第三十八話 満ち足りた世界
ガラスの欠片のような断片のなかに、世界の歴史が刻まれていて、浮遊して散らばっている。
五人はそんな不思議な空間で浮いていた。
「これは……!」
ハルジオが叫ぶ。
それぞれのガラスの欠片の中では、世界の記憶が映像として流れ、誰かの声が聞こえてくる。
「お腹へったなぁ……すぐ魔法で出そう」
「寿命をもっと長く……しかも、健康で若い状態で……」
「永遠の美しさを魔法で保ちましょう!」
「え、子供、生まれたんだって?体傷めてわざわざ産むとか、バカじゃねぇ?魔法で作ればいいのに」
「あ~あ、死んじゃった。まあ、生き返らせるから、どうだっていいけど」
「別に誰が死んだところで、自分がよけりゃ、どうでも……」
その断片の記憶を見た幻獣調査団の面々に、衝撃が走る。
(ほんとに……人の命も含めて、何でも自由にできるの……?)
クレアは驚いて叫びそうになった。
この超古代の世界《夢幻界》は、個々の人間一人一人が究極の魔力を持つ神々の世界だった。
誰しもが願いを自由に叶えられる。
悲しみがない、飢えもない、たとえ誰かがが死んでも生き返らせることができる究極の世界。
(羨ましい……この世界にいたなら、姉さんは……)
果てしなく鈍くなった心で、ぼんやりとノクトは思っていた。
人々は幸せを当たり前に享受し、それゆえ全てに飽き、無為を抱えていた。
また、誰かの声が聞こえる。
「別に、この世に生きてるのはオレ一人でよくないか?一人で生きていけるし、面倒がない。一人がいちばん気楽だ……」
人々は、相手を思いやることをやめていた。
心優しいマリンは、胸を痛める。
(人々は……より自分だけがよければ、それでよくて……誰かの事を思わなくなって……)
なぜなら彼らは誰の手も必要としない。もう、ひとりで生きていけるからだ。
誰の力もいらない。
健康な若い肉体。
寿命は無限大。
究極の個人主義。
究極の、自己中心的性質。
全ての感情が薄れ、歪んでいった。
もはや家族という単位も、意味をなさなかった。
親子は共に暮らす必要はない。数多の家族が離散し、個々になった。
(家族が……無意味に……絆もなくなっていく……)
トロントは、瓦解していく家族のあり方に衝撃を受けた。そして、なぜだか、病弱な息子のことを思っていた。
世界の記憶は続いていく──
子供が産まれても「別に…」
命はいくらでも生み出せる。そして都合で消せる。
誰かが死んでも「別に…」
復活させればいいだけだ。
街が壊れても「別に…」
いくらでも直せる。何なら街という共同体が不要になりつつある。
明日が来ても「別に…」
喜びのない世界の明日など、誰も興味はない。
文明が崩れ去っても「別に…」
人の営みにそもそも価値があるのか?
人々は緩やかな滅びの道を辿っていく。
ハルジオは、何故かその世界で祖父マルウスのことを思い出していた。
(おじいちゃん……文明の発展に心血を注いで、誰かのために、いつも頑張ってた……)
だがこの世界では──
誰も世界を愛さない。
誰も世界を維持しない。
自分が自分だけを愛する世界。
その自己愛さえも徐々に薄らいで──
ざわざわと、人格の破綻が問題視されはじめた。
歴史の記憶を刻んだ不思議な世界から、五人は再び青い草原に戻された。先ほどはオーロラのような空だったが、今度は温かなオレンジに輝いていた。時間が経過していたのかも知れない。
「あら、あなた方は……」
白い長い髪のハバキネスが一人で佇んでいる。虹色の瞳が美しく揺らめいた。
「ごきげんよう。私、今から一人で神殿で討論をするんです。ちょっと相手が手強くて……手伝っていただけますか?」
「討論……?なんの?」
クレアが純粋に尋ねた。笑顔でハバキネスは答える。
「世界を変えるための、ですよ」




