第十九話 歯車は勇気を刻む
【前回までのあらすじ】
フェンリルに寝込みを襲われた幻獣調査団。
その遠吠えによって、次々と魔物が呼び寄せられる。
傷付いたクレアを守りながら、必死の逃走を図るが──
五人は必死に逃走するが、重症を負ったクレアを庇っているため、どうしても速度を上げられない。追いすがる大量の狼たち──
フェンリルの遠吠えによって狼たちは狂暴化しているのか、凄まじい唸り声と共に、致死の一撃を浴びせてくる。
クレアとマリンを先に走らせ、最後尾はノクトが引き受けている。
明らかに一匹一匹が頸動脈、手首、内臓といった致命傷に繋がる部位を的確に狙ってくる。
敵の数は多い──一瞬でも集中力を切らせたら、その瞬間に喉笛や腹を食い破られるだろう。
ノクトは尽きることがない大量の狼相手に消耗しながら、死と隣り合わせの攻防を続けつつ、ひたすら走る。
逃げる方向は、ハルジオのフライングボットが定めている。
探知して、なるべく敵がいない方向へと走っているが、どこをどう走ったかめちゃくちゃで、脳内のマップはもう役立たなくなっていた。
トロントは、クレアとマリンを守りながら前方を警戒しつつ、道を切り開いて走る。
一つ幸いなことは、フェンリルが遠吠えを行っている最中はその場に釘付けのようで、霧も発生しないし、本体も襲ってこないという点だ。
しかし、敵の数が多すぎる。探知して狼の少ない場所を走っていたにも関わらず──
「クソッ、ダメだ!完全に囲まれた!」
先頭を走るトロントの、絶望的な声。
「……クッ!」
先頭が立ち止まらざるを得ず、後方を防衛していたノクトの負担は一気に倍増した。
追いすがる狼たちは強靭な脚力で一気に飛び掛かり、ノクトの頸動脈を食い千切ろうと首を狙う。
狼三体の同時攻撃だ。
「うぉぉぉぉ!」
ここで死ぬわけにはいかない──!
飛び掛かる三匹の狼に対して、ノクトはナイトブレードを一閃、二閃、三閃と精密に斬り結ぶ。一撃でも外せば、ここまでだ。極限まで研ぎ澄まされた集中力で、全ての狼を斬り落とした。
だが──
もう、息をしても、息をしても、頭に酸素が回ってこない。
視界が霞む。
呼吸器が人と比べて弱いのが、こんなところで……
ふら、と頭が浮遊感に包まれる。
影から飛び出してきたもう一匹の狼が、ノクトの腹を食い破ろうと飛び掛かってきた。
しかし、もうどうしても腕が上がらない。
ナイトブレードの重さが急に十倍にもなったように感じて、だらりと下にさげられたまま、落ちないように手に持っているのがやっとだ。
トロントは前の狼の対応で必死だ。
クレアは深手を負った。
マリンはクレアを支えていて反応できない。
ハルジオは──
「ノクトー!」
ハルジオは必死の形相で、懐から抜いた短いナイフでノクトと狼の間に入り込み、必死で手を伸ばして敵を突き刺した。
それは見事に狼に突き刺さり、ドウ、という音と共に敵は倒れた。
探知や情報分析、機材や道具整備が専門のハルジオにとって、この短いナイフたった一本で狼の前に飛び込むことがどれほど命賭けの恐怖だったか──肩ががくがくと震えていた。
「ハル、ジオ──……」
ノクトはハルジオの無事を確認し急激に安堵したことで一瞬だけ意識を失い、がくり、と膝をつく。
しかし、気合いで意識を保ち、倒れることだけは持ちこたえる。
「どうした、ノクト!怪我したのか!」
先頭のほうから、必死に正面の狼からの攻撃を捌くトロントが、叫ぶように声をかけてくる。
意識を失ったのはほんの一瞬だ。ノクトはなんとか立ち上がる。
「だ……いじょうぶ……だ」
「ノクト!……君にばかり、無理させて、ごめんよ……君が……君が無事で、本当によかった……!」
「……お前に、助けられるとは、な……」
ふ、とノクトは笑う。
トン、とハルジオの肩に手をかけた。
お前のほうこそ、無事でよかった。と、ノクトは口の中だけで小さくつぶやいた。
少し落ち着いて深呼吸すると、モヤがかかった視界が少しだけましになる。
腕も上がる。
──まだ、戦える。




