第五十七話 あなたが教えてくれたんだ
報告書『幻獣ハバキネスの件』を提出してから、数日が経過していた。
マリンとクレアは今回の仕事を完全に終えて、幻獣調査団支部の方へと帰っていった。胸に残る寂しさはあったが、二度と会えない訳で無し──
青く広がる空を見て、ノクトは思う。この続いていく空のもと、彼女たちは今日も幻獣調査団の仕事に精を出していることだろう。
ノクトは、一人仕事で北方の地へと出ていた。ここは、エリオス王国よりも寒い。普段から使用しているナイトキラーの制服の上に、黒い厚手の温かいマントを装着していた。
彼は、エリオス王国にある幻獣調査団本部を出るときに、トロントと話したことを思い出していた。
「ノクト、ハルジオ、聞いてくれよ!」
トロントは二人を見かけるなり、駆け寄ってきて言った。
「息子の病気が、ついに完治したんだよ!もう、立って、歩けるんだ。ずっとそうしてこなかったから、これから体力をつけていくのは大変だが……」
ノクトとハルジオは、それを聞いて笑顔になった。
ハルジオは興奮して言う。
「おめでとう、トロント。本当に、よかった!さすがハバキネスだね!」
ノクトも、嬉しさを隠しきれずに言った。
「おめでとう、トロント」
そして、少し口ごもりながらノクトは続けて言った。
「あの……実は、オレも、昔はほとんど寝たきりだったんだ」
それを聞いて、ハルジオは心底驚いた様子だった。あれほど、自分が病弱であることを隠したがっていたノクトが──
トロントはまさかその事をノクトの口から聞けるとは思っておらず、驚きながらも(知ってたよ)と心の中で思っていた。しかしなぜ今、それを……?
「だから……つまり、体力が全くない状態から効率よく体力をつける方法はわかるから……というかやってきたから、何だったら教えるよ」
トロントの顔は綻んだ。
息子を助けようとしてくれてるのか。
そのために、自分のことを言えるようになったのか──密かに、トロントは嬉しさに胸を打たれていた。
しかし、ハルジオが焦って咄嗟に間に割り込んだ。
「待って待って待って、無理だよ?ノクトとかエイトのやり方だと普通の人は生き残らないからね、無理だからね?」
ハルジオのその様子に余程のものを感じてか、
「お前、一体どういう訓練をしたんだよ……」
トロントは本気で感動していたのに、完全に水をさされた形になった。
「え。別に、普通だと思うが……」
困ったように言うノクト。
二人は同時に思った。
普通とは、一体……。
こいつ本当にピントのズレ方が《古の民》レベルだな……とトロントは密かに思っていた。
ノクトはそんな出来事を反芻しながら、トロントの息子は今頃もっと元気になったかなあ、と思っていた。
彼は近くにあるおしゃれなカフェに入り、暖と食事を取りながら、自分宛てに届いた書類を眺めることにした。
カフェのドアをあけると、リーン、リーン、と音が響く。
カフェに入ると思い出すのは、エイトのことだ。最近エイトはなんだか老けてきたな、と思う。それはノクトが心配をかけすぎているせいだったが、彼はそういったことを察する能力が皆無だった。
なんか栄養のある土産でも買っていってやるか、と思う。それとも、エイトの好み的に北方の珍しい酒のほうがいいだろうか?
昔のノクトよりも遥かに、考えるべきことが多く、煩雑で、それが尽きることがなかった。
ノクトはカフェ内の手頃な奥の席に座ってマントを脱ぎ、食事と飲み物を注文すると、書類を広げる。
書類のほうは仕事ではなく、個人的なことだった。
『メルソン村についての調査書』──依頼した王国騎士とネクロマンサー達が、途中経過としての調査報告を送ってきた。その内容を記載した書類だ。
書類によると、メルソン村は黒──しかも、想像以上に多くの食人に関わっている可能性が高い。ノクトは、切れ長の目を憎しみの色に細めた。
彼は思う。ならば、次は容疑者達が本土に連行されてくることだろう。
ノクトは直接手を下すことはない。だが、法によって、愚者たちは裁かれるだろう。
そして、ノクトには一つだけ、誰にも言わずに、自分だけの秘密にしていることがあった。
それは──
ノクトは、姉に直接手を下した仇である三人のうち、一人だけであったが、すでに討ち取っていた。
かつてのグレートワイツで、気球に乗ってやってきた、敵意をむき出していた男たち。ノクトは仲間を守るために、毒の弓矢を構えていた男の首をナイトブレードで斬った。
その男こそが──
姉に、直接包丁を振り下ろした男、本人だった。
一人は殺した。あとは──
村長のジウ。確実に連行させる。
それから、ハバキネスにアイリーンが死んだ悪夢のような時空へと送られた時、とっさに思い出すことができなかった、どこかで見たもう一人の男。
ノクトは完全に思い出していた。村で聞き込みをした、三人目の荒れた様子の男だ。顔をはっきりと覚えている。
その二人を、絶対に許すことはできない。ノクトは憎悪に燃える目で、書類を睨め付けた。
テーブルの上に乗っていたナイトスコーピオンのアイリーンが、心配そうにノクトのほうを見る。
ノクトははっとする。嫌なことを思い出して、思わず凄惨な憎しみに顔を歪めてしまっていたかもしれない──彼は首を振って、柳眉を開き、アイリーンに優しく微笑んだ。
「なんでもないよ、アイリーン。さ……喉が乾いただろう」
水の入ったグラスを差し出すと、アイリーンは器用にそれを飲んだ。
その様子を見て、ノクトは目を細めて微笑んだ。そして、囁くように言う。
「愛してるよ、姉さん」
突然そう言われて、アイリーンは心底驚いて、尻尾をふるふると震わせた。そんな機構がいつから備わっていたのか、アイリーンは、ぽろ、と大粒の涙を落とした。
ノクトは驚いて、両手で大切に彼女をすくいあげ、心からの愛情をこめて優しく頬ずりをした。
「ずっと一緒にいよう──ぼくが、いつかどこかで……土に還る日まで」
★次回、最終話です★




