第六話 君の隣に立つために
【前回までのあらすじ】
ノクトは戦闘訓練を経て、自分が強くなったという実感を少しずつ得られるようになってきた。
しかし、心の傷はより深く際立ち、彼の精神を憎悪の方向へと決定付けていた。
季節は巡り、日々は過ぎていく。
季節は少しずつ巡っていく。
すっかり、ノクトとエイトの二人は本当の家族のように、そこにいて当たり前の存在になっていた。
「そろそろ、いいんじゃないか」
「……何がよ?」
エイトが意味深なことを言い出したので、食器を片付けていたノクトは振り返って聞いた。
「試験の紙がきてるんだよ」
「何の?」
「各種な。幻獣調査団の、クラス適正確認試験」
「幻獣調査団……!」
幻獣調査団、クライメシス。
かつてアイリーンが所属していた組織。
「ノクトには、この《ナイトキラー》の適正があると思っている」
「ナイトキラー……」
紙を見せてもらう。
『《ナイトキラー》は、幻獣調査団の夜間・隠密行動を行う特殊クラスです。
武器はナイトブレード。伝説の侍が使用した刀を模しています。
試験結果によって階級が決まり、首席合格の者だけが自立式魔導体(通称ナイトスコーピオン)を持ちます。
ナイトスコーピオンは探知、着火、攻撃など、ナイトキラーの行動補助を行います』
「へぇ……この武器めちゃくちゃかっこいいな。
あとスコーピオン、まじで欲しいな……」
「絶対言うと思った。
ほんとこういうの好きだからなー」
「うるせ」
「まあ、それはともかく、お前は敵意の察知能力が高いし、俊敏さ、知識も豊富にある。
ノクト向きだと思うぞ。どうする?」
「受けるよ。オレも、アイリーンみたいに、なれるかな……」
あの日憧れたアイリーンの凛々しい姿。自分がそうなれるとは、夢にも思わなかったあの頃。
だが、今は違う。
掴めば届くところにいる。
「なれるさ。いってこい!」
エイトは力強く、ノクトを送り出した。
◆
試験当日。
カフェの近くにある幻獣調査団本部にてそれは行われた。
エイトが《ナイトキラー》を「お前に向いている」と言ったのは本当で、俊敏、危険察知、力、方向感覚、基礎知識、格闘など、持久力以外の全ての試験で最高点を叩き出した。
「オレが……ここまで、動けるようになったのか……」
自分自身が、それにいちばん驚いていた。
やみくもに鍛錬してきたのではない、エイトによる訓練は的確で無駄がなかったことが証明された。
アイリーンがこれを見ていたら、涙ぐんだことだろう──
「すごい、ノクト……!」
ハルジオは、トンボ型の自立式魔導体を操るクラス《フラインダー》の試験に来ていて、ノクトの活躍を見ていた。
本当に病弱な頃のノクトをよく知る数少ないハルジオは、ノクトの快挙を我がことのように喜んだ。
一方で、ハルジオの機械知識は誰にも引けを取らず、試験で優秀成績をおさめていた。
こっそりとそれを見ていたノクトは満足そうだった。
◆
後日封書で届く報せは、当然の首席合格。
エイトは我がことのように喜んでノクトを抱きしめるが、微妙な年頃に差し掛かってきたノクトに「暑苦しいからくっつくな、バカ」と言われてしまう。
ともかく、若くして幻獣調査団クライメシスに加入を認められたのだ。
◆
ノクトは幻獣調査団本部へと呼び出された。
建物の奥まで入るのは初めての事で、少し緊張する。
合格者は想像以上に多くはなかった。
それは想像以上に厳しい試験だったということ──そして、その先に待つ任務が危険なものである可能性を意味しているのかもしれなかった。
様々なクラスの合格者たちが一堂に集まっている。
上官の挨拶があり、それぞれ必要なものが配布される。
まず全員に、青く輝く竜のバッジ。これは幻獣調査団の一員であることを示す。
ノクトには《ナイトキラー》の制服。黒い革の装束で、闇夜に紛れる。
次にナイトブレード。鞘も刀身も全て黒い刀だ。
そして、今回、《ナイトキラー》のなかでも好成績をおさめたノクトにだけ支給されたのが、自立式魔導体のナイトスコーピオン。
おお、と周囲からもどよめきが走る。
上官から、
「ナイトスコーピオンの起動については、老師から説明があるのでそれまで待つように」
と言われた。
老師……。
心当たりがあるといえば。
ハルジオのほうを向くと、パチッとこちらにウインクしてきた。
彼は、幻獣調査団創始者の孫──多分そういうことだろう。
ハルジオも、《フラインダー》の制服と、メイン武装のトンボ型自立式魔導体のフライングボットを受け取って嬉しそうだった。
