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家族会議

「こんな夜更けにどこへ行くつもり?」


 ビクリと心臓が跳ねる。静かで有無を言わせない声が背後から突き刺さったの。


 恐る恐る振り返ると、ランタンを持ったレヴァンと眠そうに目を擦っているノアが立っている。闇に浮かぶレヴァンの表情は、怒っているようでもあり泣き出しそうでもあったわ。


「……散歩よ。ちょっと夜風に当たりたくて」


 私は精一杯の平静を装って嘘をつく。けれどレヴァンの視線は、私の肩にかかっている大きなバッグに注がれていたわ。


「散歩?そんな荷物で?」

「……最近の流行なのよ」

「嘘をおっしゃい」


 レヴァンが近寄ってくる足取りには迷いがない。彼女は私の目の前まで来ると、はっきりと悲しげに眉を寄せたわ。


「……寝ていたんじゃなかったの?」

「貴方のことよ。何も言わずにどこか遠くへ行ってしまう気がして……眠れるわけないじゃない」


 付き合いは二年くらいになるものね。私は観念して小さくため息をついたわ。もう誤魔化しは効かない。


「ええ、そうよ。出ていくわ」


 私は三角帽子を目深に被り直して、影を落としながら冷淡に告げたわ。


「あいつらのところへ行ってくる。……殺して、今回の慰謝料や店の修繕費を貴女たちに送るわ。証拠なんて残さないから心配しないで。それが済んだら私はこの街を出ていく」

「どうして?お店が壊されたから?直せばいいじゃない。アリスが手伝ってくれるなら、そこまで時間もかからないでしょう?」


 レヴァンとノアは、私が魔法を使えることを知っているわ。小麦粉袋の運搬や掃除に洗濯、ちょっとしたことに魔法を使っているのを日常的に見ている。


 彼女の言う通り、私が魔法を使えば普通に直すよりも格段に早く直せるでしょうね。けれど、今回の問題は直せるかどうかではないわ。


「直しても意味がないのよ。あいつらが生きている限り、私がここに居る限り、きっとまた同じことが起きるわ」


 私が突き放すように言うと小さな影が動いたわ。


「……やだ」


 ノアが私のスカートをギュッと握りしめ、涙でぐしゃぐしゃになった顔で見上げる。


「お姉ちゃんが居なくなるなんてやだぁ!」

「ノア……」

「……あの騎士様たちと何があったのか、アリスが何を背負っているのか。私たちには聞く権利もないの?」


 ノアの頭を撫でようとした私の手が、レヴァンの静かな問いかけに止まったわ。


「私たち家族じゃなかったの?何も教えてもらえないまま勝手に補填だけされて、はいサヨナラなんて……そんなのあんまりよ」


 彼女の声が震えている。それは私にとって一番痛い指摘だったわ。私は彼女たちに謝るつもりで、結局は蚊帳の外に置いて勝手に自己完結しようとしていたのよ。


「……中に入りなさい、アリス」


 レヴァンが私から鞄を奪い取る。


「ミルクでも淹れるわ。……ちゃんと話してちょうだい」

「お姉ちゃん……」


 拒否することはできなかったわ。私は俯いたままレヴァンとノアに連れられて、再び部屋へと戻ったわ。




 温かいミルクの湯気が立ち上る部屋の中、重苦しい沈黙が流れていたけれど私は意を決して話し始める。


「……以前お店で軽食をつまんでいたら、あの金髪と騎士団が通りがかったの」


 この期に及んで私は嘘をついたわ。二人にプレゼントをするためにお金を稼いでいた事情が、今回の惨劇に絡んでいることだけは気づかれたくなかったのよ。


 それ以外は正直に話す。金髪に箒をよこすように言われたこと、私が拒否して譲らなかったこと、その場で殺そうとしたこと、周りの騎士や従士が止めたこと、その報復として今日この店が壊されたことを淡々と話したわ。


「あれは何事もなく終わったと私は思っていたんだけれど、金髪の方は違ったみたい。あいつは逆恨みしてこの店を特定して報復に来たの」


 私は膝の上で拳を握りしめた。


「私のせいなのよ。本当にごめんなさい。結局二人を巻き込む火種になってしまったわ」


 話し終えるとレヴァンは深くため息をついたわ。そして私の手をそっと握る。


「……バカね。貴方は何も悪くないじゃない」

「……」

「自分の持ち物を守っただけでしょう?殺そうとしたのは……ちょっとどうかと思うけれど、結果的には何も悪いことはしていないじゃない」

「お姉ちゃんは悪くないよ!」


 二人の優しさが痛かったわ。肯定してくれるのは嬉しい。でも、それじゃあ現実は変わらないのよ。


「……ありがとう。でもね、私が悪くなくても結果は変わらないの。あいつらは貴族という権力者で、私たちは平民よ。正しいことをしても力がなければ潰される。……それに私がここにいる限りこういうことは何度でも起きるわ」

