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火と美少女

 洞窟に入って最初に行ったのは入り口の強化よ。


 私は周辺から大人の腕ほどの太さの枝や顔くらいの大きさの岩を、幼い体で運び込める限界まで何度も往復して運び込んだわ。


「んぐぐっ……!お、重い……!」


 岩と資材を運ぶたびに華奢な手足が震えて、全身の筋肉が軋むように悲鳴を上げる。汗でワンピースは汚れて手は泥だらけ。けれどあの牙や爪に引き裂かれる恐怖に比べれば、筋肉痛なんて蚊に刺された程度のかすり傷みたいなものよ!


 集めた資材を入り口の隙間に幾重にも積み重ねて、外から見てもただの岩の崩落跡に見えるようにカモフラージュを施したわ。


 特に力を込めたのは内側ね。緊急時には完全に塞げるように頑丈で動かしにくい岩をストッパー代わりに用意したわ。


「……ふぅ。完璧ね。芸術的な隠蔽工作だわ」


 額の汗を拭いながら自らの仕事を自画自賛した。サバイバル開始から常に巨大な死の影に怯えていた私にとって、この洞窟は単なる隠れ家以上の意味、絶対的な安心感の具現化を持っていたわ。


 仕上げに体を横たえる場所も作った。外の森で集めた枯れ葉を大量に持ち込んで、奥の乾燥した場所に積み重ねて作った簡易的なベッド。


 葉っぱが擦れる音が少し気になったけれど、冷たい岩の上で寝るより遥かにマシよ。いえ、今の私にとっては最高級ホテルのスイートルームにも匹敵するわね。


「……よし、悪くないわね」


 全ての作業を終えて、ふかふか(当社比)の葉のベッドに腰を下ろすと、心の中からじんわりと温かい感情が湧き上がってきたわ。


「やっと落ち着けるわ……」


 全身の力が抜けて泥のように体が沈み込んでいく。飢えや病気の心配がないとはいえ、常に張り詰めていた精神がようやく弛緩していくのを感じたわ。


 疲労感は時間を置けば回復するけれど、すり減った精神は安心感でしか癒やせない。私はこの森に来て初めて、恐怖や不安に支配されない穏やかな時間を過ごしたわ。




 少し眠っていたのか、目が覚めると日が沈んでいたわ。


 洞窟の中には月や星の光もほとんど届かない。完全な闇に包まれると寒さと孤独感が身に染みたわ。


 異常な体質のおかげで凍死はしないだろうけれど、寒さは感じる。何より漆黒の闇は本能的な恐怖を呼び起こして精神的に落ち着かないわ。


「……明かりが欲しいわね」


 自分の手のひらさえ見えない暗闇の中で、私はギュッと体を抱きしめた。このまま震えて朝を待つ?いえ、それは知性ある人間のすることじゃないわ。


「火ね。今の私に最も重要な技術の一つだわ」


 火は暖を取るためだけじゃなくて、獣を遠ざけ、煮沸消毒し、食料の調理にも使われる。何より火は文明の象徴よ。火を操ることは、私が獣ではなく知恵ある人間であることを自覚させてくれるわ。


 火起こしには様々な方法があるけれど、パッと思いつくのは最も原始的なきりもみ式のやり方ね。木の棒を高速で回転させて摩擦熱で火種を作るアレよ。


「ただねぇ……。あれすっごい難しいし時間がかかるって聞いたことがあるのよね。……まぁやってみるしかないかしら」


 念入りにカモフラージュを施した入り口から外の様子を窺う。月や星の明かりでうっすら見える程度で、辺りはほとんど真っ暗だったわ。


 暗い森で獣の気配にビクビクしながら周辺で手頃な硬い木や柔らかい木、火種となる枯れ葉や乾燥した苔を集め始めた。


 集め終わったらすぐに洞窟へ駆け戻る。「はぁ」と一息ついた後、入口のカモフラージュ部分を月明かりが入るように少しだけ開けてから、硬い木を床や壁に擦りながら削って回転させる棒を作ったわ。


