魔力納付
外に出ると街は多くの人で賑わっていた。屋台からは香ばしい匂いが漂って色とりどりの服を着た人々が談笑しながら歩いている。平和そのものの光景。
その中を私たちは爆走していたわ。
「ちょ、ちょっと、レヴァン!痛いわよ!そんなに引っ張ったら華奢で可憐な腕がちぎれちゃうわ!」
彼女は鬼気迫る表情で前だけを見つめて、大股で石畳の道を突き進んでいく。私の抗議なんて彼女の耳には届いていないようだったわ。
歩くスピードは散歩なんて生易しいものじゃない。競歩よ、競歩。パン屋の女将さんってこんなに健脚だったの!?
すれ違う人々が血相を変えた女性と、引きずられる修道女風の美少女(私よ)を見て道を空ける。あちこちからヒソヒソと囁き声が聞こえる。
恥ずかしいわ!これじゃまるで万引きが見つかって連行される不良少女じゃない!私は宇宙一可愛くて高貴な魔女なのよ!?
レヴァンに手を引かれながら、私は冷静に状況を分析しようと試みる。
原因だと思うのは多分、この六角形の元青い石よね。
門番はこれを渡した後「通っていいぞ」という顔をしていたわ。つまり通行証よね?けれど周りに目を向けてみると出歩いている人は、皆が円形の石か六角形の石を首に下げているわ。
通行証だけなら着用しておく必要はないわよね?それに加えて色の変化。正常な青色から不吉な黒色へ。レヴァンのこの反応。
「……あ。これ、もしかして期限切れ?」
思い出してみれば街に入る時に、門番が水晶で私の魔力を吸い取ったわね。あれはただの検査じゃなかったんだわ。魔力を吸わせることで許可を得る。時間が経つと色が変わる。つまり――。
「……定期的に魔力を納めなければいけない、ってこと?」
通行証だけじゃなくって滞在許可証でもあったってこと!?門番のおじさん!聞いてないわよそんなシステム!……いえ、またここに来いって、指を回す動きとかやってた気がするわね。
私が「お金払わなくてラッキー!」としか思っていなかったせいで、完全にスルーしていたんだわ。言語の壁、恐るべしね。
息も絶え絶えに辿り着いたのは、街の中心部にあるひときわ大きく立派な石造りの建物。入り口には兵士が立っていて、多くの人々が出入りしているわ。……役所かしら?
レヴァンは私を引っ張って建物の中へと飛び込んだ。中は広々としたホールになっていて、いくつかの窓口に列ができている。
ここでも円形の石を持つ人と、六角形の石を持つ人の窓口は分かれていたわ。六角形の石――つまり外部者用の窓口には長い列ができている。ただ、彼らの首にかかる六角形の石は青色か黄色をしている。
私のように黒色の石を持っている人間なんて一人もいないのよ。
レヴァンは私の肩を抱くようにして隠して、小さくなりながら列の最後尾に並んだ。彼女の体は小刻みに震えている。
私はようやく事の重大さを理解し始めたわ。この黒色はただの期限切れっていう意味じゃないのね。きっと不法滞在者か犯罪者予備軍を示すような、危険信号なんだわ。
「……『ごめん』、レヴァン」
私は小さく呟いた。彼女に怖い思いをさせてしまっている。レヴァンは私の言葉を聞くと、強張った顔を一瞬だけ緩めて私の頭を優しく撫でてくれた。
「大丈夫■。……■■、大丈夫」
しばらくすると私たちの番が来た。
窓口に座っているのは、分厚い眼鏡をかけた神経質そうな男性職員だったわ。レヴァンが私の服の中から黒い石を引っ張り出す。
「……■■」
職員は私の首にかかった漆黒の石を見ると、露骨に顔をしかめて何かを呟く。レヴァンが慌てて頭を下げて必死に何かを弁明しているわ。多分「この子は言葉が分からなくて」「悪気はなかったんです」と言ってくれてるのよね。
彼はため息をつくと厳しい表情を苦々しげに歪めた後、溜息をついてから手元のベルを短く鳴らした。すぐに奥の扉が開いて槍を持った兵士が二人現れる。彼らは私たちを逃がさないように囲んだわ。
「■■」
職員が短く命じると兵士に促されて、私たちは扉の向こうへ連れて行かれる。私の手を握りしめるレヴァンの手は汗ばんでいて、氷のように冷たかったわ。彼女の顔色は悪く視線は揺れている。
……え、何この空気?私これから何をされるの?鞭打ち?それとも地下牢へ投獄?レヴァンの震えが伝わってきて、さすがの私も不安になってきたわ。
連れてこられたのは窓のない殺風景な小部屋だった。部屋の中央の机の上には街の入り口で見た水晶よりも、一回り大きいサイズの水晶が置かれている。その周りには普通の椅子。
あと……体を固定するためのベルトがついた椅子が一脚……。え?もう逃げたほうがいい?
