第十八話 呼集の遠吠え
【前回までのあらすじ】
幻獣調査団の面々は情報を仕入れ、エイトのカフェで気合充填して冒険を再開する。
次の日の朝。
幻獣調査団本部に、五人は再集結していた。
本部への帰還で英気を養い、情報を仕入れ、補充も行った。
気力をみなぎらせて、五人は再び簡易ワープ装置を使用して、グレートワイツへと降り立っていた。
「情報や食料など、助かりました。本当にありがとうございます」
とりあえず一応の世話になったので、ハルジオは出発する旨をメルソン村の村長・ジウに伝えた。
ジウは安堵の表情だったが、一応「何か困ったことがあったら来るがいい」と、建前かもしれないがそう言っていた。
村を出て、冒険の再開だ。五人は草原を北に進んでいく。
進んでいくと、緑の草原に白いモコモコとした羊が点々と並んでいる。非常にのどかなスタートだったが……
「食料か」
「食料だな」
と剣呑なメンバー達によって、あっという間に羊が狩られていった。
いつものように、マリンが祈りを捧げて捌いていく。
次に草原の道中で出会ったのは五羽の大ガラスだった。魔物というよりは、島の独自の生態系で巨大化した動物といったイメージだ。
「なんだ、カラスか。あんなもん怖くも何ともないな」
と、トロントはバカにしたように呟く。すると、度し難い速度で、猛然とカラスが襲いかかってきた。
「な、なにぃ!……いて!いててて!やめろ!悪かったって!」
「と、トロント!」
ハルジオが助けようとするが、トロントはカラスにつつかれまくっていてとても接近できない。
やがて満足したカラスは、
「アホー!アホー!」
と鳴きながら、バタバタと飛び去った。
草原に残されたトロントは、静かに倒れていた。
クレアとノクトは、その姿を見下ろす。
「……余計な事言うから」
「カラス、頭いいな」
◆
日が暮れるまで草原を進むと、一団は野営準備を始めた。
手慣れたもので、それぞれが役割を持って動き、テントを設営し、迅速に食事を済ませる。
流石に一日中歩き続けてそれなりに疲れていたので、早めにテントで休むことにした。
皆それぞれ、夜間に何があってもいいように武器を握り、または胸に抱き、いつでも起きられるようにして眠りについていた。
その、深夜──
ノクトは突然、スッと音もなく起き上がった。
足音を全くたてることなく、テントを出る。
ノクトの心臓が早鐘を打つ。
夜の草原のはるかな高い場所に、赤く輝く双眸。狼のような体躯──
あまりにも大きい。──間違いない。
今まさにテントごと中の人間を破壊しようと、前足を振り下ろそうとしている。
ノクトは全力で叫ぶ。
「起きろォ!フェンリルだ!」
そして仲間が眠るテントを守ろうと、飛び込んで鋭いかぎ爪をナイトブレードで受け止める。
飛び込んだ状態は体勢が悪く、踏ん張りが効かずに吹き飛ばされた。
四枚の包丁のような爪の直撃はナイトブレードで辛うじて受け止められたものの、木の幹に全身を打ち付け、ノクトの視界は火花が散るように乱れた。
口から激痛の呻きが漏れる。
ノクトの声で、全員が驚いて目を覚ます。
クレアが真っ先にテントから飛び出し、ノクトが倒れているのを確認。
「マリン!」
とだけ叫ぶと、自身はフェンリルに向かって突進していく。
「くらえ!」
魔剣を振り下ろす!
