないので、ついつい後ろを見て、ちゃんとついてきてるかを確認してしまう。
ノクトとナイトスコーピオンの目が合うと、ナイトスコーピオンは一生懸命になって彼のほうにやってくる。
そして、靴から脚に。背中から肩へと登ってきた。
ノクトはびっくりして、肩に乗ったナイトスコーピオンを見つめる。
そして──
ナイトスコーピオンは、愛しいノクトの頬に触れるように、自分の胴体を擦り合わせた。
「姉さん……!」
ノクトは驚いた声を出して、肩を震わせる。
十三歳……あの呪われた誕生日を迎える前の、あの日のこと──
ノクトは、『姉さんはね、ノクティがいるから頑張れるの』と言いながら、お互いのやわらかな頬を合わせてくれた姉のことを思い出した。
ナイトスコーピオンが、どうしたの、というように心配そうに首を傾けた。
ここにいていいと。
また、アイリーンがそう言ってくれてるような気がした。
大粒の涙を隠すようにそっぽを向いて。
「ごめん、なんでもない……なんでも、ないんだ……」
ノクトは、夕暮れのなか帰路についた。
◆
「このサソリがアイリーン!」
エイトは、驚きすぎて信じられない、という反応だった。
アイリーンが自分の人格データを残していて、《ナイトキラー》の首席合格者だけに与えられるこの自立式魔導体にそのデータを入れてもらった、などと──どうして簡単に理解ができようか。
「でも、喋れないんだろ……?どうやってアイリーンだってわかるんだ、これ……」
エイトの疑問は最もだったが、それはすぐに解消した。
その言葉を聞いて、ナイトスコーピオンはカタカタと神経質な音を立てて怒っている様子だったのだ。
「エイトが信じないから、明らかに怒ってるじゃん……」
と、ノクト。
「マジか……すまん。アイリーン……なのか?」
エイトが謝りながらナイトスコーピオンを覗き込むと、ぷいっとそっぽを向かれた。
そして、ナイトスコーピオンは、テーブルからノクトの体に登り始めて、肩まで到着すると、愛しそうに頬をすりつけた。
エイトは思わず大笑いした。
「こりゃあ、間違いなくアイリーンだ!ノクトのこと、目に入れても痛くないほど可愛がってた……もんな……」
最後は勢いがなくなり、涙を堪えていた。
「マジなのかよ……そんな事が……こんな奇跡が……」
「ずっと姉さんと一緒にいたオレがそう思うんだ……間違いない」
もちもちと頬を合わせてくるナイトスコーピオンを撫でながら、ノクトが答える。
感極まって、エイトは言う。
「アイリーンが生き返ったわけじゃない。
喋れるわけでもない。
それでも……それでも……良かったな、ノクト……」
「泣くなよ……バカ」
困ったように、ノクトはエイトの背中に手を添えた。
その手は、エイトにとって温かかった。
「年とると涙脆くなって困るぜ……」
ノクトは、自分もここに来るまでに泣いていたことを完全に棚上げしていたのだが──
アイリーンはそれを知っているからか──エイトから見たらなぜだかわからなかったが──穏やかに笑っているように見えた。
夜は、穏やかに静かにふけていった。
◆
出勤前。ナイトキラーの黒い制服に身を包み、青く輝く竜のバッジを装着したノクトは、どこからどう見ても立派な幻獣調査団の一員だった。
肩には自立式魔導体のアイリーンが乗っている。
百メートルも走れず、毎晩熱を出して寝込んでいた子供が、こんなに立派になって──もはやエイトの思いは親目線以外の何者でもなかった。
「なあ、ノクト」
身支度をするノクトに、エイトは声をかけた。
「ずっと思っていたんだが……。
お前、正式にオレの養子にならないか」
「……え」
ノクトは支度をする手を止めた。
「まあなんだ、病気のときとか、なんだとか、そういう時に色々楽だし……」
エイトはあれこれと本心を隠すようなことを言う。
ノクトは珍しく、子供のように嬉しそうに笑って「ありがとう」といった。
しかし、次に口から出たのは別の言葉だった。
「実は……アイリーンと暮らした家に戻ろうと思うんだ」
「ええ!なんで、今更……」
「エイトには感謝してる……オレがあの悪夢から生き残り、人並の体力を手に入れて普通に暮らせるようになったのは、あんたのおかげだ。あんたがいなかったら、あそこで落としていた命だ」
「だったら、ずっとここで……」
「あんたに、迷惑を、かけたくない」
喉の奥から、しぼり出すように言う。
誰にも、迷惑をかけたくない。
