第十二話 生きていくために
【前回までのあらすじ】
ハルジオたちは大穴に落下してしまった。
陸地にいるノクトとクレアは、ワームを蹴散らしながら、脱出の足がかりになるような長い板をみつけた。
この三年で己を極限まで鍛え上げ筋力を身につけたノクトと、細くて背も小さいけれどもそれなりに力のあるクレアの二人で、長い板を運ぶ。
アイリーンとフライングボット三機で周囲警戒を行い、これ以上敵と出会わないように注意する。
「これでいいかなっと」
大穴の中にいる三人に怪我をさせないよう、ゆっくりと長い板を挿し込む。
それは穴の中に作られた急ごしらえの急坂となり、なんとか全員を引っ張りあげることができた。
「トロントのおかげで、怪我なく済みました。
本当にありがとうございます」
マリンは、藍色の髪を揺らして深々と頭を下げた。
「これからいくらでもお互い様だろうしな。気にしないでくれ」
トロントは笑って応じる。
「一時はもう死んだものかと思いました……ありがとう」
真っ逆さまになって大穴に落ちたハルジオは、助けてくれたノクトとクレアに重ねて礼を言う。
「まだ死ぬのは全然早いと思うからね〜。まだ島についただけだし」
軽口を叩くクレア。
ノクトはハルジオの肩に優しく手を置き、
「……お前に死なれたら困るからな」
とだけさらりと言った。
真っ逆さまに落ちた時に、ノクトが抱え寄せて自分の頭を守ってくれたのを思い出して、ハルジオの胸は熱くなった。はっとして、落ちた時にノクトが肩を打って一瞬痛そうにしていたことを思い出した。
「ノクト、肩は?大丈夫……?」
「こんなもん、エイトに外された肩の痛み以下だよ……全然、どうってことない」
ノクトは、打ったほうの肩を回してみせた。
ハルジオは、この調査隊の仕事の中でこうやってエイトの名前を聞いて、なんだか懐かしいような温かいような気持ちになった。
早くもホームシックになりそうだから、頑張って気持ちを切り替える。
トロントは、それを穏やかな目で眺めていた。
最初、幻獣調査団の一室で出会ったときは、異質で只者でない気配があるノクトを危険な男と思い、やや注意人物として見ていたのだが──
(なんだ。こいつ、普通にいいヤツだな……)
ノクトがハルジオを身を挺して救ったことで、考えを改めていた。
憎悪が強すぎるのは、悲しみの深さゆえか……
トロントは、その憎悪の由来について思いを馳せ、少し辛くなった。
◆
五名は欠けることなく大穴を抜け出し、引き続き荒野を進んでいた。
すると、角のある、鹿のような生物が数体群れを成して進んでいた。
「草食獣……!たんぱく質と脂質の補充に必須ですね。
申し訳ないけど、僕たちも食べなきゃ生きていけないからね」
ハルジオが言う。
ちょうど先頭に立っていたトロントが片手剣を身構える。
「オレたちの飯になってもらうしかないな。成仏してくれよ!」
トロントは、角の生えた草食獣に斬撃をお見舞いしようと、一気に踏み込む。
すると、奇跡的に運動能力の高い草食獣で、鋭くその攻撃を回避した。
「何ィ!」
まさかかわされると思っていなかったトロントは、一瞬たたらを踏む。
そこへ草食獣の怒りの蹴りが、みぞおちに入り込むように炸裂した。
「…………!」
トロントはあまりの激痛に言葉も出せず、後方に吹き飛ばされて倒れた。
「なにやってんの~、トロント……」
クレアが大地を踏んで跳躍する。
魔剣による斜めの斬り降ろしが一閃し、三体を同時に斬り伏せた。
しかし、トロントに蹴りをくれた謎に素早い草食獣は、その魔剣の一撃さえも華麗にかわすと、ムカつく顔で風のように逃げていった。
「……なんか、めっちゃ、腹立つ」
クレアは魔剣を担ぎ上げながら、ぼそっとつぶやいた。
「……それはオレのセリフだ……」
当たり所が悪かったのか、トロントは起き上がってこない。
◆
夕暮れ時が近づいていた。
幸いトロントの怪我は大したことがなく、マリンが草食獣を捌いてくれたことによって大量の肉が手に入った。
また、毛皮や角も貴重品だ。全てを持つことはできないが、特に良質な部分はできるだけ無駄にしないようにコンパクトにまとめて持つ。
「自然の恵み、感謝していただきます」
マリンは命に祈りを捧げた。
「ちょうどよくお肉も手に入ったし、今日はもうそろそろ野営にしましょうか」
ハルジオの提案で、野営の準備に入る。
トロントの荷物にテントがあり、それを広げるところから開始だ。
トロントは杭を打ったり、火を起こす準備をする。
マリンは今日の肉を焼いたり、薄くして塩もみして乾かしたりと、食事関係のことで忙しい。
クレアはマリンを手伝っていた。
ノクトとアイリーンは周囲を警戒するついでに、木の実や、食べられる野草を探しにいった。
ハルジオは皆の武器の手入れを。
そして、料理することで匂いがするようになるため、入念に獣が嫌う匂いの粉をまいたりしていた。
◆
「なかなか、大変な一日でしたね。皆、お疲れ様でした」
ハルジオが言う。
野営準備が全て終わり、全員で焚き火を囲んでいた。
日は沈みかけて、周囲はうっすらと暗くなっていた。
「マジで色々酷い目にあった」
「大変というかなんというか、普通に死にかけましたね……」
トロントに同意し、苦笑いをするマリン。
「まあでも、皆無事で良かったじゃん。お肉おいしい~!」
クレアは元気に肉を頬張っている。
ノクトは皆と少し離れて、暗い方を警戒しながら木の実をかじっていた。
「そう言えば」
と、ハルジオが切り出す。
「聞いても良ければなんですが、クレアとマリンは、どうして今回の調査に志願されたんですか?」
確かに、大の男でも好んでやりたくないような、大変で、危険な調査ではある。
支部のほうからわざわざやって来るとは……
クレアは威勢よく言う。
「私はねえ、お金と名声が欲しいから!」
究極にシンプルな意見で、流石にハルジオは吹き出してしまった。
「なるほど、わかりやすいですね」
「だって、お金があったら食べるものに困らないし、それだけで結構幸せになれるからね」
今は戦災孤児の多い時代だ。お金があれば幸せになれる、それは間違っていないかもしれない。
「私も、クレアと似たようなものかも知れないですね……」
マリンは遠くを見るようにしていたが、それ以上のことは言わなかった。
突然ノクトが影のようにスッと立ち上がる。驚いて、全員が彼を見る。
「一人で十分だ。少し出てくる」
言ったと思うと、影のように消えていた。
ノクトは夜間戦闘のエキスパートだ。影のように森を縫い、このテントを狙っていたワーム共をいち早く察知し、敵に気付かれることなく、音もなく、あまりにも鮮やかに斬り結んだ。
トロントはぽかーんとして言う。
「あいつ夜目だとか、気配察知だとか、利きすぎじゃねーか……こういう時、頼りになるが……」
「ノクト……ほんとに強くなって……」
病弱な頃のノクトを知るハルジオは、一人嬉しさを噛み締めていた。
トロントの草食獣への攻撃は、サイコロ⑥【大失敗】でしたw




