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【全58話+外伝4話】されど胸の灯火は消えずに歩ませて~幻獣ハバキネスの件~  作者: ザイン=エル
第三章 今、創痍の胸に残るもの

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第三十八話 満ち足りた世界

ガラスの欠片のような断片のなかに、世界の歴史が刻まれていて、浮遊して散らばっている。

五人はそんな不思議な空間で浮いていた。


「これは……!」


ハルジオが叫ぶ。

それぞれのガラスの欠片の中では、世界の記憶が映像として流れ、誰かの声が聞こえてくる。


「お腹へったなぁ……すぐ魔法で出そう」


「寿命をもっと長く……しかも、健康で若い状態で……」


「永遠の美しさを魔法で保ちましょう!」


「え、子供、生まれたんだって?体傷めてわざわざ産むとか、バカじゃねぇ?魔法で作ればいいのに」


「あ~あ、死んじゃった。まあ、生き返らせるから、どうだっていいけど」


「別に誰が死んだところで、自分がよけりゃ、どうでも……」


その断片の記憶を見た幻獣調査団の面々に、衝撃が走る。

(ほんとに……人の命も含めて、何でも自由にできるの……?)

クレアは驚いて叫びそうになった。


この超古代の世界《夢幻界》は、個々の人間一人一人が究極の魔力を持つ神々の世界だった。

誰しもが願いを自由に叶えられる。

悲しみがない、飢えもない、たとえ誰かがが死んでも生き返らせることができる究極の世界。


(羨ましい……この世界にいたなら、姉さんは……)

果てしなく鈍くなった心で、ぼんやりとノクトは思っていた。


人々は幸せを当たり前に享受し、それゆえ全てに飽き、無為を抱えていた。

また、誰かの声が聞こえる。


「別に、この世に生きてるのはオレ一人でよくないか?一人で生きていけるし、面倒がない。一人がいちばん気楽だ……」


人々は、相手を思いやることをやめていた。

心優しいマリンは、胸を痛める。

(人々は……より自分だけがよければ、それでよくて……誰かの事を思わなくなって……)

なぜなら彼らは誰の手も必要としない。もう、ひとりで生きていけるからだ。


誰の力もいらない。

健康な若い肉体。

寿命は無限大。

究極の個人主義。

究極の、自己中心的性質。


全ての感情が薄れ、歪んでいった。

もはや家族という単位も、意味をなさなかった。


親子は共に暮らす必要はない。数多の家族が離散し、個々になった。

(家族が……無意味に……絆もなくなっていく……)

トロントは、瓦解していく家族のあり方に衝撃を受けた。そして、なぜだか、病弱な息子のことを思っていた。


世界の記憶は続いていく──


子供が産まれても「別に…」

命はいくらでも生み出せる。そして都合で消せる。


誰かが死んでも「別に…」

復活させればいいだけだ。


街が壊れても「別に…」

いくらでも直せる。何なら街という共同体が不要になりつつある。


明日が来ても「別に…」

喜びのない世界の明日など、誰も興味はない。


文明が崩れ去っても「別に…」

人の営みにそもそも価値があるのか?


人々は緩やかな滅びの道を辿っていく。

ハルジオは、何故かその世界で祖父マルウスのことを思い出していた。

(おじいちゃん……文明の発展に心血を注いで、誰かのために、いつも頑張ってた……)


だがこの世界では──

誰も世界を愛さない。

誰も世界を維持しない。

自分が自分だけを愛する世界。

その自己愛さえも徐々に薄らいで──

ざわざわと、人格の破綻が問題視されはじめた。






歴史の記憶を刻んだ不思議な世界から、五人は再び青い草原に戻された。先ほどはオーロラのような空だったが、今度は温かなオレンジに輝いていた。時間が経過していたのかも知れない。


「あら、あなた方は……」


白い長い髪のハバキネスが一人で佇んでいる。虹色の瞳が美しく揺らめいた。


「ごきげんよう。私、今から一人で神殿で討論をするんです。ちょっと相手が手強くて……手伝っていただけますか?」


「討論……?なんの?」


クレアが純粋に尋ねた。笑顔でハバキネスは答える。


「世界を変えるための、ですよ」

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