第五十五話 長く短い、冒険の終わり
幻獣調査団の五人は、気づくと本部の門の前で、思い思いの状態で思い切り転倒していた。
どうも、自分たちは空から突然降ってきたらしく、本部で仕事をしていた同僚たちがざわざわとそれを見て、かなりの騒ぎになっていた。
「ハバキネス、着地が雑すぎるよ〜!」
猛烈に尻もちをついて、クレアは叫んだ。
幻獣調査団の五人は、ハバキネスに願いを叶えてもらうと、別れの挨拶もそこそこに『空中転移』の魔法でここまで強制的に戻されたのだ。多分、彼女のでたらめな魔力で、船も港に返されているだろう。
猛烈な勢いで本国へ戻されたのは、もしかしたら、ノクトの復讐の気持ちをぶり返させぬため──メルソン村、つまりアイリーンが死に至った小屋のあるグレートワイツにいたら、気持ちが揺れるだろう。それはハバキネスの最後の優しさだったのかもしれない。
ハバキネスは寿命を迎えると言っていた。もう、彼女に会うことはないのか──あまりにも偉大な人、偉大な竜だった。本部の門の地べたに座りこんで、ノクトは白銀の竜、そして白い長い髪のエルフに思いを馳せていた。
もう会うことはないのかもしれない。だが──心にその姿を思い描くと、胸が温かかった。
五人は、上官に今回の旅の報告を行っていた。あまりにもすさまじい旅だったため、詳細な記録を必要とされ、しばらくは報告書作成に追われるようだった。
とにかく、全員共々に身も心も傷だらけで疲弊しきっていたので、まずは全員病院へ行き、その後しばらくの休暇をとることとなった。
数日後──
ノクトの受けた大きな傷も、だいぶ良くなってきた頃。
「おう、ノクト。何日かぶりだな」
たっぷり休みをとって彼が本部に出勤すると、トロントが挨拶をしてきた。
本部内では、今回の『幻獣ハバキネスの件』の報告書作成のために、わざわざ事務室が一室用意されていた。アイランド型に事務机が並べられていて、五人はしばらくここに勤務になりそうである。
「報告書作成めんどくさ〜!」
「マジで気が滅入っちまうよな」
明らかにデスクワークが向いていなさそうなクレアとトロントが文句を言っている。
そういった文書作成が得意なハルジオ、マリンはてきぱきと作業していたし、ノクトも別段嫌いな仕事ではなかったので問題なくこなしていた。
そんな風にそれぞれが報告書作成業務をこなしていると、突然、調査団の事務員の女性が扉を開けて飛び込んできた。
「た、大変です!」
五人は緊迫した面持ちで彼女を見る。
「どうしたんだ?」
トロントが焦って問うと、事務員の女性は肩で息をしながら言った。
「あの、戦争が、戦争が……終わったんです!急に!」
「ええ!」
あまりにも唐突──全員に衝撃が走った。
ハバキネスはマリンの願いを叶えてくれたんだ──その場にいる五人は、確信を持ってそう思った。
「戦争って、アストーアと、テンクルジヴァーの……?」
マリンは、信じがたいように呟く。確かに、願ったのは彼女自身だし、ハバキネスにはそれを実現させるだけの力があることも目の当たりにしてきた。それでも──あの泥沼のように続けられてきた両国の戦争が急に終わったことが、マリンには信じられなかったのだ。
「やったねー、マリン!」
クレアが、嬉しさのあまりマリンに飛びついた。テンクルジヴァーの元尉官だったトロントも、ほっと胸をなでおろした。
「そうそう、それで、クレアさん!大変なんですよ!」
「……へ?」
事務の女性は更に血相を変えて叫ぶように言った。
「この戦争を終わらせたのってクレアさんなんですよね!世界中が英雄クレアの大合唱して、大騒ぎしていますよ!」
「えええええええええ?」
ハバキネスはどうやって何をしたのか……
ノクトはモロにツボに入ったのか、声をあげて笑った。
「あははははは、なんでだよ」
「笑うな、ノクトっ」
クレアは消しゴムを投げつけるが、笑い続けるノクトはその消しゴムを見もせずに二本指でピタッと受け止めた。
「くっ、無駄にやりおる」
クレアはもっと鋭いものを投げてやればよかったと思いつつ、
「え……ていうかこれが名誉……?」
とつぶやいた。ハバキネスは確かに名誉を与えたかもしれないが、ピントのずれかたが《古の民》規模だ。
「やばい……なんか富と愛って……どうなるんだろ……」
クレアはだんだん不安になってきた。
矢継ぎ早に、今度は門番の男がこの事務室に飛び込んできた。
「クレアさん!なんか知らないんですけど、アストーアの貴族の人たちがクレアさんと結婚したいって何人も押しかけてきたんですけど〜!」
「はあああああ?」
流石にクレアは叫んだ。
ハルジオとマリンはハバキネスの所業にポカーンとし、ノクトは更に腹筋崩壊が止まらず、トロントは呆れたように笑っていた。
クレアは対応に出たのか、それとも逃げ出したのか、室内から出ていった。
事務員の女性と門番もそれについていったため、元の静かな事務室に戻った。
笑いすぎて息も切れ切れで、何だったら縫合された傷が痛むレベルで笑ってしまったノクトは、胸を抑えて、いてて、といいながらも、ふーっとため息をついて仕事に戻ろうとする。
それを見て、トロントは一言、
「なんかノクト、雰囲気変わったか?」
と言った。
ノクトは椅子に座って書類の束を見つめながら、首をかしげて返答する。
「そうか?」
トロントはなんとなく立ち上がって、ノクトの座る椅子のほうまで行く。
その肩にのるアイリーンがどうしたの?という顔で見ている気がした。トロントはアイリーンに対して微笑んだ。
そして、ノクトの眺める書類を見て言う。
「今、何やってんだ?」
「ああ、ハバキネスが生きた過去の世界の状態と、自分目線で見てどう思ったか資料にまとめてるところ……」
聞きながら彼の顔を見て、トロントは思っていた。
顔が特別似てるってわけでもないが、オレは多分、こいつを見てると息子を思い出しちまうんだな……今は元気そうだが、昔病気を患っていたんだろう。
なんだか自分の父性が暴発しているというか、トロントから見て、復讐から解放されて急に年相応に見えるようになったノクトは、守らなきゃいけない息子のように思えた。
本人にそう言ったら、また怒るかもしれないが……
だから、少し触れるだけにした。
仕事を頑張っているノクトの銀色の頭に、ぽん、と優しく手を置いた。
ノクトは嫌がる風でもなく、照れくさそうにはにかんで笑った。
「もう、なんだよ、トロント」
「いや、よく働くなあって思って」
それを見て、ハルジオとマリンは微笑んでいた。
それから更に数か月後──
航路すら確立されていないグレートワイツに向かう、一隻の船があった。
★残り三話で完結です★




