魔力の感知
「魔法の仕組みを解明して、ありとあらゆる現象を私が行使出来るようになる。そしてこの森を……いえ、世界を掌握するのよ!」
この幼い器にはそのための資格が備わっているわ。どんな傷も一晩で癒え、病魔すら寄せ付けない異質な生命力。私の可愛さを損なわないための力だと思っていたけれど、使い方はそれだけじゃないわ。
魔法の実験に失敗は付きもの。この頑丈で回復の早い肉体があれば、疲労や反動を恐れずに無限にトライ&エラーが繰り返せるわ。この体こそが未知の技術を習得するための絶対的な土台となるのよ!
それに拠点であるこの洞窟は最高の修行場となるわ。外敵から隔離された完璧な環境。現状のまま外の危険に怯えてちまちまと生活レベルを上げるなんて効率が悪すぎるわ。まずは魔法という圧倒的な火力を手に入れ、脅威を排除してから優雅に暮らすのが賢い選択というものよ。
今日から私は魔法研究に全てのリソースを注ぎ込むことにしたわ。
「ふふ、世界を意のままにしようとしている私に、森の妖精なんて平凡な称号は小さすぎて全く釣り合わないわ」
私は魔法への期待を胸に、新しい呼称を心に刻んだわ。
「魔法を完全に使いこなした暁には、私の新しい称号は…そう至高の妖精よ。うん!私の溢れる高貴さが滲み出ている感じがして全てを支配する私にぴったりね。何より響きが可愛いわ!」
完璧なネーミングに気分が高揚せずにはいられない。私のメンタルはもうただの非力な人間じゃないわ。この世界を支配して新しい時代の可愛い女王として君臨してやるのよ!
まず私が考えたのは、魔法を引き起こすためのエネルギー源の特定よ。
「白黒コンビが見せた何もないところから土塊や冷気を作り出す力。そして私の異常体質。どっちも体の中に不思議現象を引き起こすための、燃料が必要じゃないかしら。ファンタジー知識で言う魔力とかマナだったりするアレね。魔力こそがきっと不思議の根源よ」
私は自分の特別な体質と魔力の存在を結びつけたわ。一晩で怪我が治る力や、飢餓で死なない力。これらは私の体内に魔力の泉のようなものがあって、そこから魔力が絶え間なく湧き出ているからだとすれば辻褄が合うわ。
つまり今の私は魔力が垂れ流しになっている状態。この湧き出ている力を感じ取って、私の意思で自由に操れるようになること。それが魔法を覚えるための一番の近道だと思うわ。
「白いオオカミの方は回復が遅かったみたいだったけれど、魔力が尽きていたのか得手不得手でもあるのかしらね。まあ?天才美少女の私なら何でも出来ると思うけれど?」
魔法の原理について大した根拠もないまま、私は自信満々で魔法の修行を開始することにしたわ。いいのよ。習うより慣れろよ!
私は修行に専念するために、外への出入りは一時的に控えることにした。洞窟の入口は完璧にカモフラージュして、集中力を乱さないように隙間部分も全て埋めたわ。
拠点の整備は一段落しているし、備蓄も十分。私は湧き水のそばで静かに座って瞑想を始めたわ。修行ってどうせこんな感じでしょ。
「……よし。感知して見せるわ、私の中のコスモを!」
喉の渇きや空腹感も無視して、昼も夜も瞑想を続けてみたところ――。ある時に兆候が訪れたわ。
ガンガンと頭を殴られるような強烈な頭痛。胃の中身が逆流しそうなほどの吐き気。視界がグラグラと揺れていて手足が痺れたように重いわ。
「ぐっ、うぅ……!く、苦しい……!」
お腹が空きすぎたせいかと思って、備蓄していた木の実を齧ったり水を飲んだりしてみたけれど、震える手がうまく動かないし症状は全く治まらない。むしろ加速していったわ。
ドクン、ドクンと脈打つ頭の痛み。これはまさか……!
「……きたわ。これこそが魔力暴走か魔力酔いってやつね!私の体内で目覚めた膨大すぎる魔力が、器である肉体を内側から壊そうとしているのね!?」
やっぱり私は規格外。あふれ出す魔力に体が追いついていないんだわ!
それっぽい理由を想像して、私は苦痛に歪む顔にニヤリと不敵な笑みを浮かべようとして――ふと、ある一点に気づいて凍りついたわ。
……あれ?焚き火の炎、小さくない?なんだか空気も淀んで……。
「……………………はっ!」
戦慄が走った。違うわ。洞窟の入り口を密閉。燃え続ける焚き火。消費される酸素。発生する不完全燃焼の煙。導き出される答えは一つだわ。
「い、一酸化炭素中毒ぅぅぅーーッ!?」
魔力関係ないじゃない!ただの酸欠よこれ!
私は慌てて入り口へ這っていき必死の思いで入口を押し開けた。
――ハァッ!