「……どういうこと?」

「私の存在そのものがトラブルを呼ぶのよ」


 ここまできたら全て話しましょう。


「レヴァン、ノア。……驚かないで聞いて」


 私は一度目を閉じて深呼吸をしてから真実を告げたわ。


「貴女たちは私が魔法を使えることは知っているわよね。……でもそれだけじゃないの。私の魔力量は人間の枠を遥かに超えているわ。本気を出せばこの街を地図から消すことだって簡単よ。……多分、国一つを敵に回しても勝てるだけの力を持っているの」


 静寂が落ちるけれど私は言葉を続ける。


「それに随分と永いこと生きているわ。歳も取らないし死ぬこともない。この姿のまま数百年も生きているの。……貴女たちがお婆ちゃんになっても私は今のままよ」


 私は二人の目を見つめたわ。


「……だから同じ場所にはいられない。普通の人間とは違う時間を生きる私がここに留まれば、いずれ周りが違和感を抱き始めるわ。それに私の強すぎる魔力は蜜と同じなの。私の力は権力者にとっては垂涎たるものでしょうから、今回のように悪意ある人間を引き寄せてしまうかもしれないわ」


 これだけ言えば十分でしょう。さあ、畏怖しなさい。戦慄しなさい。いくらお人好しのレヴァンでも距離を置くはず。ノアも怖がるはずよ。そうすれば私も未練なく出て行けるわ。




 最初に沈黙を破ったのはノアだったわ。


 恐怖に震えるでもなく悲鳴を上げるでもなく、彼女は何故かじっとりとした疑わしそうな顔で私を見つめると、ゆっくりと口を開いたの。


「でもお姉ちゃん、ピーマン残すじゃん」

「……。……?」


 私の思考が停止したわ。ピーマン?今、ピーマンの話をした?


「……ごめんなさい。聞き違えたみたい。もう一度言ってくれる?」


 きっと私の知らない高度な比喩表現なのよ。この世界では「ピーマン残すじゃん」という言葉が、忌避すべき存在や世界の敵といった、重い意味が含まれているに違いないわ。そうでなければ会話が成立しないもの。


「お姉ちゃん、この間の夕食でもピーマン残してたよ?」


 違ったみたいね。紛れもなく緑黄色野菜の話だわ。


「い、いえそれは……苦いし、食感が美しくないから……」

「長生きしてて凄い力を持ってるのにピーマン食べられないの?私でも食べられるよ?」

「うっ……!そ、それは好みの問題で……!」

「あとニンジンも残してたし、キノコが入ってると『ヌルヌルしててナメクジみたい』って泣きそうな顔するよね」


 やめて。その「結局は子供じゃん」っていう視線をやめて。ノアの純粋すぎるツッコミに私の威厳がガラガラと崩れていくわ。さらにレヴァンが呆れたようにため息をついて追撃してきた。


「そうねぇ。数百年生きていて大層な力を持っているにしては……小さな虫が一匹出ただけで『ひぃ!』って悲鳴を上げて私の後ろに隠れるし、ちょっと褒めるとすぐ調子に乗るし……」


 レヴァンが指折り数えながら、私の子供っぽいエピソードを羅列し始めたわ。


「精神年齢は見た目通り……いえ、ノアより幼いくらいなんじゃないかしら」

「っ!?し、失礼な!私は高貴で洗練された大人の女性で……!」


 私が顔を真っ赤にして反論するとレヴァンはふっと優しく笑う。


「はいはい、なんだろうが貴方はうちの手のかかる娘よ」


 彼女は手を伸ばし私の頭を撫でる。恐怖?軽蔑?そんなものは欠片もなかったわ。あるのはいつもの呆れを含んだ温かい慈愛だけ。


「気づいていないとでも思った?長生きしているとまでは知らなかったけれど、成長していないってことも凄い魔法使いだってことも薄々感じていたわ」

「……え?」

「冬の衣替えの時に体のサイズが変わっていないこともそうだったけれど、髪や爪が伸びているところも見たことがないわ。魔法も凄いことを気軽にしているのに、疲れた様子が全然ないんだもの」


