第五十六話 未練を抱きし以往
グレートワイツに向かう船が出るのは、実に久しぶりであった。定められた航路などないなか、羅針盤だけを頼りに進んでいく。
「はー、依頼人、ノクト・レヴァンスねぇ……金払いがいいとは言え、遠すぎるんだよなぁ」
軽口を叩く男の声。額にかかる黒い長髪と、紫焔色の瞳が揺らめいている。だるそうにしているが、只者でない雰囲気だ。
彼のぼやきに返事をしたのは、男の隣にいる黒いトカゲ族だ。
「現地調査自体よりも、旅程のほうがはるかに時間かかってるもんね。まあ、オイラはアンタの手伝いでついてきただけだけどさぁ~」
黒いトカゲ族の緑のつぶらな目はなんだか可愛らしいが、革鎧を身に着けて非常に背が高く、長槍を携えている。彼は《槍術士》だ。
黒いトカゲ族は、続けて言う。
「アンタみたいに死人の声を聞ける死霊術師──《ネクロマンサー》は、幻獣調査団の中でも数少ないからね。今回は死者の声を聞くのが必須調査みたいだし……」
黒髪の男は、でかいため息をついて返事とした。銀の装飾が施された黒いロングコートが印象的で、背中には巨大な大剣、クレイモアをさしている。
トカゲ族は、ため息をついた彼を慰めるように言う。
「まあ、まあ、いいじゃないの。今回の依頼主のノクトって人、オイラは代理人にしか会ってないけどさ、めちゃくちゃ金払いいいらしいじゃん。お金、ジャブジャブ!」
確かにそれはそうだったが、ロングコートの男は微妙に不満そうに言う。
「依頼人なぁ、各地飛び回ってるらしくて、オレも代理人対応だったけどな。本人に会えないのにこんな危険な依頼をこなすのは不本意だが、まあ……報酬がいいからな、しょうがねえ」
紫焔の瞳の男は、船の縁に寄りかかる。彼はあくびをしつつ、チラとトカゲ族のほうを見ながら言う。
「つーか、オレはともかく、ペリドはなんでわざわざ来たんだい?本国から遠いだろうに……探知が必要であれば、こっちで別のヤツ雇っても良かったんだぜ」
「うーん、そりゃ、なんかアンタが心配だから……?」
「え?何だって?」
「いや、潮風が気持ちいいね〜」
すっとぼけた様子でペリド──トカゲ族の青年ペリドットは言った。
船の中には、エリオス王国の騎士たちも同乗している。
彼らが受けた依頼内容としては、グレートワイツ内にある《メルソン村》で、禁忌の重犯罪である『食人行為』が度々行われていたとのことで、その調査をすること。そして、内容によっては食人に関わった村人の連行を依頼されているのだ。
グレートワイツはエリオス王国の領土だ。今までその村の存在は知られていなかったものの、その領土の上で暮らしている以上、非道な行為が行われているのであれば法の元で裁かれなくてはならない。
トカゲ族のペリドットは言う。
「幻獣調査団の仲間がやられたっていうなら、どうにか真実を明らかにしなくちゃねえ。ネクロマンサーが現地調査した報告書は法的に効力を持つわけだし、それって、アルバにしかできないことだし、がんばってね」
「はぁ、レアスキル持ちは辛いぜ、ほんと」
《ネクロマンサー》──紫焔の瞳を持つアルバは、これから起きることを想像して、形の良い眉根を寄せて目を閉じた。
船は南の荒野に接舷すると、アルバ、ペリド、三人の王国騎士、合わせて五名がぞろぞろと降り立った。
メルソン村に行くにはそこから数日を要す。五人は苛烈な道程の荒野を渡り、巨大化したワームや大ガラスの群れなど、厄介な相手と戦いながらどうにか村へと到着した。
「村長はどこだ。直ちに姿を見せられよ!」
王国騎士たちがズカズカと村に入ると、村人たちの間でざわめきが沸き起こった。かつてこの僻地の村で、このような無体が通ったことはない。
村長であるジウが何事かと出て来るが、国王から発行された『食人行為についての調査令状』を突きつけられると真っ青になり、一瞬の後にはものすごい剣幕で怒り散らした。
「ふざけおって、この島に、国王だと……なんでも好きに調査したらいい!証拠などありはしないのだからな!」
《ネクロマンサー》のアルバは、その村長の様子を見て、急に剣呑に目を細めて、睨みつけるかのように言った。
「ふ〜ん……?言ったな。後悔すんなよ……?」
「後悔などせんわ!ないものはないのだからな!」
しかし、次の瞬間、村長ジウは驚きのあまり腰を抜かしそうになる。
王国騎士一行は、迷うことなく《村の東》へと向かったのだ。
なぜ──こいつらは、何を知っているというのだ?