職員は私をベルトがついた椅子に座らせると、自身も対面の席に座った。兵士たちはドアの前で直立不動の姿勢をとっている。レヴァンは私の椅子の横に立って、私の手を両手で包み込んでくれていたわ。
「■■」
職員が手を差し出すと、レヴァンが震える手で私の首から黒い石を外して渡す。彼はその漆黒の石を卓上の水晶にある窪みに、カチリと嵌め込んだ。
キィィィン……。
水晶が不協和音のような音を立て始めて、下から徐々に赤色に変化していき、半ばくらいで止まったわ。水晶の側面には目盛りが刻まれていて、職員は眼鏡を直して、その水晶を睨みつけるようにじっくりと確認した後、重々しく机を指で叩く。
「■■……■■■、■■■」
彼は水晶の側面にある目盛りを示して、ジェスチャーで私に説明を始めたわ。
指で水晶半ばの赤いラインを示す。自分の腕の血管を指差して、血が抜けていくような仕草をする。レヴァンを指さして、自分の胸を押さえて苦しむ真似をする。私を指さして、苦しんだ後に白目を剥いてパタリと机に突っ伏してみせたわ。
……芸達者ね。
つまり、この水晶の中身が光で満たされて、赤いラインに達するまで魔力を納めなければならない。その量は大人でも苦しむほど。子供から搾り取ると、魔力枯渇で気絶すると言ってるみたい。
そして職員は私が座っている椅子のベルトを指差して、ガチャンと留めるジェスチャーをした。苦痛で暴れないように固定するという意味でしょう。
私は瞬きをしたわ。えっと、つまり……。
「……魔力を、そこまで払えばいいだけ?」
私は拍子抜けして思わずポカンとしたわ。てっきり指を詰められるとか内臓を売られるとか、もっと物理的に痛いことを想像していたのに……。
魔力?私の銀河のように広大な魔力を吸い取るだけ?
なーんだ、驚かさないでよ。私は心の中で安堵の溜息をついたわ。彼らにとっては命懸けの輸血かもしれないけれど、私にとっては献血ですらないわ。普通に魔力を納めるよりも、多めに納めなきゃいけないとは思うけれど、私にとっては誤差よ!
