第五十話 深淵より吹きし風
幻獣調査団の面々は疲弊していた。
いくら攻撃を打ち込んでも、なかなか決定打を見いだせない戦い──
胸郭を破壊し弱点を露出したようでいて、ハバキネスの優れた運動性能で、そこに再び攻撃を打ち込むことができずにいた。
ハバキネスのほうも、先程の最大威力の必殺技を防がれたことで、すぐに次の大技を放つことはできないようだ。細かな応酬をこなすことしかできずにいた。
大きな問題はノクトにあった。普段であれば真っ先に先陣を切り込んでいくのだが、ズキンズキンと響く痛みが胸に走っていて、どうしても動きに精彩を欠いてしまう。先ほどハバキネスの胸郭を破壊したときの衝撃で縫合した傷口が開き、足元まで血が滴っていた。パーティのテンポが合わない──
ノクトの出血がひどく、アイリーンがそれを心配して、マリンに一生懸命サインを送る。
マリンはそれに気がついて駆け寄り、思った以上にひどい状態に驚いた。
「ノクト、待って!回復魔法を──」
だが、ノクトは焦っていた。今更自分だけを立て直したところで──
ノクトはマリンに言う。
「このままだと、まずい……さっきの大技をもう一度使われたら間違いなく全滅する。オレのことはどうでもいい、何か……何か打開策を──」
「焦る気持ちはわかります。だけど……一つ一つちゃんとすることで、勝機が見えるものです、ノクト。今は回復を受けて……」
ぐっと、ノクトは歯を食いしばる。マリンの言うことはいつも正しい。だが、このままでは……
ノクトが下がっている間、前衛を受け持つのはクレアとトロントの二人だ。自分が不甲斐ないばかりに二人に負担をかけてしまうのは、許せなかった。
『試練を与えましょうか……』
言うと、ハバキネスは猛然とトロントに滑空した。
「なっ……!」
竜の足でトロントの胴体を勢いよく掴むと、そのまま天高く遥かな空中へと舞い上がったのだ。
突然の強制空中散歩に、トロントはゾッとした。ここで離されたら生き残ることは……
思うや否や、ふっとその拘束を解かれた。トロントは遥かな上空で放り出されたのだ。
「えっ……」
上空五十メートルほど。この高さで地面に叩きつけられたら──確約された死が待っている。
ああ、オレの人生はここまでか──
空中に投げ出されたトロントには、死を防ぐ手立てはもうない。
息子は病弱だが、命があるというだけで満足して欲を出さず、こんな島に来ることなく、慎ましく日々を暮らせば良かったのか──
一瞬後悔が脳裏を走るが、何を思おうがもう遅い。
遥か下方の地面を眺めると、マリンの静止を振り切って、ノクトが自分の落下地点に向かって走っていた。
あいつ、ほんとバカだなぁ、とつくづく思う。自分の身体のこと、一回でも考えたことあんのかな。
あんな細い体で……
オレの落下なんか支えたら、バラバラになっちまうだろ。
やめろよバカ野郎……!
お前を殺してまで、助かりたくなんかねえよ!
どんな現実も直視できず、トロントは目を閉じる。
悔いしか残らず、諦観の境地に至れるはずもない──
その時、カシャカシャという耳慣れない音が──言うなれば、村で簡易ワープ装置を組み上げた時のような音が耳に届いた。
「ソウルブレイク!……来い《フライングボットクィーン》!」
ハルジオが持っていた碧玉が組み上がり巨大化し、大きな一体のトンボ型の自立式魔導体、フライングボットとなった。それはあまりにも大きい──
そして、下からブォン!とその羽で猛烈な突風を巻き起こした。
「うお!」
トロントは地面に叩きつけられる直前に、下から猛烈に吹き上げられてふわっと浮かび、ドサッと緩やかに地面に落ちた。
助かったトロント自身がいちばん驚いているようで、
「た、助かった……のか」
呆然と、大きなフライングボットを見る。そして、自分のほうまで走り込んでいたノクトと目が合って、何故か腹が立って、思わず「この……バカ野郎!」と怒鳴ってしまった。
だがそんなことよりノクトは、トロントが生還したことに、心から安堵していた。
「ていうかハルジオ、なにそれぇ!」
びっくりしてクレアが叫ぶ。
「ふふっ、僕のソウルブレイクは自作で改造してあるんです!巨大なフライングボットクィーンはしばらくの間、回復・バリア・探知を行えます。皆、効果が切れる前、今のうちに……!」