 私が呆然としているとレヴァンが抱きしめてくれる。


「貴方が何者かなんてどうでもいいの。貴方が私たちを大切に思ってくれていること、それだけで十分よ」

「うん!お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん。お化けでも何でも大好きだよ!」


 レヴァンの言葉にノアの無邪気な声が重なって、二人の想いが私の心の壁をいとも容易くすり抜けてくる。正体を明かして怖がらせようとしたのに、彼女たちはそんな私の設定なんて軽々と飛び越えて、まるごと受け入れてしまったのよ。


「う……うう……」


 目頭が熱くなって張り詰めていた糸がぷつりと切れる。私は目の前のレヴァンと、しがみついてくるノアをまとめて抱きしめ返して、情けなく鼻をすすったわ。




 ひとしきり泣いた後に表情を引き締める。


「受け入れてくれたことは嬉しいわ。ありがとう。でも、現実は何も変わっていないのよ。私の存在はトラブルを生むわ」

「さっきも言っていたけれど、どういう意味?」

「私のことがバレたら国が動き出すかもしれない。膨大な魔力量や不老不死の秘密を知りたがる、貴族や異端審問官みたいなヤツが来るかもしれない。その時に二人を人質にとるかもしれないわ」


 私が居ることで出てくるかもしれない危険性を伝える。


「……それに肝心のあいつらが生きているもの」


 二人の誕生日を祝い街に出かけて最高に幸せだった時間。それを台無しにするように店の凄惨な惨状をみせられて、泡だて器やケーキをこれみよがしに壊し、レヴァンとノアを恐怖のどん底に叩き落した光景。


 思い出すだけで臓腑が焼けつくような憎しみが蘇ってきて、あいつらを八つ裂きにしたいという渇望に襲われる。


「あいつらを生かしておけば必ずまた来るわ!……殺すしかないのよ。それが一番合理的で確実な解決策なの!」


 大切な家族を守りたいからこそ、害虫は排除しなければならない。


「私がここにいたら、次のあいつらがやって来て、貴方たちまで巻き込んじゃうわ。あいつらを消して私は出ていくから!そうすれば貴方たちは助かるのよ!?」


 私の悲痛な叫びにレヴァンは痛ましげに顔を歪める。彼女も分かっているのよ。今の状況が法や正義ではどうにもならない、理不尽なものであることを。貴族という権力を相手にパン屋の親子が対抗する術なんてないことを。


「アリス……」


 重苦しい沈黙が部屋に降り積もる。手詰まりね。やっぱり私が――。


「ねえ」


 沈黙を破ったのは、またしてもノアだったわ。彼女は私の涙を拭いながら不思議そうに首を傾げていたのよ。


「あいつら、悪いことしたのにパパやママに怒られないのかな?」

「……え?」

「だって私がお店のお皿を割ったらお母さんにすごく怒られるよ?『めっ!』ってされるよ?」


 突拍子もない言葉に私とレヴァンは顔を見合わせたわ。ノアは真剣な顔で続ける。


「あいつらお店壊したし、泡だて器もケーキも壊したし、すっごく悪いことしたじゃん。……あいつらのパパやママはちゃんと、ごめんなさいって言わせないの?」


 子供の素朴な疑問。けれどその言葉は稲妻のように私の脳内を駆け巡ったわ。


 ――あいつらのパパとママ。


 私は思い出す。酒場の時に金髪は「領主の息子である俺が有効活用してやる」と言っていたはず。


 そうよ。あいつは自分の力で威張っていたわけじゃない。貴族という家柄。領主の息子という肩書き。それらを親の威光として借りて好き放題やっていただけよ。周りに居た取り巻きの騎士たちも、領主の管理下である騎士団の一員よね。


 つまり、あいつらの力の源泉はバックにいる父親にある。


「……そうよ」


 私の瞳に光が戻ったわ。冷たい殺意の光じゃない。もっと悪戯的で、もっと強烈な魔女の閃きの光が。


「子供の不始末は親の責任」


 私は呟く。唇の端が自然と吊り上がっていくわ。


「あいつらを消しても騎士団が動くだけ。復讐の連鎖が始まるわ。……でも親を教育すれば?」


 トップダウン。組織の頂点を押さえれば、末端の愚行なんて一言で止められる。権力を笠に着て来るなら、それ以上の権力でトップをねじ伏せてあげる。それが一番手っ取り早くて合理的でしょう?


