第2話 邂逅
一度家に帰った叶夜は私服に着替えて最寄りのスーパーに向かう。
スマホに書いておいた買い物メモを確認しながら考えるのは、信二の一言についてだった。
「退屈そうな顔……か。痛いところ突きやがって」
叶夜自身、このままで良いとは思ってはいない。
だが夢中になれるだけの何かに出会えないのだ。
片親でも平和に暮らせてるのだから、贅沢な話かも知れないと自虐的な笑いを浮かべていると目的地の近くまで来ていた事に気付く。
早く買い物を終わらせようと早足になる叶夜。
「ん?」
突然後ろから見られているような気配がして振り返るが、誰も自分を見ている様子は無かった。
「……気のせいか」
叶夜は疑問に思いながらもスーパーへと入っていく。
―その後ろ姿を見つめる、二対の目に気付かずに
・・・・・・・・・・・
「卵が安くて助かった。他のもついつい買いすぎたけど」
すっかり日も暮れ空がオレンジに染まった頃、叶夜は右手にズシリ重みを与える戦利品と共に帰路についていた。
買った食材から今日の夕飯を考えながら歩いていると、先ほどのように誰かに見られている気配を感じる。
急いで振り返るが、小さな子どもと親が手を繋いでいる姿しか見えない。
「気にし過ぎか?」
思い直して再び歩き始めようとした叶夜だが、気配は消えるどころかより強く感じる始末。
そして突如して脳裏に浮かんだのは、信二と話した神隠しの事であった。
「いやいやいや。今日知って巻き込まれるとかどれだけの確立だよ」
これは神隠しとは関係ない
必死に思い込ませながら頭を振る叶夜。
とにかく急いで家に帰ろうと思い直し、一歩足を動かす。
「え?」
だがその瞬間、謎の浮遊感を叶夜を襲う。
まるで宇宙空間に迷い込んだような無重力感がしたかと思うと、目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。
「……どうなってるんだ?」
思わず叶夜が呆然としてしまうのも無理はない。
先ほどまで空は確かにオレンジ色の夕暮れであったハズだ。
だが目の前に広がっているのは、黒で覆われた夜空なのだから。
「夢、じゃないよな」
軽く頬を叩いて夢じゃない事を確信した叶夜は、一先ず時間を確かめる為にスマホを取り出す。
スマホには確かに夕方を表示していて、とても春先の時期にここまで暗くなるような時間ではない事を確信させた。
ますます混乱する叶夜であるが、情報を集めるべきだと思いSNSのアプリを開く。
「あれ?」
だが表示されず首を傾げる叶夜。
よく画面を見てみれば、電波が全く来ていない事に気付いた。
こんな街中で圏外なハズがないと、設定をいじったりするが結果は変わらない。
諦めてスマホをしまい、次にどうするべきかと考える。
「警察に行けば保護してもらえる、よな」
こんな非常事態になっているのだから、公共な場所に行けば助けてもらえると思い叶夜は不安を隠しながら交番に向かい始める。
しかし少し進んだ先で、ある事実に気付いてしまった。
「人の気配が……ない?」
叶夜が今いるのは住宅街だ。
時間的に見ても誰かしらは家に居る事が多い時間であろうし、こんな状況になれば騒ぎになっても可笑しくない。
だが実際には人の話し声はおろか、どの家の電気もつく気配すらない。
電灯もついておらず、唯一の明かりと言えば頭上から照らす青白く光る満月のみだった。
「どうすればいいんだよ」
スマホも通じなければ頼れるような人もいない。
それどころか他に人がいるかも分からない。
八方ふさがりの中で頭を抱える叶夜の耳に、静寂をぶち壊す喧しい声が飛び込んできた。
「「はっはっはっ!! 絶望に打ちひしがれているな!!」」
声に反応して振り向けば、厚手のコートに身を包んだ人がいた。
どうやら男のようであるが、この春先に真冬に着るようなコートの時点で不審者は確定である。
(か、関わりたくねぇ)
ようやく会えた人ではあるが、早くも逃げたくなる叶夜。
だがこの状況から逃げ出す唯一の手掛かりである事は事実であり、意を決して問いかけてみる。
「あの。あなたは誰なんですか?」
恐る恐る質問する叶夜をあざ笑うように、男はニヤリとした表情を見せた。
「おいおい。こいつ俺たちに話しかけてきたぜ弟者」
「聞いてるぜ兄者! 中々肝が据わってるみたいだな」
(何で二人いるように話しているんだ?)
どう見ても一人なのにまるで二人で会話しているような男の様子を不気味に思う叶夜。
しかし男は気にした様子もなく見えない誰かと話を続ける。
「しかしまあ、問われたからには答えてやるのが筋って奴だよな弟者」
「流石だ兄者! やっぱり漢だぜ!」
「「見ろ! そして恐怖しろ! この完成された完璧な体に!!」」
町中に聞こえるような大声と共に、コートを脱ぎ捨てる男。
そして目に飛び込んできた男の体を見て、叶夜は思わず絶句してしまう。
一人の大男だと思っていたのは肩車した二人であった。
それも異常に足の長い男と、異常に手の長い男の二人だったのだから驚きも倍である。
「ば、化け物」
「おいおい弟者。こいつ俺たちを化け物扱いしやがったぜ」
「失礼な奴だな兄者! 腕の一本でも折ってやろぜ」
叶夜の思わず口から出た言葉にニヤニヤしながらゆっくりと近づいてくる男たちに、恐怖から同じ分だけ後退する。
その様子が楽しくて仕方がないのか、男たちは聞かれてもないのに話し始めた。
「楽しいな弟者! やっぱり人間は最高だ!」
「おう兄者! 俺たち足長手長の恐怖をたっぷりと味合わせてやろうぜ!」
「「さあ逃げろ人間! 早くしないと喰っちまうぞ!!」」
「っ!」
男たちの言葉が本気だと悟った叶夜は買い物袋を投げ出し、一目散に逃げだす。
「おお! 中々あの人間速いな弟者」
「そうだな兄者! 久々に楽しみ甲斐がありそうだ!」
どんどん距離を広げていく叶夜の後姿を見ていた足長手長。
だが二人の表情には余裕が見えた。
まるでどこまで逃げても無駄と言わんばかりに。
「「さぁ楽しい狩りの始まりだ! 精々逃げろよ人間!!」」
謎の言葉と共に足長手長の体が光を放っていた事を、全力で逃げる叶夜は知る由も無かった。




