永遠の魔女
深い森の洞窟。私がこの中で費やした時間は洞窟の奥の岩壁に自作した削り跡を積み重ねて数えた結果……結局、よくわからないわ。
この世界の季節が何度巡ったのかも、既に私の時間感覚では当てにならないから定かじゃない。修行の集中力が落ちてきて「ご飯を食べよう」と思って備蓄している食料を見たら、腐ってない時がなかったわ。
この修行に入る前、洞窟の外は冬のような景色だったわ。
ある時、食料を取ってこようと思って外に出たら季節が進んで春になっていたわ。その時は「あぁ……もうそんな時間が経ったのね」で納得できたの。季節が変わっていない時も「あら……大して時間は経ってないのね」で納得できた。
でも外に出て季節が戻っていた時は、さすがの天才美少女である私も「??」って反応しかできなかったわ。時間が巻き戻った?いいえ、違うわ。間の季節をすっ飛ばして、次の年の季節になっていただけよ。……浦島太郎もびっくりね。
さすがにこの時間感覚はまずいと思って、頑張って壁に削り跡を残して記録しようとした時期もあるわ。
でも正確な計測なんて無理だったわ。なにせ「昨日は疲れて忘れたから、今日まとめて二日分削っておこうかしら」と横着した日もあれば、「あれ?なんか数が合わない気がする。まあいいわ、完璧主義の私なら適切に削っておいたはず」とフィーリングで五本くらいまとめて削った日もある。
「……うん、飽きて直ぐにやめちゃったしね。このカレンダー、ゴミだわ」
十年は多分経っていないと思うけれど、答えがわかったって何にもならないし、どうでもいいわ。この永い歳月、私はただひたすらに最強の私を作り上げる作業に没頭していたもの。食料が腐ろうと季節が変わろうと興味がなかったわ。
……ただ一つの事実だけを除いてね。今度の修行を飽きずに続けられた理由は、その一つの事実と確かな成長の実感があったからよ。
この期間で私が成し遂げた最大の偉業は二つあるわ。一つは魔力総量の増量。もう一つは魔力回路の再構築と修繕よ。
まず魔力総量について。
魔力枯渇の修行を始めた最初の頃は、全身を激しく刺すような激痛に苛まれていたわ。けれど今は魔力総量が増えてきたおかげなのかしら。意識が遠のく直前の、ほんの短い刹那に「あ、今から激痛が来るわよ!」みたいな予兆だけを感じられて、痛みを感じきる前に肉体が強制シャットダウンするようになったの。
「これも進化ね。人体の神秘的な安全装置が強化されたのよ」
私がこの死を垣間見るような瞬間を繰り返した目的は、明確に器を広げるため。魔力が完全に尽きた瞬間、肉体は限界を超えて増量を強いられ、回復する際に以前よりも多くの魔力を貯蔵できるようになったわ。褒めてもいいわよ。
そして魔力枯渇と並行して行ったのが魔力回路の修繕と再構築ね。
魔力総量が増えたことによって、魔力回路の幅を増やすための魔力を十分に使えるから、効率も上がってきたわ。
修繕は魔力回路を真っ直ぐに抵抗がなくなるように、内側から微調整し続ける作業よ。それは魔力の流れを邪魔する微細な障害物を排除して、ガタガタの砂利道を、滑らかで抵抗が少ないリニアモーターカーの軌道へと変貌させるような、内側からの緻密な作業だった。
「ひたすら根気との壮絶な対決だったわ……」
再構築とは無駄なルートの排除よ。以前は右手に魔力を集中しようとすると、なぜか体の中心から一度足を経由して右手に行くような「そっちは違うでしょ!」と言いたくなる無駄な迂回ルートが存在していたわ。それを地道な意識的制御によって全てショートカットさせたわ。今では意識すれば、すぐに魔力を一箇所に集中できるようになったのよ。褒めなさいよ。
今の私は体の中に貯められる魔力総量も以前の自分を遥かに超えたわ。魔力回路も再構築と修繕を続けたことで、魔力の伝達速度は桁違いに速くなって以前とは比べ物にならない。
「だけど、大切なのはやっぱり結果よ!」
「さあ、ひれ伏しなさい(壁)」
私は洞窟の壁に向かって右手を突き出し火魔法を発射した。
以前のように魔力が不発だったり、火花がすぐに消えたりするような不安定さは微塵もないわ。新しく開通し修繕された魔力回路から、魔力が安定して流れ出て手のひらに集約される。
現れたのは手のひらをすっぽり覆うほどのサイズを持つ、整然とした形状の火の玉。放たれた火球は一直線に岩壁を直撃したわ。
ドォォン!