 要塞都市っていうくらいだから、領主もこの街にいるわよね。それに領主がどれほどの権力を持っているか知らないけれど、私の魔力量や不老不死を探りに来る奴らからの防波堤に出来るかもしれないわ。


「ねえアリス?……なんか顔が怖いわよ?」


 レヴァンが慄いたように言ったのを無視して、彼女の肩をガシッと掴む。


「レヴァン。あの金髪の親はこの街の領主よ」

「……そうなの?それがどうしたの?」

「あいつらを殺すのは一旦保留にするわ」


 私は宣言したわ。


「その代わり――今から領主をここに連れてくるわ」


 レヴァンがポカンと口を開ける。


「連れてくるって……まさか」

「ええ。寝室からよ。必要であればベッドごとね」


 思考が追いついてきたのか、私の言葉にレヴァンの顔色がサァッと青ざめたわ。


「ゆ、誘拐!?それこそ犯罪じゃない!相手は領主様よ!?警備だってきっと厳重だし、そんなことしたら……!」

「大丈夫よ。私を誰だと思ってるの?」


 フンと鼻を鳴らす。魔力感知と風魔法があれば、警備なんてザルも同然。音もなく忍び込んで、風で浮かせて運んでくるなんて朝飯前よ。小麦粉の袋を運ぶのと大差ないわ。


「ただこの惨状と息子の愚行を直視させて、膝を突き合わせて話し合うだけ。……拒否権はないけれどね」


 名付けて、領主強制連行・深夜の保護者呼び出し。


 生半可な沙汰にする気は欠片もないけれど、これならレヴァンも納得してくれるんじゃない?


「どうするの?レヴァン?」


 私は逃げ場を塞ぐように迫る。


「あいつらを今すぐ八つ裂きにするのと、領主を攫ってきて話し合うのと、どっちがいい?」


 究極の二択ね。殺人か誘拐。どちらも犯罪だけれど、倫理的な重さは天と地ほど違うわ(アリスティア社比)。


 レヴァンは頭を抱えて天を仰いでいるわ。パン屋の女将として生きてきた彼女にとって、人生最大の選択に違いないもの。……ごめんね。


 彼女が答えを出そうと葛藤している横で、私は傍にいるノアの方を向く。方針が決まったおかげで、今の私の心は晴れやかそのものよ。レヴァンの結論を待つ間、この愛らしい小動物を愛でるくらいの余裕はあるわ。


「ノア、こっち向いて。髪が乱れているわよ」

「え?ほんと?」

「ええ、じっとしてて。……よし、直ったわ」


 手櫛で整えてあげると、ノアは嬉しそうに私の手に頬を擦り寄せてくる。なんて可愛いのかしら。愛しさが堪えきれずに、柔らかいおでこにチュッと口付ける。


「……ん、くすぐったいってば」

「我慢しなさい。可愛い貴女が悪いのよ」


 ノアが照れくさそうに笑って身をよじらせるのが可愛くて、今度はぷにぷにの頬っぺたにもキスを落とす。正体を知られても変わらない、陽だまりのような温もり。


 背景で母親が人生の岐路に立たされているとは思えないほど、平和で穏やかな時間だわ。


 しばらくの沈黙の後に、レヴァンは深いため息をついてガクリと項垂れる。


「……うっ……八つ裂きはダメよ、絶対ダメ」

「じゃあ?」

「はぁ……もう。分かったわよ」


 彼女は顔を上げて据わった目で私を見る。それは覚悟を決めた母の顔だったわ。


「好きにしなさい。……ただし!」


 彼女は人差し指を私の鼻先に突きつける。


「絶対に誰も殺さないこと。傷つけないこと。それと夜明けまでには帰ってくること。いいわね?」

「……殺しはしないし、すぐに戻るわ」


 私が条件を一つスルーすると「ちょっと!真ん中が抜けてるわよ!」とレヴァンが抗議の声を上げる。それを遮ったのはノアだったわ。


「そうだよね。子供の不始末は親の責任だよね。一度ちゃんと連れてきて教えてあげないとダメだよね」


 ノアが私の言葉を真理のように無邪気な声で繰り返したわ。レヴァンはぎょっとして愛娘を二度見した後、私を睨む。……悪かったわよ。


 窓枠に足をかける。


「行ってくるわ!お茶の準備をして待っててちょうだい」

「いってらっしゃい、お姉ちゃん!」

「気をつけてね、このバカ娘!」


 二人の声援(と罵倒)を背に、私は壊れた窓から夜空へと飛び出したわ。

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