第五十四話 消えて、灯りて、愛を知る
「な、なんで……ノクト……」
ハルジオには、ノクトの考えがわからない。嫌な予感しかせず、頭の中がガンガンする。幻獣調査団からの脱退──何故このタイミングでノクトはそんなことを……
ノクトは──暗い瞳のまま、言う。
「ナイトスコーピオンのアイリーンは、ハルジオに預ける。そしてオレは、幻獣調査団と無関係な一個人として……単身でメルソン村をこの世から消滅させる」
ハルジオはやっと理解した。幻獣調査団の皆に迷惑をかけないように脱退してから、お姉さんの仇を討ちにいくつもりなんだ──
トロントは、何か言わねばと思い前に出た。
「ノクト……お前……!」
まさか、死ぬ気なのか……?
しかしそこで、ノクトは話を区切るように深いため息をついた。
「命に代えて、必ず、そうするつもりだった──」
固唾を飲んで見守る団員たち。ハルジオが代表して、「だった」という言葉がついたことを再確認した。「『だった』、だよね……?『だった』でいい、んだよね……?」と、何度も。
しかし、ノクトは言う。
「わからない……今もまだ、揺れているのかもしれない……だけど──」
その口調は苦しそうだった。
ハルジオは、彼が、たった一人で深く思い悩んでいたことを知った。そしてほんの少しだけでも思い留ってくれたことが嬉しくて、しかし一人で深い苦しみを抱えていたであろうことが悲しくて、思わず涙を流した。
「もう……そういうこと、言ってよ……友達だろ、ノクト……」
えっ、とノクトは驚いてハルジオを見た。
昔何か困ったことを相談したら彼にドン引きされたことがあったから、なんとなくハルジオに相談したらいけないのかなと思っていた。
「そっか……相談してよかったのか。ごめん」
「ノクト、君ってほんと……不器用すぎるでしょ……」
ハルジオがそう言って泣くので、ノクトは困ったように笑って、その涙を優しく拭ってやった。
彼は、ハルジオが落ち着くまでしばらくそうしてやり、肩をたたく。
そして、ゆっくりとハバキネスに向き直った。
「あんたは、悲しみに意味を見い出せと言った……悲しみなんか、ないほうがいいに決まってる。だけど……」
胸がズキズキと苦しい。ノクトは言う。
「ハバキネス……あんたの過去を見て、思ったんだ」
認めたくなかった。
認めたくなかったが──
ノクトは絶対に理解できないと思っていたそれを、理解しようと、認めようと、一歩を踏み出した。
悲しみには意味があるということを。
「失うからこそ、失う可能性があるからこそ、今あるものを大切にできるんだね……」
それは、つらい宿命を言い渡された子供のようで──
考えをまとめ、やっとハバキネスを正面から見据えて、はっきりと言う。
「願いは、無い」
『……何も、無いのですか?』
「無い。気づかなかったんだ……姉さんを失ったオレは、復讐だけを見るあまり……自分には何も無いと思い込んでいた。だけど……」
ノクトは顔を上げる。周りを見る。
自分はたくさんの大事なものを持っていたんだ。これは、それを知るための旅だったのかもしれない。
姉さんは最期の瞬間、成長したオレを見て、なんと言っていた──?
それが全ての答えだったんだ。
だが──それでも許せないものもあるし、憎悪は心の中に残ったままだ。
「……姉さんを殺した奴らは、必ず、法のもとに引きずり出して裁く。だけど、それをするのは、オレ自身じゃなくていい……復讐に生きて人生を浪費するよりも、大事にしたいものがあるって気づいたんだ」
肩にとまるアイリーンを見る。
そして、心配そうな仲間たちの顔。
目を閉じると、エイトの顔がうかぶ。
「もう、いいんだ。何もかも……」
目を閉じたまま、ノクトはそう言った。
彼はついに、復讐を、選ばなかった。
最後の最後まで悩み抜き、全てを天秤にかけ──
そして、十三歳のあの日から歩み続けてきた呪いの人生から、やっと一歩だけ、外れたのだ。
ハバキネスは穏やかに言う。
『エイトは、喜ぶでしょうね』
「エイトが……なぜ?」
ラベンダー色の目を開いたノクトは、不思議そうに聞き返す。
『あなたが帰ってこなかったら、エイトは悲しむでしょう。戻ったら、喜ぶでしょう』
「……そう、なのかな。オレなんかの事で……」
そんなことも想像できないのか、と仲間たちは何だか呆れて笑ってしまった。
優しいハバキネスは、理解できないでいるノクトに、噛み砕くように丁寧に説明した。
『あなたは、アイリーンが戻らなかったとき、とても、とても悲しい思いをしましたよね。同じ思いを、自ら進んで、エイトにさせるところだったのですよ』
「……え」
言われて、ノクトは本当に初めて気付いたように──下を向いて、唇を噛んだ。
「オレが戻らなかったら、エイトは……姉さんが戻らなかった時のオレと同じぐらい、悲しい思いをするってこと……?」
ハバキネスは、ゆっくりとうなずきながら同意した。
『そうですよ、ノクト』
「そっか、そんなこと……考えたこともなかった。じゃあ絶対、帰らなきゃ……」
エイトに、あんな思いをさせる訳にはいかないから。
自分が復讐に向かい、憎悪に生きるとき、エイトはずっと悲しい思いをしていたのかな……と、生まれて初めてそのことに思いを馳せた。
自分がどうあるかで、誰かが悲しい思いをしたり、嬉しく思ったりするということを、全く考えたことがなかったのだ。そんなこと、夢にも──
もしかして。
仲間たちと目が合う。
こいつらも、そう?
だからハルジオは、ノルツに怒った?
だからトロントは、ムキになってオレにベルトを装備させた?
だからマリンは、オレに説教した?
だからクレアは、霞む意識のむこうでフェンリルに怒ってた?
そして、もしかしたら、オレ自身も──
誰かが傷付くと悲しいから、いつも体が勝手に動いて──だから皆を守りたかったのかな……
答え合わせするかのように、仲間たちは笑っていた。
ナイトスコーピオンのアイリーンは、ノクトの肩の上で、何かを祈っていた。
ハバキネスは小さなアイリーンの願いを掬い上げて、叶えてあげた。