この思いは、病弱でアイリーンの手がなければ生きることができなかったノクトの心に、ずっとこびりついたものだった。
「あんたのおかげで、一人で立てるようになった。
だから、自分だけで生きていけると……
誰にも迷惑をかけないでオレが一人で生きられること、
それを証明したいんだ」
独りになろうとする彼に、エイトから伝えたいことはいくらでもあった。
しかし、ノクトが自立して一人で生きていくことは、虚弱な彼にとって、大きな大きな目標であったことはわかっていた。
それを今、形だけ否定しても、ノクトのためにならないと思ったのだ。
「そうか……寂しくなるなあ」
心の底からそう思い、エイトは十も年を取ったように肩を落とした。
その様子を見て、ノクトは言葉を柔らかくして、言った。
「別に、寂しくはならないだろ。
勤務地は隣の幻獣調査団本部だし……
昼飯食いにくるよ。
あと、なんか……オレって料理が壊滅的に下手なんだよ。
晩飯も食いにくるから……」
思わずエイトは噴き出した。
何なら朝飯まで食いに来る勢いを感じさせたからだ。そしてそれは何よりもエイトを喜ばせた。
「じゃあ、それはいいけど、せめてこれからはオレのこと『父さん』って呼んでいいぞ!」
突然の爆弾発言に、ノクトは首まで真っ赤にして「バカ!」と言って、照れくさそうにするだけだった。
◆
ノクトは、幻獣調査団の最前線で、戦闘のエキスパートとして様々な経験や実績を積んでいく。
幻獣調査団の仕事内容は該当クラスによって様々で、メインとなる幻獣調査の他にも想像以上に多岐に渡った。
国民たちの困りごと解決や迷子探し、対人関係の仲裁など比較的人々の生活に近いものから、魔物の討伐依頼、未踏の地の調査、アーティファクトの回収、魔石や角など価値あるものの回収、密猟者の捕獲、違法取引の現場の確保、などなど──。
更には、知識者クラスによる歴史研究や魔工学研究、論文書きなど、文化貢献する仕事もあった。
ノクトは《ナイトキラー》として、あらゆる戦闘関係の仕事をこなしていく。
彼自身は今までろくに気にしたこともなかったが、彼は非常に端正な顔立ちで、幻獣調査団の制服を着用してすらりと立っていると、この上なく目立った。
銀の髪、ラベンダー色の瞳、翳りのある表情──外であれこれと仕事をするようになって、急激に女性から声を掛けられることが多くなった。
しかしノクトは恋愛の機微を全くといっていいほど理解しないし、基本的に興味もない。
なぜあまり関わりあいのない女性、時にはそうでない者たちから色々要求されるのかわからなかったし、面倒な時もあれば、それが不思議とノクトにとってどうしようもなく温かく、癒しになることもあった。
しかし基本的には言われるまま、されるがままの関係であることが多く、ノクト自身にあまり執着がないし理解もしていないので、自然に関係が消滅していることが多かった。
しかし、そういった女性たちはノクトの前に次から次へと現れた。
あまりにもその物量が多く、ノクトはそれに関して何だか疲れていた。
「これは一体どういう現象なんだ……?今までそういうことがなかったから、よくわからない……そうだ」
ハルジオに相談してみよう。と思い立ち聞いてみると。
「え……きみそれ、本気で言ってるの……?ちょっとそれ……、え?何人と同時……?」
と、何故か心の底からドン引きされた。
この話題はタブーなんだな……と思い、それについて以降は何も言わないようにした。
よくわからないけど、この件についてはいつも優しいアイリーンがすごく怒っているし。
エイトに相談したら、何か答えがみつかるか……?
しかし、何故だかエイトにも怒られそうな気がしたので、結局この件は一人で悩みつづけることになった。
◆
ノクトは着実に任務をこなし続け、アイリーンを亡くしてからすでに三年が経過していた。
その頃、幻獣調査団のなかで《幻獣ハバキネス調査隊》が編成されることになった。
調査地は、あのグレートワイツ。
そう、アイリーンが死んだ地だ。
お読みいただきありがとうございます。
ノクト《過去編》である「第一章 辿るは黒き夜」、これにて完結です!
以降は、幻獣調査団に入り三年、精鋭となった《ナイトキラー》のノクトと共に、「第二章 幻を追うための冒険」に入っていきます。
幻獣ハバキネスがいるとされる謎の島、《グレートワイツ》には一体どんなことが待っているのでしょうか。そして、アイリーンの死の謎は解かれるのか…?
次回は二章突入のため、二話分を一挙公開予定です。