村長は大慌てで叫んだ。
「そ、そっちには何もない。行ったところで無駄だぞ。村はこっちだ!」
すると、くるりと黒髪の男が振り返る。紫焔の瞳には、燃え盛るような静かな怒りがたたえられている。
「……神に、祈れよ」
一瞥をくれると、彼らは村長のことなど無視して《村の東》へと進んでいった。
依頼人ノクトからの情報通り、《村の東》には空き家があった。
「……はあ」
アルバは深いため息をついた。この空き家を見ただけでわかる──彼から見ると、黒いゆらめきが立ち上っている。明らかな、無念の魂が、ここにある。
アルバは、少ししんどそうに言った。
「正直……こういう恨みとか無念が残った場所って、キツイんだよ……気持ち悪くなっちゃってさ」
それに対して、トカゲ族のペリドットはちょっと呆れたように笑う。
「だからアンタは心配なんだよなあ。ネクロマンサーとかやめたらいいのに」
「オレもそう思うわ……」
顔をしかめながら、アルバは空き家へと入っていく。
室内。アルバには、無念の魂が複数いるのが当然のように見える。凄まじい、負のオーラを撒き散らした、悪霊一歩手前の魂。幻獣調査団の──《クレリック》と《ファイター》のようだ。こいつらは後で浄化してやらんとかな、と思う。
他にも、彼らよりももっと前の時代に迷い込んだ船乗りや、奴隷……思いの外、犯行件数は多そうだ。この村、完全に「黒」だ。
「……まあ、そうだよな……ムカつくよな。そりゃ、怒るよな……。うん、そうか……」
アルバは彼らの悲しみと恨みを理解してなだめるが、その無念の思いを猛烈に受け取り、だいぶ体調が悪そうだ。身体を少し折って、口元を抑え、吐き気を催している。
「おいおい、大丈夫かいアルバ……」
ペリドが心配そうな顔で覗き込む。
「だから、こういうやべーとこに来たくなかったんだよ……」
アルバはぼやく。だが、ここまで来てしまったからには、乗りかかった船だ。もう報酬なんか、どうだっていい。
目の前に無念の死者がいるなら、ただ、助けてやりたい──
アルバは、向き合うことになった死者を一人一人大切にする信条を持つ、非常に珍しいネクロマンサーだった。そして、成仏させるその時まで、彼らと丁寧に付き合う。
だからこそ、自分のキャパシティオーバーには常に慎重になり、自らすすんでで死霊と接することはない。
アルバは室内で浮遊する亡霊たちに入念に話を聞き、それを王国騎士の書記官が紙にしたためていく。
「──《ファイター》の兄ちゃんが言うには、地下室があるそうだ。そこも見る」
王国騎士たちに一階を調べさせている間に、アルバとペリドットは地下への階段を見つけたが、鍵がかけられている。亡霊たちに聞いて鍵の在り処を知り、なんの障害ともせずに解錠し、あっさりと地下へと降りていく。
「う……」
アルバは、地下へと進んでいくごとに気持ち悪さが極まって、口元をおさえ、肩で苦しそうに息をしていた。
ペリドットはいつものように、アルバの背中をさすってやる。
あまりにもすさまじい未練と悲しみだ──アルバの額には、汗がにじんでいた。
地下室にいる魂は、余程強い想いを抱えているのだろう。彼から見たら、進むのも難しいほどのどす黒い未練のオーラが階段下から溢れている。
階段の突き当りにある扉には、小窓に鉄格子がはまっていて、簡易な牢屋になっていた。その扉をあけると、ギイ、と耳障りな音がした。
真っ暗だった地下室に、廊下の仄暗い灯りが照らされる。
