第三十七話 我が道は、復讐
ハバキネスは、第一の試練として『ハバキネスの考えを理解する』ことを提示した。
トロントはハバキネスに言う。
「それは我々幻獣調査団にとって願ってもないことだ……なんせ、それを調べにきたんだからな」
しかし、マリンは当然の疑問を口にする。
「しかし、それはどうやって……?」
するとハバキネスは、白銀の竜の首をもたげて念話を送り込んできた。
『ご心配には及びません。私が生まれた超古代の世界を、あなた方に体験してもらいます』
「なるほど、ハバキネスが生きた世界、生きた時代を旅して、体感したらいいんだね」
クレアはうなずいた。
「わかりました。いきましょう……!」
決意を奮い立たせるように、ハルジオは下げていた拳を握りしめた。
ノクトは光のない瞳でハバキネスを眺めていた。ハバキネスの言っていることは聞いているし理解もしているが、自分はここにいないような、どこか遠くの窓から覗いているような、そんな感覚でいた。
『それでは、皆さんをご案内します。超古代の世界……《夢幻界》へと……』
五人は、ハバキネスの不思議な温かい魔力に包まれた。
五人は気がつくと、不思議な場所にいた。
無限を思わせるほどに広がる、柔らかく輝くブルーの、不思議な草原。
そんな中に、幻獣調査団一行はぽつんと立っていた。
草原の中には、ぽつぽつと白い神殿のような建造物がある。
空気はとてつもなく澄み、清らかだった。
空の色は全域がオーロラのように揺らめき、不思議な天候だった。
「不思議な世界ですね……見たこともない青い葉が広がっている」
ハルジオが万感の思いにかられてつぶやいた。
「何だか恐ろしいほどの……魔力が存在する世界ですね……」
マリンは震えるようにぽつりという。彼女には魔力の流れを見通す目があるから、より強くそう感じるのだろうか。
その草原に、二人の人物がいた。
一人は、白い長い髪の、大きな耳がとがった、美しいエルフ族の女性だ。黄金色の瞳の中に、虹色の不思議な輝きが揺らめいていた。
もう一人は、黒い髪を持つ背の高い男性。黄土色の瞳がきらめく。
「あら、あなた方は……?」
こちらの姿を認めると、女性のほうが話しかけてきた。
「まあ、なんて可愛らしい魔力をお持ちなのでしょう。どこから来たのですか?そのように弱い魔力では、大変な旅だったでしょう?」
ナチュラルにバカにされた気がする。
特に魔術に長けたマリンはちょっとムスッとして言った。
「なんだか失礼な方ですね……。あなた、どちら様ですか?」
「あら、ごめんなさい。私はハバキネスと申します。こちらは、友人のヴァリス」
「幻獣ハバキネス!」
トロントはあまりにも驚いて、つい叫んでしまった。
「私は幻獣……ではありませんけど?」
女性は笑いながら言った。
「……え?ハバキネスが、幻獣だってぇ?」
さらにヴァリスという男にも聞き返され、トロントはしまった、と口をつぐんだ。クレアが「あ~らら」と肩を竦めている。
しかし、ヴァリスはその様子が面白かったのか、腹をかかえて笑い出した。
「はははは!そりゃあいい、いつからハバキネスは幻獣になったんだよ。面白い冗談だな!」
とりあえず爆笑されてしまったが、怪しまれるほどではなかったようで、トロントはほっと胸をなでおろした。
ヴァリスは余程笑いのツボに深く入ったのか、息も絶え絶えに言った。
「いやぁ、ここ最近でいちばん笑わせてもらったわ。ありがとうな。とにかく、毎日退屈でしょうがないからさ〜」
「退屈、なんですか?」
おずおずと、ハルジオがヴァリスに尋ねる。すると、彼は当然と言わんばかりに肩をすくめる。
「そりゃあ退屈でしょうよ。だって、どんな願いも簡単に叶っちゃうんだよ。こんな世界、いい加減、飽き飽きするよ」
「……!」
この男は、なんということを、さらりと言ったのか。
どんな願いも簡単に叶う──
聞き間違いでなければ彼はそう言ったのだ。
ハバキネスは、ノクトたちの世界では、願いを叶える幻獣、そして伝説として存在していた。そのルーツがここにある、それどころか……もしかしてこの世界に生きる者は、簡単に願いを叶えることができてしまうのか……?