流れ込んできたのは、魔力よりも何よりも尊い新鮮な酸素だったわ。泥だらけの顔で外の空気を胸いっぱいに吸い込む。ズキズキしていた頭痛が酸素と共に少しずつ引いていくのが分かった。
「……生きてるって素晴らしいわ!」
地面に大の字になりながら、私は心からの賛辞を世界に送った。危なかったわ。魔力を探すことに夢中になりすぎて、最も基本的な物理法則を無視していたわ。
最初の死因が換気不足なんて、伝説の美少女としての経歴に傷がつくところだったわ。不覚よ。
さらに時間が経った。……けれど兆しはないわ。
修行の合間、小腹が空くたびに備蓄していた果実や木の実などをつまんでいたら、あっという間に底をついてしまったわ。
「……まぁいいわ。私は不死の存在。食事なんてただの嗜好品に過ぎないもの」
私は強がって修行を続行した。食べなくても死なない。それは事実よ。……でもお腹すいたわ。
さらに時間が経った。やっぱり兆しはないわ。
空腹で血糖値が下がったせいか思考がまとまらなくなってきたわ。
「あら?私、なんで暗い洞窟で一人で座っているんだったかしら?」
ふと哲学的な疑問が湧いてきて理由もなく涙が溢れてきたわ。ひもじいんじゃない、悲しいのよ。
もういいわ。ご飯食べて寝ましょう。……あ、ご飯なかったわ。私はやけくそ気味に湧き水をガブ飲みして、ふて寝した。
翌朝。目覚めた私はクリアになった頭で冷静に反省会を開いたわ。
「……意識が朦朧としていたわね。パフォーマンス最悪だったじゃない」
私は身体的不調がどれほど悪影響を及ぼすかを再認識したわ。ええ、身をもって再認識したわよ。空腹感、渇き、眠気。これらが生み出すストレスは私の知的な集中力を削ぐ障害よ。
食事をしなくても眠らなくても死ぬことはないけれど、何で完璧可愛い美少女である私が不快感を覚えなければならないのよ!
「結論が出たわ。最低限、文化的で快適な生活レベルを維持してこその修行よ」
お腹が空いたら食べる。眠たかったら寝る。今考えたら普通のことだったわね。
さらに時間が経った頃――新たな問題が浮上したわ。衣食住の均衡が崩れ始めたの。もっと具体的に言うと、衣の崩壊の兆しね。
長期間のサバイバル生活や洞窟の岩肌との摩擦によって、私が着ている白いワンピースが今やあちこちが擦り切れてボロ布と化してきているわ。
袖はちぎれかけ、スカートの裾はギザギザ。あちこちに穴が空いて風通しが良すぎて困るレベルよ。
「裁縫?紡績?……私の記憶の中には該当する知識はないわね」
前の世界の知識を持っていた私だけれど、植物の繊維から糸を紡いで布を織るなんて専門技術は持っていなかったみたい。針も糸もない状況じゃ修復なんて不可能よ。
「私の一張羅が……。このままじゃ至高の妖精どころか、ただの野生児よ……」
美少女がすっぽんぽんになって野山を駆け回る日は、残念ながらそう遠くない未来に迫っているわ。
私は時間の感覚を忘れて魔力を感知する修行に深く沈んでいった。意識は常に体の内側に向け続けていたから、外の光や音は単なる背景と化していたわ。
初めの頃は文化的な生活を維持しようと頑張っていた。けれど、当初想像していたよりもずっと長い時間を修行に費やしている。それにもかかわらず修行の成果が全く見えない。ささくれ立ってきた心の苛々が私の理性を削りとっていたわ。
「食事の準備?時間の無駄よ」
「睡眠?まだ体は動くわ」
私は自ら決めたルールを一つ、また一つと破り捨てていき、生活の全てを修行にぶつけたわ。喉の渇きや空腹感、強烈な眠気すらも、ただの生理現象として無視。もう慣れてしまったわ。
そしてある日、ふと意識が浮上した。
「久しぶりに何か食べようかしら」
備蓄も尽きていたし気分転換が必要よ。新鮮な食料を求めて私はフラフラと洞窟の外へ歩き出し――その瞬間、凍りついたわ。
「……は?」
洞窟の入り口を覆っていたはずの周囲の木々は、以前の鮮やかな緑色ではなくて、乾いた深い紅色や黄金色に染まっていたわ。足元にはカサカサと音を立てる落ち葉の絨毯が分厚く敷き詰められている。
「嘘でしょう!?私、少しの間座っていただけのつもりだったのに…」
春、あるいは夏から、一足飛びに秋へ?
森の風景は紛れもなく季節が変わるほどの時の流れを、否応なく突きつけてきたわ。信じがたい時間の浪費に張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。
「もう知らない!こんな地味で先が見えない修行、馬鹿げているにもほどがあるわ!」
私は悲鳴を上げて洞窟に逃げ帰った。強烈な孤独感と成果ゼロのまま失われた膨大な時間への絶望が津波のように押し寄せる。肉体は不老不死でも精神は摩耗する。私の心はもう限界だったわ。
けれど、ここで修行を放り出してどうなるの?
