第四十一話 傍らにいたはずの知己
ハバキネスは、胸に致命傷を受けて倒れ伏した親愛なる友人に目をやり、悲しみに満ちた目で、思いを馳せていた。
悠久の刻を共に過ごしてきた友人、ヴァリス。輝くような黄土色の瞳、漆黒の髪が印象的な男だった。だがもうその瞳は、開かれることはない。
彼は良い意味で《古の民》らしくはなく、常に退屈そうにはしていたが他者に害意はなく、楽しいことを探すことにとてもひたむきで、なかなかに面白い友だった、と思い出す。
彼は、永遠の時を過ごせるだけの力と寿命を持っていた。それなのに、冷たくなっていく彼の骸がそこにあるのは、目覚めることのない悪夢に迷い込んでしまったかのようだ。
彼を失った大きな喪失感と、胸に大きな穴があいたような悲しみが、ハバキネスの俯いた姿から雄弁に語られていた。
ノクトはそのハバキネスを見て、最愛の姉を亡くした自分自身の姿を重ねていた。彼女を見ていられず、目を伏せた。
この人も、失っていたんだ。大切な人を……
ハバキネスは立ち直ることはできていなかったが、それでも──
彼女は必死に悲しみを振り払い、杖に虹色の魔力を込めていく。
この世界を守りたい。
たとえ、すべての《古の民》が世界を見捨て、誰が死のうが滅びようがどうでもいいと言ったとしても──自分だけは最後まで、世界を見捨てはしない。
「よいですか、皆さん……私は、ノルツの《願いの魔法》を封じます」
凛と響く声で、幻獣調査団の面々に対してハバキネスは言う。
「しかし、願いの魔法は非常に強大で、複雑な術式でできている……私は《願いの魔法》を封じることにかかりきりになり、動けなくなってしまいます。皆さんが、ノルツを倒してください」
「そいつは、わかったけどよ」
前を向いたままトロントは叫ぶように言う。
「あれはあんたの友人なんだろう。倒しちまって、いいのかよ」
それに対して、ハバキネスは強い姿勢でいう。
「……構いません。彼は、言ったことは必ず実行する男……そういう人なのです。世界の敵となった今、倒すしか、ありません」
トロントは、もちろんこんなところで倒される気は毛頭ない──必ず現世に戻って、息子の不治の病を幻獣ハバキネスに治してもらう。しかし、ヴァリスを失い、ノルツさえも失う彼女のことを思わずにはいられなかった。
「なにゴチャゴチャ考えてるの、トロント」
クレアが魔剣を構えながら、前に出る。
「私たち、負けるわけにはいかないんだからね」
それは明確な叱咤だった。肩を竦めるように、トロントは笑った。
「そりゃ、そうだ。負ける気はねえよ。みんなで元の世界に戻らないと、始まらねえからな」
一方、ノクトは無言で前に出て、すらりと黒いナイトブレードを抜き放った。
トロントは心配して彼の顔を見る。
しかし、その心配に反して──疲弊した様子ではあったが、少しだけそのラベンダー色の瞳に光が戻っていた。
(──よかった。みんなの言葉が効いてくれたかな)
気を取り直すように、片手剣を構えて向き直る。
あとは、この眼の前の狂人を倒すだけだ。
「願いの魔法を封じる、だって?」
ノルツは挑発的に笑った。
「いくらハバキネスと言えども、そんなことが簡単にできるかな……やってみろよ!」
狂気の赤い瞳を揺らめかせて、血に染まった手のひらを前に突き出す。
最前線にいるトロントに対して、《願いの魔法》を発動させる。
『粉々に砕け散れ!』
グッ、とその血に塗れた手のひらを強く握り込んだ。
全員の血が恐怖で逆流するかのような瞬間だった。
しかし──
その魔法は発動しなかった。
「クッ!まさか本当に封じてくるとはな……!」
ノルツはハバキネスを睨みつけ、口惜しげに吐き捨てる。
流石に、トロントは力が抜けて尻もちをつきそうになるが、何とか持ちこたえた。
「おいおい、何気に今、オレの人生の最大級の危機だったんじゃないの……」
「封印は成功しています。彼を倒して……お願いします!」
ハバキネスは魔力を継続的に展開して、ノルツの《願いの魔法》を封じ続けていなければならない。
戦えるのは、幻獣調査団の五人だけだ。
「おうよ、やってやるぜ!」
トロントはそう叫んだ。
クレア、ノクト、マリン、ハルジオも戦闘態勢に入る。
力を封印され烈火のように怒りを吹き出したノルツは、怒号を放つ。
「貴様らのような微細な魔力しか持たない種に《願いの力》など不要!我が六属性の力で滅殺してくれるわ!」