が、フェンリルは魔剣の側面を的確に攻撃し、一撃でそれを叩き落した。
「なんだってぇ……!」
どんな反射神経があったらそんな事ができるのか。
無防備のまま、クレアは爪の斬撃を受ける──
しかし、それは防がれた。突然のフェンリルの絶叫。
クナイがフェンリルの片目に突き刺さっていた。
マリンによる応急処置で意識を取り戻したノクトが、倒れた姿勢のままクナイを投げつけていたのだ。
左目を貫かれて苦しむフェンリルの怒声が、草原中に響き渡る。
「なんだこいつは……信じられねえ。想像の三倍ぐらいでかいじゃねーか……」
トロントも、飛刃のソイドを手に持ってテントの外に出ていた。ハルジオは、緊張感に阻害されて、うまく言葉を紡げないでいる。
隙を見て魔剣を拾い直し、クレアは独り言のように呟いた。
「片目を潰したから、少しは鈍ってくれるかな……?」
「いや」
ノクトは全身に走る痛みをこらえながら、何とか立ち上がって、言う。
「むしろ、怒り狂って本気を出してくるぞ」
その言葉を言い切る前に、周囲に霧が満ち始めた。
「……フェンリルの霧だ」
トロントの声は、絶望的に霧に吸い込まれる。そして、フェンリルは怒声をあげることをやめ、霧の中に溶けて消えていった。見失ってしまう。
「いけない……!」
ハルジオがトンボ型の自立式魔導体・フライングボットを三機飛ばす。
この深夜の草原に霧が立ち込めては、視界が悪すぎて全く戦いにならずに嬲り殺されるだけだ。フライングボットたちは光を照らし、全員の視界を確保する。
しかし、暗いだけであればそれでよかったが、霧が濃すぎて、光があっても隣にいる仲間の顔すらわからなくなる。
「頼むぞ、フライングボット……!探知せよ!」
ハルジオはフライングボットに指示する。すると、一機のフライングボットが赤く警告のように光り出す。
「そこか!」
クレアは、赤い光を頼りに駆け出して、魔剣を全力で振りかぶる。
しかし、濃霧で足元すら見えない。クレアは木の幹につまづいてしまう。
「……あ」
やばい、と思ったが、無常にもクレアの体はバランスを崩して宙に舞う。
そして、フェンリルが繰り出した鋭利な爪を肩口にまともに食らってしまう。
「クレア!」
マリンが絶叫する中、鋭い一撃を受けたクレアは受け身を取ることさえできず、どさっ、と力を失って倒れた。
幸い、四肢や胴体の深部まで傷は届いていないようだったが、肩に受けた傷口がかなり深く見える。
クレアに止めを刺そうと、フェンリルが次の一撃を用意している気配がする。
「皆、伏せろ!」
ノクトの叫ぶような指示に、全員無言で従い、頭をかばうようにして伏せる。
「……アイリーン、炎を!」
今まで自分たちの頭があったところに、自立式魔導体・ナイトスコーピオンのアイリーンの火炎放射が吹き荒れた。急激な高温で、周辺全体の霧を一気に蒸発させる。
霧が霧散したことで、フェンリルが姿を現した。
「お前、よくもクレアを……許さんぞ!」
トロントが、片手剣を構えて猛然と突進する。
霧がなくなることを想定していなかったフェンリルは油断して、トロントの渾身の斬撃をそのまま受ける。トロントはクレアの仕返しだとばかりに、前足の付け根を切り裂いた。
「どうだ!」
だが、それでもまだ浅い。
トロントの一撃に、フェンリルは少しよろめいた。
「うぐぐぐ、いたた、痛過ぎぃ……」
クレアの気絶は一瞬で、辛うじて目をさましたものの、肩の痛みがひどすぎて動けないようだ。目が覚めないほうが、本人にとっては楽だったかもしれない。
ノクトは、マリンに傷薬を押し付ける。
「クレアの手当をしてやってくれ。即効性のある、鎮痛剤入りの傷薬だ。包帯をきつく巻けば多少は動けるようになるはず。時間は、オレが稼ぐ」
「わかりました」
マリンも二言は言わない。
そうこうしていると、フェンリルは耳をつんざくような遠吠えをしはじめる──
「う、うるせえ……!」
「……これは……!」
トロントは耳を塞ぎ、ハルジオは愕然とする。
フェンリルの遠吠え!
全員、一瞬にして察した。村人が言っていた遠吠え。これは、仲間を呼ぶためのもの。
今彼らは草原にいるが、魔物たちの楽園、禁域に限りなく近づいている。
ということは、北のほうには魔物が大量に生息していて、つまり──
「無理だ!逃げよう!」
ハルジオは絶叫する。
「待って、クレアの手当が……もう少し待って……!」
悲鳴のように叫ぶマリンに、どこかから現れた小型の狼が襲いかかる。
マリンは思わず、意識が虚ろなクレアに抱きついて庇おうとする。
その狼を、一閃。
ノクトがナイトブレードを振り抜いていた。
「……二人に、近づくな」
低い、殺気に満ちた声。
ノクトは、どんどん増殖していく狼の群れを指さしてゆっくりと、クイ、とこちらに向かうように煽る。
「来い……オレが相手だ」
遠吠えを続けるフェンリル。状況はどんどん悪化していた。




