第三十話 愛児の面影を想う
なんとかフェンリルを倒すことができた、幻獣調査団の面々。
しかし、ノクトは広範囲に及ぶ深い傷を負って、意識を失っていた。
一度メルソン村からワープ装置を使用して引き返したかったが、村までは徒歩数日──重症を負った彼を連れて、その長い道のりを引き返すことはもうできなかった。
マリンは、出血量に怯みながら──ノクトの上着の前をあけて、傷口を確認する。
彼女から見て、ナイトキラーの制服は素晴らしい威力を発揮しているように見えた。しなやかで頑丈、軽い黒い革でできており、包丁のような爪を革で包み込むように巻き込んで、可能な限り体内に入り込まないよう留めていた。
制服自体は凄まじく損傷していたが、これが生半可な素材の服であれば、胴体はそのまま貫かれていた。
ハルジオは、亡き祖父のマルウスが調査団員の身体を守るために、制服の素材を慎重に、厳重に選んでいたのを知っていた。それが、彼の命を救ったんだ──そう思うと、目頭が熱くなった。
「おじいちゃん……ノクトを守ってくれて、ありがとう……」
さらにもう一つ。トロントが無理やりに彼に装着させたスーパーベルトの存在だ。アーティファクトは不思議な力でノクトの命を守った。
あのフェンリルの爪の形状を思うと、もっと遥かに身体の奥深くまでを切り裂いて爪が食い込んでいなければならなかった──まるで爪の先端がどこか異世界に行ってしまったかのように、傷口は思ったよりも浅く、大切な臓器をきれいに避け、このすさまじい状態にも関わらず奇跡的に全ての傷が致命傷には至っていなかった。
今日は、ノクトを連れてこれ以上は動けない。ハルジオとクレアはテントを設営し、外で薪を集めたり料理したりと雑用に追われた。
一方マリンは、意識を失ったノクトの傷を慎重に確認し、必要な処置を施してから、傷口を縫い合わせていった。縫合は優に三十針を超えていた。
そして、炎症を食い止める回復魔法を唱え、傷口が開かないように保護テープを貼る。最後はトロントにノクトの上半身を抱き起こすのを手伝ってもらいながら、包帯をしっかりと巻いてやると、ようやくほっと胸をなでおろした。
ナイトスコーピオンのアイリーンはノクトのことが心配で、ずっと傍を離れなかった。
「ナイトキラーの制服の防御力と、トロントが装備させてくれたスーパーベルトの力で、致命傷には至っていませんでした。奇跡です……本当に、よかった……」
マリンは肩の力を抜きながら、安堵して言った。
「やっぱり、無理やりベルトつけて正解だったじゃねーか……」
あの時、スーパーベルトを強引に装着してやって本当に良かった。どんな要素が欠けていても、助かってはいなかっただろう──トロントはそう思い、心底ほっとした。
今思い出しても、ベルトを拒否した時のノクトの態度は腹立たしかったが。
それにしても……別件で、トロントは思う。
意識のないノクトの裸の上体を抱き起こした時のことだ。
「こいつ、なんか……こういうことを言っていいかわからんが……というか、今だからマリンにだけ言うが……細すぎないか?」
「……」
マリンはトロントが言わんとしていることをわかっていた。だからこそ、何も言わなかった。
「いや、なんていうか……こいつ、いつもこんななのかなって……」
口ごもるように、心配するように、トロントは言う。
「確かに半端なく鍛えられてはいる。だが、なんだか、細すぎて……病人みたいじゃないか……」
自分でも何がいいたいのかよくわからない。
病人みたいだから、それが何だというのか──それはトロント自身がいちばん強く思っていることだった。
ノクトは戦えるし、強い。仲間としてはそれで十分だという思いがある。
だがトロントは、なぜか最愛の息子のことを思い出していた。
マリンに言うでもなく、トロントは、ただ独白のように言う。
「オレの息子は不治の病で……飯もあまり食えないし、いつもベッドの上なんだ。体もあまり発達しなくてな……。なんでだ……?こいつの細い体を見てると、息子のことを思い出しちまうんだ。なんでだよ……」
なぜ自分の感情がこんなに昂ぶるのか、何と重ねて今苦しくなっているのか、トロントにはわからない。
もしかして、本来は守らなければいけない奴を戦わせているのか──そんな、意味がわからない罪悪感が生まれてくる。それほどまでに、制服を脱いだ彼の体は華奢だった。
マリンは、戸惑うトロントに優しく声をかけた。
「トロント……ノクトは、見ていると心配になってしまう人です。でも……大丈夫ですよ。この人は、とっても強い人ですから……」
トロントは、グッと歯を食いしばった。その目に、自分自身でも何がなんだかよくわからない、何由来なのか意味もわからないような涙が溢れた。首を振って、そのよくわからない感情を振り払う。
ナイトスコーピオンのアイリーンが、おずおずとトロントの肩へと登ってきた。それは「……どうしたの?」と優しく問いかけているようだった。
トロントはそれに対して、顔をくしゃっとして微笑んだ。
思いの他、ノクトは早く目をさました。
処置が完璧で、様々な効果によって命を救われた結果、致命傷に至らなかったせいか──彼は、あの時に意識を手放したことを猛烈に恥じていた。
引き攣る胸の傷をこらえながら身を起こし、肩にはハルジオに補修してもらったナイトキラーの制服をかけている。胸部から腹部には包帯が痛々しく巻かれているが、傷口の処置は完璧で意識もはっきりしていた。
だだ少し血が足りない様子で、めまいを強く感じていた。
ナイトブレードやサバイバルナイフはハルジオが回収してくれてあり、それらも完璧に手入れ済だ。テントの中にしっかり立てかけられていた。
ノクトは、クレアが作ってくれたスープを手に持って冷えた手を温めながら、首を傾けて、恥じ入るように言った。
「情けない──あの程度で意識を飛ばしてしまうとは……。何があっても意識だけは保つようにとあれほど教わっていたのに……本当に申し訳ない。鍛錬不足だ」
だが、
「いやいや」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
「あれは気絶するだろ普通。むしろしない方がおかしいだろ」
見事に全員の突っ込みが入ったし、ナイトスコーピオンのアイリーンもノクトの膝掛けの上でぶんぶんと胴体を横に振ってなにかを否定していた。
「とにかく、本当に無事で良かった……」
ハルジオが、ようやくといった様子で安堵した。
ナイトキラーの制服とアーティファクトの効果で、予想外に傷口が深くなかったのが幸いした。と言っても、合計三十二針を縫う大怪我であったが──
スープを飲んで、器をクレアに渡したノクトは、立ち上がろうとする。
「この程度の傷で伏せている訳にはいかない。すぐ出よう」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
「何言ってんだバカ」
「この人アホだわ」
当然、全員が口々に彼の言うことに大反対したのであった。
ともかく、彼らはフェンリルを倒した。そして、不思議な青い宝石を手に入れた。
この島にいた伝説の巨大種たちは軒並み駆逐したことになる──フェンリルを倒し、地獄の炎龍を黙らせた。
残す大物は──幻獣ハバキネス。
マリンのこまめな処置と回復魔法を受けたノクトは、この数日でかなり回復していた。
数日の回復期間をとってついに野営を片付けた彼らは、山の中腹に建つ、暖かい魔力を放つ不思議な塔へと向かう。
幻獣ハバキネスがいるであろう、最北の塔へと。
トロントめっちゃいいやつで、作者は大好きです。
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