第三話 明日へ繋げるために
エイトは自身の言葉通りにノクトを鍛えるため、まずは自宅に住まわせることにした。
そもそも介護が必要な子供だ。
アイリーンがいなくなった家に、彼をそのまま住まわせておくわけにはいかなかった。
もう乗りかかった船だと腹を括っている。
ノクトは迷惑をかけて申し訳なさそうな顔をしていたが、構うもんかと連れてきた。
約束通り、彼の体を鍛えなくてはならない。が──
最初に百メートルほど走らせて様子を見ようと思ったが、呼吸器が弱いノクトはその半分を走りきることができなかった。
それだけでは飽き足らず、夜に高熱を出し、食べたものも全て吐いてしまい、二日間寝込んだ。
虚弱なのは最初からわかっていたが、ここまでとは……
エイトは考えを改め、ベッドの上のノクトに謝罪した。
「無理をさせてすまなかった……。
起きられるようになったら、もっと軽めな、入念なストレッチと呼吸法からはじめよう」
しかし、その対応が逆に不満だったようで、ノクトは口を曲げた。
「別に、走り込みでいい……早く強くなりたい」
「早くって……お前なあ」
呆れたようにエイトは言った。
「こんなこと続けてたら死んじまうだろ。
物には順序ってもんがあるんだよ」
「どうせ死ぬなら、仇をうってから死ぬよ。
だから大丈夫」
「何がどう大丈夫なんだよ……」
エイトは頭を抱える。
無茶なことをさせたら本当に死んでしまうだろう。
しかも本人はその無茶を望んでいる。
「とにかく!」
エイトは気を取り直して言った。
「まずは呼吸器をある程度強くして、人並みの生活が送れることを目指す。
強くなるのはその先!わかったか?」
悪い生徒のノクトは納得がいかず、窓の外を眺めながらも、エイトを困らせることは本意ではなかったので、
「……わかった」
と、渋々うなずいた。
◆
最初の三ヶ月が最も厳しい地獄だった。
エイトの要求する無理のないストレッチメニューをこなすだけでは満足できず、ノクトは勝手に走り込みをしてしまう。
無理をしたことで夜は高熱を出し、悪い夢を見て何度もうなされていた。
「……走り込みはまだダメだって言ってるだろう。こんなに熱出して……」
「……」
何度止めても無茶をやめようとしないノクトに、エイトは困り果てていた。
熱が出てる間は大人しくするだろうと思いきや、まだ下がってもいないのに朝に起きだして、また走り込みに行ってしまったと知った。
死に向かうのが先か、体力が身に付くのが先か──
いくら止めても聞かないなら、好きにすればいいと、半ば怒りに任せてノクトを放置した。
危険だとわかっていたのに、探しに行かなかった。
カフェの営業は普段通り行っていた。
開店し、多忙がピークに達する。
多忙な内はなにも考えなくてすむ。
客足がまばらになる夕方──まだノクトは帰っていない。
冷たい汗が、エイトの背筋を伝っていった。
まさか……
他の店員に仕事を任せ、飛び出すようにカフェを出て、彼を探しにいった。
「ノクト……どこだ……!」
あいつに、何かあったら……
戻らないノクトのことを思い、最悪のことを想像する。
どうしてオレは、怒って、ほったらかしたりしたんだ。
あいつが無茶苦茶するのは、当たり前じゃないか。
病弱で、大事な人を亡くした、まだほんの子供じゃないか……
エイトの頭の中に、アイリーンの顔が浮かぶ。
戻らなかったアイリーン。
ノクトにも、そんな運命を、背負わせるのか。
どうして……
「どうして大人のオレが、あの子を思いやれなかったんだ……!」
後悔で胸が塗りつぶされそうだった。
だが──
帰路の脇に倒れているノクトをみつけた。
「ノクト!」
エイトは叫んで走り寄る。
「ノクト!起きろ!ノクト!」
抱き寄せられて強く揺さぶられ、彼は苦しそうにラベンダー色の瞳を薄く開いた。生きている。
「痛い……よ。馬鹿力で揺らすな……折れる……」
それはその通りだったので、思わず「すまん」と謝ってしまった。
だけど、ほっとした瞬間、言いたいことがたくさん湧いてきた。
意を決して──エイトは、意識を薄く取り戻したノクトの頬を、軽く、ぺち、と叩いた。
「お前、強くなる前に死にたいのか!アイリーンがそれで、喜ぶと思うのか!」
叩いた力は、ものすごく弱かった。
だが、言葉は強い。
エイトは、初めてノクトを叱った。
ノクトは驚いて、エイトを見つめる。
エイトが怒って、本気で身を案じていることを伝えようとしている。
この弱い平手打ちが、エイトができうる最大の手加減だったんだろう。
もはや平手打ちとも呼べない、触れる程度のものだった。
だけど、アイリーンがいなくなってから、彼の頬に誰かが触れたのはこれが初めてだった。
「……うう」
ノクトはエイトに抱きかかえられながら、自分の無力、やり場のない憎しみ、そして寂しさに、子供のように泣いた。
エイトの逞しい腕に震えながらしがみつき、涙がとまらない。
エイトは「怒ってごめん」と謝りながらノクトを抱きしめる。
「心配なんだ。お前まで死なないでくれ。アイリーンのぶんまで生きてくれ…」
アイリーンの分まで生きる……そんなの、あんまりにも、難しいよ。エイト……
ノクトは思っていた。
だって、仇を打ったら、この命はもういらないんだよ……
だが、自分のことを、こんなにも正面から思ってくれているエイトの前では、どうしてもそれは言えなかった。
だから、観念したように、エイトの腕の中で、静かにうなずくしかなかった。
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「され灯」は復讐と成長、友情をテーマにした王道冒険ファンタジー幻獣譚です。
初回第一話~第三話まで同時公開させていただきました。
どうぞよろしくお願いいたします(o_ _)o))
★「され灯」は完結まで毎日17時50分に連載予定です★
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