「こんなもんで良いのかしら」


 私は両手で木の棒を挟み込んで拝むようにして高速で回転させ始めたわ。シュルシュルシュルと乾いた音が洞窟に響く。


「っ……、痛い……!」


 開始して数分で掌が悲鳴を上げた。


 幼い子供の柔らかな皮膚は摩擦熱と木の荒い表面に耐えられずに、すぐに水ぶくれができて破れてしまったわ。治癒力で一晩寝れば治るとはいえ今の痛みまでは消してくれない。滲む血と汗で棒が滑る。二の腕が鉛のように重い。


「ああもう!なんでこんな原始的なことをやらなきゃいけないのよ!」


 苛立ちと疲労でつい声に出して悪態をついたけれど、どうにもならないのはわかりきっているから回転を続けたわ。


 痛みに耐え汗だくになり何度も諦めそうになりながら、頭の中で前の世界のイメージを何度も思い浮かべる。角度、圧力、なによりも速さ!速さが足りないわ!


 一心不乱に手を動かし続けて限界が近づいた時、木の棒の先から焦げ臭い匂いと共に小さく赤い灯りが見えたわ。


「……っ!」


 生まれたばかりの極小の火種を急いで乾燥したコケと枯れ葉の山に移した。小枝をくべて祈るように顔を寄せて優しく息を吹きかける。


 消えないで。お願い、消えないで。


 火は最初こそ頼りなかったけれど、次第に勢いを増してパチパチと音を立てながら炎として燃え上がったわ。


「…………」


 洞窟の奥に手のひらサイズの小さな焚き火台を岩で組んで、燃え盛る炎を眺める。炎は凍えた体に温もりを与えてくれて壁に私の影を大きく映し出した。


「うひゃああ!!見た!?やったわ!古代の知恵を現代の天才少女がマスターしたわよ!」


 私は興奮のあまり、お祭で優勝したかのように焚き火の前で両手を上げて飛び跳ねたわ。炎がパチパチと弾ける音を聞きながら


「これで夜は安泰!これで私は文明人!ざまあみなさい!」


 誰に対する勝利宣言かは自分でも分からないけれど、私は高らかに叫ばずにはいられなかったわ。


 火が手に入ったことで闇への不安は払拭されて、次の課題に取り掛かる気持ちの余裕が生まれたわ。




 翌日、私は昨日見つけた川へと向かうことにしたわ。火で沸かしたお湯で簡単な清拭をしたかったのだけれど、湧き水だけじゃ水量が心許なかったのよ。


 何日も同じワンピースを着て、泥や葉っぱで汚れたままじゃ精神衛生上よろしくないもの。洞窟の周りで窪んだ石を見つけたから容れ物用に確保して川に向かったわ。川べりに到着して周囲の気配を警戒しながら静かに岸に近づいた。


 水面に映った自分の姿を見て、私は思わず息を飲んだわ。


「……可愛い」


 そこにいたのは森の緑とはあまりに不釣り合いな、銀色の髪と碧色の瞳を持つ少女だったわ。


 銀糸のように光を反射する髪は少し乱れているものの、太陽の下では信じられないほど美しい。前髪の隙間から覗くのは、宝石のように深く澄んだ碧眼。


 幼い頬には多少の泥汚れが付いているけれど、そんな汚れさえ霞むほど私の造形は完璧で、非現実的なまでに整っていたわ。


「え、待って!控えめに言ってこれは人間国宝級じゃない?」


 思わず自画自賛してしまったわ。いえ、これは自画自賛じゃないわ。客観的な評価よ。この幼い肉体は誰が見ても振り返るレベルの、極めて希少価値の高い至高の美貌を備えていたのよ。


「……天使?天使が舞い降りていたの?」


 自分の顔を見て呆けるなんて滑稽だけど、事実なんだから仕方ないわ。


「なんでこんな完璧美少女に過酷なサバイバルをさせるのよ、運命の神様は!…まあいいわ。この可愛さに免じて少しだけ許してあげる」


 私は水面に映った自分とキスをするように水を飲んだ後、両手で掬って自分の可愛い顔を優しく洗ったわ。冷たい水が疲れと汚れを洗い流してくれる。美しく育ちなさい、私。


 自分の容姿の可愛さについテンションが上がってしまったけれど、これが直接イノシシを倒す役に立つわけじゃないわ。でも危険と隣合わせの現状で、自分自身の姿を見て「可愛い!」と感じられることは、究極のモチベーションになったわ。


「この可愛さを守るために絶対生き延びてやるわ!」


 そんな決意が私の中で確固たるものになったわ。ナルシズム上等よ。こんな可愛い私が不幸せになるなんて許されないでしょう?