爆音と共に熱で岩の表面が微かに白煙を上げたわ。ただ燃やすだけじゃない。対象を焼き尽くして破壊する、威力と安定性を兼ね備えた洗練された破壊の炎だったわ。
「……どうよ?」
渾身のドヤ顔を披露したわ。以前は使えなかった本物の魔法よ!
「これなら魔法使いとして実用的なレベル、あるいは及第点に達したと言ってもいいんじゃないかしら!」
修行の成果が出ている証拠ね。……でも勢いだけの破壊力じゃあ、白黒コンビにはまだまだ届いていないわ。あいつらを倒すためには繊細な技術も必要ね。
私はターゲットを変えて、破壊力とは真逆の繊細な魔力操作を行う修行にも力を注いだわ。
意識を集中して小石ほどのサイズの水滴を数個、空中に生成して浮かび上がらせる。水滴群をそれぞれ異なる複雑な軌道で躍らせたり、高速で交差させてギリギリですれ違わせ、一点の衝突もなく制御し続ける。
「ふふ、見え見えよ(死角)」
私は洞窟内の岩陰など数カ所にある、あらかじめ作っておいた的に向けて水魔法を発射した。
ヒュ、パパンッ!
乾いた音が連続して響く。確認しに行ってみると、全ての水滴が障害物を避けて的の中央を正確に穿っていたわ。
「完璧ね!」
的は水浸しになっているけれど水滴同士が干渉した痕跡は一切ない。
「この精密さよ!これだったら遠くの敵の急所を的確に狙い撃つ、狙撃として使えるわ。水を氷にすれば貫通力も上がるでしょうし、多少は破壊力も出るでしょう。魔力消費はまだ大きいけれど、これだけ正確に制御できるなら実戦で十分に通用するわね!……やっぱり私は最高の天才美少女だわ!」
私の持つ天性の知恵と、決して諦めない強靭な精神、魔力負荷に耐えうる頑丈な肉体、そして世界を魅了する圧倒的な可愛さ。
これらに加えて魔法という要素が揃った今、私がこの森で生き残って、世界を掌握するための確かな足がかりを掴んだのよ!
私が飽きずに修行を続けられた理由。そのただ一つの事実に気づいたのは、何回目かの季節が巡ったある日の夕方だったわ。
その頃の私はどうしようもない壁にぶつかっていたの。それは才能でも努力でもなく寿命という絶対的なタイムリミットよ。新しい修行方法によって成長効率は格段に上がったわ。でも白黒コンビのような神域に達するのに何年かかるの?五十年?百年?
人間の寿命なんて短すぎるわ。私が最強の魔法使いとして完成する頃には、この美貌は枯れ果てて、腰の曲がったお婆ちゃんになっているかもしれない。そんなの美しくないし意味がないわ!
「はぁ……時間が欲しい。無限の時間が……」
そんな溜息をつきながら、私は洞窟の冷たい湧き水で汗を洗い流していた。濡れて肌に張り付いた美しく長い銀髪をかき上げて、鏡代わりの水面に映る自分の顔を覗き込む。
「うん、今日も世界一可愛い私は健在ね」
深い碧色の瞳。雪のように白い肌。非の打ち所がない完璧な美少女の姿。自分の可愛さにうっとりと酔いしれていた後、私は信じられない事実に気づいて、水面を凝視したまま全身の動きがピタリと止まったわ。
「……ちょっと待って。おかしいわ」
私はボロボロになってきているワンピースを脱ぎ捨てて、自分の体のラインを指先で慎重になぞった。
この世界で目覚めてから長い期間、私の体は限界まで酷使されて何度も飢餓状態になったり魔力枯渇で死にかけては回復してきた。だから死なない体、不死であることは嫌というほど理解している。
「でも、これは違うわ。そういう話じゃないんじゃない!?」
成長期の女の子が数年もこんな過酷な環境にいれば、身長が伸びて服がきつくなったり、逆にやつれて骨格が変わったりするはずでしょう?それなのに、私の手足の長さは少しも変わっていない。肌の質感も、髪の長さも、初めて自分の顔を見たあの日と完全に一致しているわ。
「傷が治るのは知っていたけれど……まさか、成長も老化も止まっているの?」
水面に映る姿は私という存在だけが時間の牢獄から切り離され、永遠に固定されているみたいだった。
「不死なだけじゃなくて不老?……不老不死?」
戦慄が走ったわ。その単語が意味する重さに、私の思考は一気に暗い底へと沈んでいく。
「待って。成長が止まっているということは、私はこれから大人になれないっていうこと?」
私が夢見ていた、誰もが振り返るようなボン・キュッ・ボンのグラマラスな美女には一生なれないの?美女じゃなくて美少女のまま?この子供体型のまま、ぺったんこの胸と寸胴なウエストのまま、数百年、数千年を過ごせと言うの?そんなの、乙女としての死刑宣告じゃない!
