第四十話 己より己を識る者たち
「なんだあいつら……友人同士じゃあ、なかったのかよ……」
トロントの呻くような疑問は最もだった。
黄土色の瞳のヴァリス、狂気の赤い瞳のノルツ、彼らはハバキネスの友人であると聞いていた。
だがしかし、今展開されているのは、狂気に逸ったノルツが、魔力を帯びた手刀でヴァリスの胸を貫いている現場だった。
いかに《古の民》とは言え明確な致命傷──ヴァリスは物も言わずに倒れ伏した。
「ああ……」
魔力を見る目を持つマリンは、現実を知り目を背けたくなった。ヴァリスは既に事切れていた。
しかも、ハバキネスにだけは分かった──《蘇生不可》の願いの魔法が雁字搦めにかけられている。もうヴァリスを蘇生させることはできない。──永劫の寿命を生きてきた彼は、今完全に失われたのだ。
「ノルツ……なぜ、こんなことを……」
流石にハバキネスもショックを隠しきれず、声が震えていた。
ノルツは狂ったように笑う。
「ははははは!知れたこと……世界を幸せに導いてやろうと思ってな。まずは友人であるヴァリスにそれをプレゼントしたところだ」
「あんた、マジで意味わかんないけど、大丈夫?」
クレアが心底何を言っているのかわからないという体で、普段よりも低い声で言う。それを耳にしたノルツはさも心外だというように肩を竦めた。
「意味?意味なら、あるだろう。死こそ、滅びこそこの世界を救う唯一のものだと!救われない種は滅ぶしかねぇんだよ!」
ノルツの目はまさに狂気に燃え上がるかのようだった。
「そこの、お前!……お前も、そう思うだろう。そういう目をしているじゃねえか、ええ?」
ノルツが血にまみれた指で指し示したのはノクトだった。彼は暗いラベンダー色の目で、ただそれを眺めている。
「こんなクソみてぇな世界は、滅ぶことでしか救われねぇんだよ!お前も、そう思っているくちじゃないのか!」
ぼんやりと遠く感じる世界で、ノクトはノルツのいうことが引っかかって、それをまともに受け止めて、考えていた。
──そうなのだろうか。
オレは、この不遇ばかりを強いてくる世界を憎んで、憎んで、憎んで──
何から何まで、全て滅びればいいと、そう思っているのだろうか。
そういう目を、していると。
もしかしたら、オレは──
「ふざけるな!」
急にはっきりと、自分の隣でよく知った声が聞こえた。
「今のノクトは、ものすごく、傷ついてるだけだ……お前なんかと、お前なんかと、一緒にするなよ!」
その声はハルジオだった。
恐ろしい力を持つノルツ相手に、ハルジオは、震えることなく言い切った。
ノクトは、今初めて見つけたという様子で、驚いてハルジオを見る。
「やっとこっち見てくれた、ノクト」
ハルジオは悲しそうに、しかし優しく微笑んで、ノクトの背中を支えるように手を添える。
「頼りなくて、いちばん辛い時に君を支えられなくて、本当にごめん……だけど、君は、あんな奴みたいに、誰かに当たり散らす人じゃないって、僕は知ってるから。あんな奴のいうこと、真に受けないで……大丈夫。大丈夫だからね」
傷付いた子に言い聞かせるように、ハルジオの声は優しかった。
「全然、一緒じゃないっしょ」
クレアも二人の前に立って、魔剣を構えながら、言う。
「だってノクトって、頭にバカがつくほど仲間思いで、自分のことなんててんで二の次なんだもん。あんな、友達刺す奴となんか、ぜーんぜん似てないよ!」
「そうです。この人、ものすごく無垢なおばかさんなんですよ」
マリンも前に出てきて怒ったように言う。
「人のために無理ばっかりして……自分のこと何も考えなくて、私、この前、説教したんですから」
マリンのその言葉に、トロントは「えっ」となってしまった。
「なんだそりゃ、聞いてないぞ。見たかったな、マリンが怒るとこ」
そして結局、全員の最前線にトロントが出た。
「まあ、そういうことで……あんたとノクトは、満場一致で全然似てないってよ。残念だったな」
全員が、自分の意思で一歩ずつ前に出て、ノルツを否定する──ノクトを守るために。
みんなの背中が前にある。
視界が、なぜだか急に揺らいだ。
(なんだこれ……なんでだよ……)
ノクトは皆の背中の後ろで、目元を乱暴に拭った。
一方ノルツはその様子に心底苛立ち、烈火のように怒り狂った。
「つまらん、つまらん、つまらん!さすが願いの魔法すら持たないゴミ共だな……ここまで対話する価値すらないとは。まずお前たちから死んでもらうぞ!」
《古の民》の中でも強大な力を持つノルツは、怒りで魔力を増幅させるとすさまじい圧を送り込んでくる。肌がビリビリと反応し、今まで対面したどんな敵よりもすさまじく、邪悪で、抗い難い気配を感じる。
だが、彼らは一歩も引かない。
トロントが油断なく片手剣を構えながら、ノルツから視線を外すことなく、後方にいるハバキネスに叫んで問う。
「どうすんだ、ハバキネスさんよ。あいつはあんたの友人だろう。世界を滅ぼすつもりらしいぜ!」
それは友人であるヴァリスを失ったハバキネスには、酷な問いだった。しかし──
「戦いましょう……この世界を滅びに向かわせはしない」
彼女は輝く杖を生成し、虹色の魔力を込めた。