そこには、淡い長い金髪、すみれ色の瞳を持つ、幻獣調査団、《メイジ》の女性が、鎖で繋がれていた。──まるで亡霊とは思えない、普通に生きてそこにいるかのような強い強い存在感だった。
ペリドットにはそれを見ることはかなわなかったのだが、あまりに強い未練の思いで、霊を視る目を備えていないトカゲ族の青年ですら、なにか強い寒気のようなものを感じるようだった。
《ネクロマンサー》のアルバと、《メイジ》の彼女。
死者と意思疎通できる者と、死者。
お互いを認識する。
彼女は焦点の合わない様子で、ぼんやりとアルバを見て言った。いや──アルバのほうを見ていない。ただ開いた扉を眺めているだけだ。
『帰らなきゃ……』
悪霊になってはいない。ただ凄まじい未練で自縛されている。
アルバは、負の感情を受け取って、肩で苦しそうに息をしていた。
「……誰かが、あんたを待ってるのか?」
アルバは、そう言って亡霊に声をかける。か弱い鈴のような声で、返事があった。
『可愛い、病気の弟……家でたった独りなの。看病してあげなきゃ……』
「看病、か……」
アルバは、この亡霊がかなりの年数をここで自縛されてることを察していた。看病が必要な病気の弟か──天涯孤独なのだったら、多分もう弟のほうも、生きてはいまい……
だが、アルバはそういった現実的なことを、霊に対して言わない。霊は時間の概念を失っていることがほとんどで、言っても無駄であるし、悲しい現実を伝えたところで無駄に悪霊化するだけの場合もある。いつも彼は同意するのみだ。
「弟のために帰りたいんだな。だが、あんたはあまりにも強い未練を残しているようだ……このままここにいても、残念だがどこにも帰ることはできない……」
彼女はアルバの話をまともに聞いているとは思われなかった。
『今日、弟のお誕生日なの……帰らなきゃ……もう、遅くなってるし、心配かけちゃう……』
彼女は悲しそうな顔で、繋がれた鎖を力なく引っ張る。亡霊の体で鎖が引っ張れるはずもない。
アルバは、彼女に手を差し伸べた。
「そこまで未練があるなら……共に行くか?」
すると、初めて気づいたように、彼女はアルバのほうを見る。
『……あなたは、誰?』
「オレは、幻獣調査団・北の支部、《ネクロマンサー》のアルバ・リオン。オレの名には《夜明け》という意味がある」
『《夜明け》……』
彼女は不思議そうに尋ねる。
『夜は、明けるの……?』
するとアルバは、紫焔の瞳に優しい光をこめて言った。
「それは、あんた次第だ……。なあ、ずっとここにいても弟には会えないし、あんたはここに自縛されている──少なくとも、オレと来たほうが有益な亡霊人生を送れると思うぜ」
『……亡霊って、誰のこと……?亡霊にも、人生があるの?』
「あるさ」
なんだかよくわからない人だと、彼女は思った。だけど──
彼の珍しい紫焔色の瞳は、彼女が心から愛したラベンダー色の瞳を、少しだけ思い出させた。
『よくわからないけど……あなたの目の色が素敵だから、行くわ。一緒に──』
アイリーンは、アルバの手をとった。亡霊は、ネクロマンサーの手だけはとることができる──
男の手は温かくて、亡霊になって久しく冷たいアイリーンに、日だまりのようなノクトの体温を思い起こさせた。
アルバは、アイリーンの手を握り、うなずいた。
「約束するよ──あんたが成仏できるその日まで、共に在ることを」
★完結まで残り二話★