「それだけじゃないわ。不老不死なんて物語の中では決まって、悲劇のヒロインか狂ったラスボスの役回りよ」
想像してみて。私だけが時の流れに取り残される未来を。もし人間社会に戻れたとしても、親しくなった人々はみんな老いて死んでいく。愛した人も友人もみんな土に還って、私だけが若々しいまま墓標の前に立ち尽くす。孤独。圧倒的な孤独。それは精神を摩耗させる永遠の拷問よ。
「……それに人間たちの反応はどうかしら?」
何年経っても容姿が変わらない少女なんて気味悪がられるに決まっている。「化け物」「悪魔の子」と罵られながら石を投げられて、最後には火刑台に縛り付けられて燃やされるかもしれない。あるいは不老不死の秘密を暴こうとするマッドサイエンティストに捕まって、実験動物として永遠に切り刻まれる未来だってあり得るわ。
「……嫌。そんなの嫌よ」
私はガタガタと震え出した。
可愛いだけの私が世界から排斥される異端の怪物になるなんて。この体は祝福なんかじゃない。神様が私に与えた残酷な呪いだったのよ。
私は膝から崩れ落ちたわ。
「うん?」
――けれどその絶望の淵で、ある一つの思考が脳裏をよぎったわ。
……待って?何を恐れる必要があるの?私は時間が経っても姿が変わらないことと、それによる弊害を恐れたのよね?
でも今の私の最大の悩みは何?魔法を極めるには時間が足りないことじゃなかった?
私はピタリと震えを止めた。涙で潤んだ瞳で再び水面を睨みつける。
「大人になれない?いいえ、今のこの容姿は既に完成された黄金比よ」
ボン・キュッ・ボンなんて出っ張りだらけの体のどこが良いのよ。下手に成長してバランスが崩れるリスクがないなら、これは劣化しない美術品と同じ価値があるわ!
「孤独?は?何で群れる必要があるのよ」
群れなきゃ生きていけないのは弱者だけ。私みたいな圧倒的で完璧な存在が、レベルの低い有象無象と馴れ合ってどうするの?むしろ永遠に誰にも邪魔されず、孤高の頂点に君臨し続けることこそ、至高の美少女に相応しい特権じゃない!
「迫害?火刑台?それこそ今の私が目指している最強の魔法があれば、火を放たれる前に返り討ちにしてやるわよ!」
思考が反転していく。黒い絶望が眩いばかりの希望へとひっくり返ったわ。
不老不死ってつまり、究極の可愛い私を守る力ってことじゃない!?
「永遠にこの幼く可愛らしい姿を保ち続けることができるってことじゃない!うふふ!あはははは!」
洞窟に歓喜の声が響く。もし効率的な修行法が分かっていなかったら、修行の効率の悪さと果ての無さに絶望していたかもしれない。
でも成長が実感できると分かった今、老いる心配がないということは――修行に無限の時間を投資できるという最強の能力よ!
「そうよ、問題は全て解決したの!お肌の曲がり角も、お婆ちゃんになる心配もゼロ!私はこの永遠の時間を使って誰にも真似できない、宇宙一可愛くて最強の魔法使い……いいえ、宇宙一可愛くて最強の魔女になってみせるわ!」