ノクトは、どの装備も特別すぎて輝かしすぎて心から嬉しかったが、青い竜のバッジを受け取ったときの喜びは、格別なものがあった。
今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。アイリーンが、この青く輝くバッジを身に付けた《メイジ》の姿を──
バッジを握ると、それはひんやりとしていた。
しかし、心は姉のことを思い、温かかった。
◆
そうして、初めての幻獣調査団の集会は終わった。
ノクトには、特別に呼び出しがかかっていた。
自立式魔導体、ナイトスコーピオンのことだが──
呼ばれた別室に行くと、ハルジオと、きれいな身なりの皺深い老人が一人立っていた。
「ノクト・レヴァンス君。本当におめでとう。君を待っていたよ」
穏やかな喋りの、白い髭の老人。ハルジオが元気に紹介する。
「おじいちゃんのマルウスだよ。知ってるかな」
ノクトは、神妙にうなずいた。
知らないわけがない──
この世に魔力があることを発見した人。
工学を極めし者。
その両方を使った魔工学を生み出した賢者。
『生み出す者』という意味の名を持つ者。
そしてこの、幻獣調査団クライメシスの創始者だ。
さすがにノクトは緊張を隠しきれなかった。マルウスはゆっくりと口を開く。
「固くなる必要はないよ、ノクト君。いつも孫のハルジオと仲良くしてくれて、本当にありがとう」
「いえ……」
緊張してあまり気の利いたことが言えないノクトを見て、ハルジオはなんだかそれが珍しくて面白くて笑ってしまった。
そしてマルウスは、ノクトを慈しむように、穏やかに優しく言った。
「アイリーンには、かわいそうなことをしたね……」
そこでアイリーンの名前が出ると思っていなかったノクトは、完全に不意打ちを食らった形になった。
ハッとして老師を見る。
「ど、どうして……」
「優しい、思いやりのある子だった……」
言葉を切って、老師は言う。
ノクトは今から何を言われるのか、何が起こるのかわからず──早鐘のような鼓動を送り込んでくる心臓に耐えながら、食い入るようにマルウスを見つめていた。
「これを」
老師は小さなメモリーカードを、大切そうにテーブルに置いた。
「これは……?」
「アイリーンの人格データだ」
その言葉は雷のように、ノクトの頭上に衝撃として落とされた。
ハルジオも驚いて祖父を見る。
「ええ!」
「これはアイリーン本人が、最後の旅に出る前にデータとして遺したものだ。
だから、その時点までの記憶しかなく、死の真相などについてはわからない。
しかし、旅に出る直前までのアイリーンの記憶と人格パターンが全てこめられている。
何か、悪い予感がしていたのかもしれない……」
マルウス老師は目を閉じ、思い出すように言う。
「アイリーンは、ノクト君のことを、ずっと気にかけていた。
きみが良ければだが、この自立式魔導体に、アイリーンの人格データを組み込んで使わないかね」
あまりの提案に──
言葉は聞こえるのに、わからなくなる。
アイリーンの人格データが、ここにある。
このナイトスコーピオンに、それを……?
心臓の脈動が頭の中に移動してきたのかというぐらいうるさく聞こえる。
ノクトは無意識に、肩で荒く息をしていた──
「ノクト……!」
発作のことを知っているハルジオは、ノクトを心配して支えようとする。
だが──
ノクトは意識して、ゆっくりと、息を吐いた。
乱れていた呼吸を、一度、二度、と整えていく。
そしてもう一度、しっかりとした足で立った。
「大丈夫だよ、ハルジオ……ありがとう」
ノクトは、ハルジオを思いやるように優しい声で、目を細めながらそう言った。
マルウスは言う。
「アイリーンは、このスコーピオンの中に入り、きみと共に戦ってくれるだろう。
しかし、あくまで、彼女の人格データをシステムとして使うに過ぎない。
意思疎通はできるが、彼女が口をきくことは、できない。
それでもよければだが──」
「構いません」
ノクトは、マルウスの目を食い入るように見て、はっきりと言った。
「お願いします。姉さんを……」
深く、深く、頭を下げた。
次回!「第一章 辿るは黒き夜」の最終話です!
ノクトの過去編が完結します。お楽しみにっ
★「され灯」は完結まで毎日17時50分に連載予定です★
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