彼らにはそれがどういう世界なのか、想像もつかなかった。
「あの、どんな願いも簡単に叶うというのは……」
おずおずとマリンが尋ねると、驚いたようにヴァリスは言った。
「ああー!もしかして、世界の果てから来た人かな。たまにいるんだよね、願いを叶える魔法を持たない、かわいそうな人たちが。いいよ、オレが見せてあげるよ。ほら!」
ヴァリスは黄土色の輝く目を煌めかせ、なにかの術式を行うでもない、ただ手を軽く振っただけで──そこに、小鳥を生み出した。
「鳥が出てきた!なにこれ、手品?」
クレアが興味深く、ヴァリスの手に留まる小鳥に近づいた。小鳥は驚いたのか、飛んでいってしまった。
「手品じゃないよ。オレが今生み出したのさ。人間でだって、同じことができるよ」
「えええ!」
人間も生み出せる──
それが、どれほどの魔力を必要とする恐ろしい行為か。
マリンは恐怖で寒気を感じていた。
自分の魔力が「可愛らしい」と評価されるのも、それはただの真実だったのかもしれない。
ともかく、五人がこの世界に来た目的は試練の達成のため──ハバキネスの考えを理解するためだ。彼女に出会えたのであれば、彼女と共にいれば試練は達成できるのではないか。
ハバキネスがその超常の力で五人に害をなすようには見えない。恐ろしい状況ではあるが、幸先は悪くない──
そう思った時だった。
「あれぇ……なんか、変なのがいる」
知らない声が、降ってきた。
空を舞う、ローブの男。
「小せぇ魔力。なんだなんだ、そいつらは。どこから来た」
暗く、傲慢な物言い。宙に舞った男は灰色の髪、狂気を纏わせた赤い目をしていた。
「ノルツ……!皆さん、ごめんなさいね。彼は私の……近しい考えを持った親しい友人なのですけど。少し無礼なところがあって……」
ハバキネスが申し訳無さそうに言うと、陰気な顔を歪めて地上に降り立ったノルツが五人に近寄ってきた。
その様子を見て、まずいと思ったのか黄土色の瞳のヴァリスが、間に入ってノルツを制しようとする。
「ノルツ、物騒なことはやめるんだ。彼らは旅人だぞ」
「旅人だから、いなくなったところで、何の問題にもならねぇだろ」
だが、ノルツは楽しそうにくつくつと笑って、ヴァリスをどかして五人のほうへと歩んでいく。
接近し、その中の、ノクトに目を止めた。
俯き気味のノクトの顔を、下から煽るように覗き込む。
「あれぇ、なんか、めちゃくちゃ暗い顔のヤツがいるじゃん……どうしたぁ?悲しいことでもあったかぁ?」
ノクトは死んだような目で、赤い目の狂気の男を眺めている。
するとノルツは狂ったように笑い出した。
「あははははは!……ああ〜、もしかして……願いの魔法も持たないのに家族が死んだ奴かぁ?よく来るんだよねぇ、そういう奴……オレが、願いを叶えてやろうかぁ?誰でも、一瞬で生き返らせてやるぜ……オレの靴を舐めて、土下座したらなァ!あははははは!」
あまりの無礼に──ノクト以外の四人の顔色が変わり、一気に物騒なオーラが満ちる。
だがその瞬間──
ナイトブレードが一閃。
ノルツの右腕は、胴体から切断されて泣き別れしていた。出血が赤い花びらのように舞う。
「ノクト!」
さすがに愕然とし、ハルジオが叫ぶ。ノクトが全くの無表情のまま、鞘から刃を走らせて相手の腕を叩き斬ったのだ。いくらナイトキラーのノクトといえど、ここまでの容赦のない振る舞いを見たのは、ハルジオにとって初めてだった。
その様子は、本来のノクトのものではない、壊れた何かを感じさせて、ハルジオは背筋が寒くなった──
今までもそういうところはあったが、そこに至る判断材料の少なさ、そしてその決断の速度はもはや段違いだった。
しかし、ノルツは痛みに呻きながらも、果てしなく凄惨に楽しそうに、笑った。
「いいねえ……その負けん気の強さ……これだから外の奴を見つけたら嬲り殺すのが楽しいんだ。バカにされて怒るやつなんか、この《夢幻界》にはいねえ……いい退屈凌ぎになりそうだなぁ?」
ノルツは当たり前のように、一瞬にして腕を再生した。
マリンは驚きのあまり目を見開く──術式も何もあったものではない。あまりの魔力の強さによって、全ての法則を完全に無視しているように見えた。
ノクトは感情を失った目で、ただ自分と、何より姉を侮辱した形になったノルツの息の根を止めようと、ナイトブレードを構え直す。
「おやめなさい、ノルツ!」
凛と響く声で、ハバキネスが言う。
ノルツは緊張した空気をといて、肩を竦めて背を向けた。
「おお、こわ。そんなんじゃ一生独り身だね、ハバキネスは」
「好きなように言いなさい。私はあなたに構っている時間はないのです。これから用事がありますので」
「用事、ねぇ」
狂気の赤い目を持つノルツは、陰気に笑いながら立ち去ろうとする。
「用事も何もかも、もうどうでもいいじゃねぇか。こんな膿んだ世界……滅びることでしか、救えねえんだから…」
「ノルツ、お前……まだ、そんなこと言って……」
ヴァリスは食い下がるように彼を諌めようとするが、ノルツはひらひらと手を振り、気にするようでもなかった。
ヴァリスは五人に対して「ごめんな」とでも言うように、頭を下げた。そしてヴァリスを追っていった。
ハバキネスは油断ない顔で、ノルツの遠ざかっていく後ろ姿を見つめ続けていた。
その瞬間。青く輝く草原が急に消え去った。五人は驚いて、周囲を見渡す。
「……!」
宙に浮くような感覚があって、気がつくと、五人は世界の記憶が散らばる空間に浮いていた。
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