頭の片隅で理性が囁く。私の選択肢はあまりにも少ない。魔力の解明という目標を捨てて、再び森の恵みを細々と集める日々に戻ったところで、魔獣の咆哮に怯えていたサバイバルの延長でしかない。
「あんな恐怖に怯えるなんて二度とごめんよ……」
魔力が私の幻想であろうと効率が悪かろうと関係ないわ。白黒コンビのような絶対的な力を手に入れない限り、私がこの世界で安全で快適な女王になるための道は存在しない。
「……やるしかないじゃない」
私は洞窟の暗闇でひとしきり泣き喚いた。涙が枯れるまで泣いて、恐怖と絶望を全て吐き出した後――私は自分の心にあるスイッチを切った。
期待するから絶望するのよ。焦るから辛くなるのよ。なら感情なんていらないわ。私はただ魔力を探知するだけの装置になればいい。
私は無表情で涙を拭って再び定位置についた。もう二度と絶望を味わわないために、私は自らの感情に重い蓋をした。
穴だらけのワンピースから侵入する冷気すら気にならなくなるほどの深い集中。私は来る日も来る日も、己の内側にある虚空を見つめ続けていた。
そして、長い時が過ぎたある日――感情の蓋はあっさり弾け飛んだわ。
体の中心、お腹の少し奥あたり。そこに血液でもない未知の奔流を感じ取ったの。それは熱でも光でもない。例えるなら湧き水から溢れる、とても細く清らかな水の流れのような感覚。
「……あった」
見つけたわ。間違いなく、これよ!あまりにも頼りなく糸のように繊細な流れ。私は内心で「細すぎない!?」とツッコミを入れたけれど、そんな不満は次の瞬間に消し飛んだ。
「これよ……!これこそが、きっと私の魔力よ!なんて小さいけれどなんて素晴らしい感覚なの!ああ、私の魔力の赤ちゃん川」
喜びの感情全開で私は歓喜の雄叫びを上げた。狭い洞窟の中をウサギのように飛び跳ねたり、興奮のあまり岩を叩いて「痛っ!」と悶絶したり、一人だけのボッチ祝勝会を開催したわ。
その日は久しぶりに泥のような疲労ではなく、心地よい達成感に包まれて眠りにつくことができたわ。
翌朝。目覚めてすぐに意識を集中させると、夢ではなく確かに魔力の流れを感じ取れた。けれど冷静になって観察すると、やっぱり水量はあまりにも心もとない。
あの白黒コンビが操っていたのが大河や滝だとしたら、私のは蛇口の閉め忘れレベルじゃない?
「……ま、最初はこんなものかしら」
今のままじゃ魔法なんて夢のまた夢。でもゼロとイチの差は無限大よ。魔力の存在を確信して感知できたのだから、あとはこれを太く育てていくだけ。
「修行を続けていれば、きっと大河になるはずよ。だって私は最高の美少女なんだもの。どうにでもしてみせるわ!」
V字回復したモチベーションを燃料に、私は意気揚々と次のステップへ進むことにした。
変化がないまま、また季節が巡ろうとしていたわ。
「また感情の蓋を溶接し直そうかしら……」
心が折れかけていた凹んでいたある日。私の体内を流れる魔力の赤ちゃん川の幅が、少しだけ増えていることに気づいたわ。
本当にほんの少しだけ。髪の毛一本分くらいの誤差のような変化だけれど、元が髪の毛一本分だとしたら二倍になれば気づくわ。
「………嘘でしょ」
私は理解した。理解してしまったわ。白黒コンビのような巨大な力を手に入れるためには、この細い赤ちゃん川を大河に変えるための、気の遠くなるような永い時間と修行が必要なのだということにね!
――数十年。下手をすれば数百年。
可愛い私の顔からサァーッと血の気が引いていく。あまりの絶望に目尻に涙が滲んだわ。
「もう知らない!本当にもう知らない!あと何十年、何百年かかると思ってるのよ!魔法をマスターする頃には、私はシワシワのお婆ちゃんになっちゃってんじゃないの!?」
こんな地道な修行に、私の貴重な可愛い盛りを費やすなんて耐えられない!世界を掌握する前に寿命が尽きるわよ!
「こんなの修行じゃないわ!ただの懲役刑じゃない!やってられないわ!」
私は修行を放り出して落ち葉のベッドにダイブしてふて寝を決め込んだ。修行にかかりきりでメンテナンスをサボっていたベッドは、ぺったんこになっていて背中が痛い。
けれど今の私には環境を改善する気力すら残っていなかったわ。目が覚めたら魔法が使えるようになっていますように。あるいは全部夢でありますように。
私の心はそんな安っぽい現実逃避で満たされていたわ。




