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【全58話+外伝4話】されど胸の灯火は消えずに歩ませて~幻獣ハバキネスの件~  作者: ザイン=エル
第三章 今、創痍の胸に残るもの

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第三十五話 君のいない世界は

ノクトは目を覚ました。

暗い、暗い部屋。

暗すぎて、どこがどうなっているのか、よくわからない。

ノクトは、その真っ暗な部屋に立たされていた。


自分の肉体が──感じられない。

幻獣ハバキネスの力で、自分はただ意識となって漂っているのか……?

今がいつで、どこなのかすらわからないでいた。


すると、どたどたと、野蛮な足音が近づいてくる。

扉が開き、廊下からの光がさして部屋が僅かに明るくなる。

照らし出された室内は冷たい石畳と、石の壁──そして、水が滴ってくるような地下牢だった。


廊下からの光に室内が照らし出されたことで、地下牢のような室内に一人の女性の姿が浮かび上がった。淡い金色の髪、すみれ色の美しい瞳を持つ、幻獣調査団の《メイジ》の制服を着た女性が後ろ手に鎖で捉えられ、憔悴して俯いていた。


(姉さん!)


ノクトは叫んだ。だが、肉体がないのに声など出せようはずもない。

肉体がないくせに、心臓だけは凄まじく脈打ち、肺が苦しくなるのは最早彼にとって皮肉でしかなかった。

部屋に入ってきたのは三人の男共だ。


「残すはこの女だけです」


「やっぱ女のほうがご馳走だからな……最後にとっておいて良かったよ」


ノクトは気が狂いそうだった。この男共三人の顔を凝視し、記憶に刻み込む。

一人はメルソン村の村長、ジウだった。


(貴様ら……絶対に……許さんぞ……)


他の二人にも見覚えがある。だが、咄嗟のこの状況では詳しく思い出せない。

肉体があったなら、こいつらの首を飛ばしてやるのに!

なぜオレはここに居ない!

憎悪だけが溢れ出て、人の形を失いそうだった。


「こいつら、アーティファクトも持ってたんだろう?人肉ついでにいいものが手に入ったなぁ」


下品な笑いの村長。


「最初はある程度親切にしておくに限るな……我々が入れないような禁域で宝を持ち帰らせてから、帰ってきたときに良くして宿泊させて、毒を盛れば……いくら強くても関係なかろう」


「ここ、《村の東》の空き家なら、どれだけ騒いだところで誰も気づかないしなぁ」


連れの男も、村長と似たように下衆な笑いを見せる。


「村長、この女も早く捌いちゃいましょうよ」


もう一人の男が、無骨で巨大な包丁を持ち出してきた。


(やめろ……やめろ……やめてくれ!お願いだ、やめて!)


ノクトは泣きながら絶叫した。

知るために見たいとは願った。だが──

気が触れてしまいそうだ。

姉さんが、死んでしまう──

それでもノクトは目を離すことができず、食い入るようにアイリーンを見ていた。


すると──

アイリーンは顔を上げ、こちらを見ていた。

何故なのかはわからない。

だが、アイリーンは、暗がりに立つノクトを認識していたのだ。


それは、彼女がマリンと同じように、魔力の流れを視ることができたからかもしれない。


その時ノクトは初めて気付いたのだ。

これは幻やまやかしじゃない。幻獣ハバキネスの強大な魔力によって、本当にアイリーンが死んだときの時空に立たされていたのだと。


(姉さん……!)


すみれ色の美しい目が、ノクトを見て、愛おしそうに細められた。

ひび割れてしまった唇の形が「あなたは」と動いた気がした。そして、今度ははっきりと聞こえた。


「独りじゃないよ……」


男の包丁が、アイリーンに振り下ろされた。

ノクトの意識はそこで途切れた。





「ノクト!大丈夫?ノクト!」


ハルジオが必死で身体を揺すっていて、目を覚ました。

どれぐらいの時間気を失っていたのかわからなかった。


涙が幾筋も頬を伝っていた。喉が痛い──何かうなされていたのかもしれない。

しかし、もうそんなことさえ最早どうでもよかった。


薄く開かれたその目は、もうハルジオを見ることはない。暗く──全てを諦めて、どこか遠くを見るような目。


彼は一言も口をきかなかった。ノクトは、ただハルジオをどけてゆらりと立ち上がる。

ナイトスコーピオンのアイリーンが肩に駆け上がるが、それにも気付かない。苦しそうに肩で息をして、狂おしい程の胸の痛みが去ることを待つ。だが、もうそれが快方に向かうことなどない。


「ノクト……」


あまりの痛々しさに、ハルジオでさえ、ノクトにもう声をかけられなかった。

少なくとも──今までの彼は少し不器用であっても人間らしかった。


だが、ノクトはもう人間らしくあることを辞めた。彼の人間としての心は、全てを諦め、死んだのだ。

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