 川から洞窟に戻った可愛い私は、お湯を沸かして体を清めてワンピースを洗ったわ。今、濡れたワンピースは焚き火のそばで乾かしている最中。


 つまり今の私はすっぽんぽんで膝を抱えているわけだけど……誰も見ていないからセーフよ。むしろこの完璧な裸体を見られないことが、森の住人たちにとって最大の損失ね。


 ――と、余裕をぶっこいていたのも束の間。私は不意に襲ってきた下腹部の違和感に眉を寄せたわ。


「……んっ、なによこれ」


 私の完璧な肉体にも避けては通れない現実が突きつけられようとしていたわ。サバイバル生活における最大のタブーにして、乙女の秘密の花園にあるまじき生理現象。


 そう、トイレ問題よ。


 この世界で目覚めてからの数日間や、ろくに食事をしていなかった時は、不思議と尿意や便意なんて催さなかったの。だから私は川で自分の姿を見て確信したわ。「ああ、やっぱり美少女は排泄しないのね」と。


 けれどそれは単にお腹の中に何もなかったからだけみたい。川の水をたっぷり飲んだ今、私の内臓は容赦なく仕事を再開したのよ。私は無意識のうちにキュッと内股を擦り合わせて、もじもじと身をよじった。


「……信じたくないわ。天使は霞を食べて生きるものだし、美少女はトイレなんて行かない。それが全宇宙共通の真理でしょう?」


 けれど悲しいことに、肉体構造的には人間だったみたいなのよね。口に入れた物は消化吸収されて不要なものは排出される。この法則からはいかなる美少女も逃れられないみたいだわ。


 私は乾かしていたワンピースに手を伸ばしかけて……やめたわ。生乾きの冷たい布を着るなんて嫌だもの。


「……いいわよね、着なくても」


 どうせ誰に見られるわけでもないし、ほんの数分のことだもの。パッと行ってパッと戻ってくるだけよ。


 私は生まれたままの姿で、洞窟のそばにある手頃な木の陰へとしゃがみ込んだわ。


「いい?誰も見ないでよ。私も見ないから」


 誰への牽制でもないけれど一応ね?


 儀式を終えたら土を被せて痕跡を完全に消去する。よし。何もなかったわ。私はただお花を摘みに来ただけ。そう、お花畑よ。


 洞窟に駆け戻った私は再び焚き火の前に腰を下ろした。


「ふぅ。これで私の尊厳は守られたわ」


 暖かな火に当たりながら私は現状を整理する。衣食住の全てがひとまず「まあ及第点ね」という状態にまで持ち直したわ。


 現在のサバイバルステータスはこんな感じかしら。


衣:洗濯完了。清潔さは確保(全裸待機中だけど風邪を引かない体質に感謝)。

食:飢餓の不快さはあるけれど、生命活動に支障なし(謎の燃費ゼロ体質)。

住:難攻不落の隠れ家と文明の象徴である火を確立もはやスイートルーム


「これで最低限の生活基盤は整ったわ。もう逃げ惑うだけの絶望的なサバイバル初期のフェーズとはお別れよ!」


 私は火の光の下で手に入れたばかりの小さな安心感を噛み締めたわ。これからは生き残るためだけの守りの段階から攻めの段階へ移行するわ。


 冷静に考えてこの世界は異常よ。森を徘徊する獣たちはやたらと巨大で異様な威圧感があるわ。何より私が持つ死なない体質もそうよ。獣も私も何かが狂っているわ。これらを理解せずして、この世界で安全な未来を築くことはきっと叶わない気がするわ。


 私はパチパチと爆ぜる炎を見つめながら決意を新たにする。ただ生き残るだけじゃ足りない。この美貌に見合うだけの知性で世界の真実を解き明かしてみせるわ。


「次の目標は、この世界の理を丸裸にすることね!」

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適応力高くて草
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