第五十三話 同胞たちの望み
「ていうか、もっと早く起こしてくれよ……」
ノクトは、ハバキネスの懐が暖かくて、心身ともに疲弊していて、すっかりよく寝てしまったようだ。彼は、心底恨みがましく皆に文句を言った。
ハルジオは、少し困ったように笑いながら返事をした。
「いやだって、すごく疲れるだろうし、起こすの悪いかなって思って……」
「無防備に寝てるナイトキラーを見られる機会は今だけ!って感じだったし〜」
クレアにからかわれて、何か腹が立って、ノクトは人差し指で彼女の頬をつんと刺した。
「けっこう痛い!」
「はいはい、もう、遊んでないで〜」
マリンが仲裁に入る。
『願いは、決まりましたか?』
塔の屋上に寝そべった白銀の竜が、彼らに念話を飛ばしてくる。
ついに、願いを叶える時だ。
『ノクト。あなたから、どうぞ』
促され、ドクンと彼の心臓が強く脈打つ。
──しばし、何も言えないでいると、クレアがなにかを察して前に出た。
「ねえねえ、私からでもいい?」
『良いですよ、クレア』
言われて、彼女は満面の笑顔になる。
「私はねえ、富と、名誉と、愛がほしい!」
さすがにトロントは吹き出した。
「三つとかありかよ」
『構いませんよ。クレアに対して、富と、名誉と、愛。叶えましょう』
優しくハバキネスは笑った。
「ほんとーやったぁ!でもさ、これ、いつ叶ったってわかるの?」
『きっと数日内には実感できると思いますよ』
「そうなんだぁ。めちゃくちゃ楽しみ!ありがとう、ハバキネス!」
次は、トロントが前に出る。
「オレの息子は、現代の医学では治癒困難な不治の病にかかってるんだが……」
『ええ、存じ上げております』
「それを治してもらうことは……?」
『もちろん、できますよ。トロントに対して、お子の完治を。吉報をお待ちくださいね』
こんなに、あっさりと……?
トロントは、静かに、だがはっきりと、両の手をしっかり握ってガッツポーズをした。これから、息子はベッドから起き上がり、自由になる──それを思うと、喜びが胸に溢れた。
マリンは、トロントの抱える複雑な思いを知っていたからこそ、目に涙を浮かべてその姿を見ていた。
次は、そのマリンの番だ。彼女は一歩前に進み出る。
「私の願いは、東のアストーア、西のテンクルジヴァー、その両国の戦争の終結を。お願いできますか……?」
クレアとトロントが驚いて彼女を見る。
ハバキネスはうなずいた。
『もちろん、可能です。マリンに対して、両国の戦争の終結を』
「自分のことじゃなくていいの、マリン」
全力で自分のことを願ったクレアが、おずおずと聞いた。マリンは、藍色の髪をきらきらさせながら、花のように笑った。
「これが、私にとって、自分のことなんですよ。クレア」
次はハルジオの番だった。
「僕の悲願は、死んだおじいちゃんが見たいと願った幻獣ハバキネスを一目みることでした。そして、それはこうして叶いました」
ハバキネスは、穏やかな目でハルジオを見ている。
「しかも、ただ見ただけじゃない──過去の世界を冒険して、世界の成り立ちに関わって、幻獣ハバキネスの伝承の矛盾を完全に理解できたんだ。もう……ぼくは、それだけで……胸がいっぱいで、十分です。ありがとう、ハバキネス」
『願いはそれでいいのですか?ハルジオ』
「はい。十分に叶えてもらいました!」
ハバキネスはくすっと笑っていた。
『欲のないことですね』
「ハルジオ、バカじゃん〜。彼女欲しいとか言っとけばいいのに」
クレアのとんでもない軽口に、ハルジオはこのメンバーで調査隊を組んで以来いちばん憤慨して言った。
「か、彼女だとかそういうのは!こういうので手に入れたところで質量保存の法則がね!」
「え、どこの質量保存?なんで?」
クレアの謎の突っ込みが入る。
やりとりがくだらなすぎてトロントは笑ってしまった。
このひどいやりとりは、ノクトの耳には全く届いてなかった。
再び、彼は目を伏し目がちにし、その影で、美しい瞳が暗い色になっていた。
そして、彼は低い声で言う。
「……願いを言う前に、皆に今後のことを伝えさせてくれ」
時が止まったように──全員が、え、という顔でノクトを見る。アイリーンは身体を硬くしていた。
「ハルジオにこのバッジを返して、オレは幻獣調査団を脱退する」