職員がベルトを締めようと手を伸ばしてきたけれど、私は手で制しニッコリと笑って首を振る。私はレヴァンに向かって微笑んでみせた。
「心配しないでレヴァン。私、こういうの得意なの」
レヴァンが息を止めて見守っている様子を横目に見ながら、私は水晶に右手をそっと添えた。くぼみに嵌まった黒い石が、私の魔力を吸い上げるための媒介となっているのが何となく分かるわ。
ブゥン……。
低い共鳴音がして水晶が起動する。門での吸収力とは比べ物にならない、ペナルティ徴収モードみたいな強制的な吸引力が、石を通じて私の手に襲いかかったわ。
普通の人間なら魂ごと引きずり出されるような感覚は、椅子に縛り付けられていなければ悲鳴を上げてのたうち回る激痛なのかもしれないわね。
でも私は最強の魔女アリスティアよ。この程度の吸引力、マッサージにもならないわ。むしろレヴァンが握りしめる私の手の方が痛いわ。……力が強くなってきて本当に痛いのよ。
――キィィィィィ……。
水晶の内部で変化が起きた。私の魔力が注がれるにつれて、光が水晶の下から上がってくる。その光の水位がでコップに水を注ぐように、グングンと上昇し始めた。
「■■ッ!?」
職員が目を見開く。レヴァンが涙に濡れた顔を上げた。本来なら苦悶の表情で少しずつ命を削りながら納めると思う魔力が、スムーズに安定して供給されているからよね。
あっという間に光の水位が赤いラインに到達して、水晶全体が一際強く輝いた。水晶の中は美しい青色の光で満たされて、窪みにあった黒い石も元通りの青色になったわ。
「……■■」
職員が呆然と呟いた。兵士たちも顔を見合わせている。部屋の中は静まり返っていたわ。
あ、まずい。このままじゃ魔力お化けとして正体がバレちゃう!私はただの可憐な迷子の少女でなければならないのよ!
「ふぅ……」
私はわざとらしく肩を落として少しふらつく演技をした。か弱い少女が魔力を吸われて、倒れそうになる瞬間を演出する。完璧な演技力よ。
「アリスティア!」
レヴァンが悲鳴を上げて私を抱き止めた。彼女は職員に向かって「もう十分でしょう!」と抗議しているようね。
職員は呆然と水晶を見ていたわ。通常ならこれだけの量を吸い上げれば、大人でも昏倒するはず。それをこの小さな美少女が、ふらつきはしたものの耐え切ったことに驚愕しているのでしょう。ふふん。
「……■■……■■■」
彼は咳払いを一つして青色になった石を返してくれたわ。でも私はふらつく演技中なので動けない。レヴァンが石を受け取ると、私をお姫様抱っこしたまま逃げるように部屋を出たわ。
役所の外に出ると、レヴァンは大きく息を吐いて私を地面に下ろした。彼女の足はまだ少し震えているわ。そして私の顔を今にも壊れそうなものを扱うように、両手で包み込んで悲痛な眼差しで見つめてきた。
「■■……アリスティア、大丈夫……?」
その瞳から堪えきれなくなった涙がポロポロとこぼれ落ちた。
……あ。私の胸の奥に鋭い痛みが走る。
彼女がどれだけ優しい人か私は知っているわ。見ず知らずの私を家に招き入れ食事を与えてくれて、こうして自分の子供のように必死になって守ろうとしてくれている。そんな彼女に対して私は正体を隠すためという名目で騙し、必要以上に心配させて泣かせているのよ。
「……やめ、やめよ」
私は演技をやめた。ふらつく演技をピタリと止めて背筋をピンと伸ばす。そしてレヴァンの涙を精一杯丁寧に拭った。
「泣かないでレヴァン。私は平気よ」
私は彼女の手を離すと、その場で軽くステップを踏んでクルッと一回転してみせた。黒のワンピースの裾がふわりと広がる。そして両腕で力こぶを作るポーズ(筋肉はないけれど気持ちはマッスルよ)をして、ニカッと笑った。
「見ての通り!私とーっても元気!魔力なんて有り余ってるんだから!」
言葉は通じないかもしれない。でも私の動きと表情に込めた「大丈夫」というメッセージは、言葉の壁を超えると信じているわ。
「……アリスティア?」
レヴァンが目を丸くしてキョトンとしている。私はダメ押しとばかりにその場できびきびと、ラジオ体操の屈伸運動をして見せた。ほら顔色も良いでしょう?貧血なんて微塵もないわ。
「『私、強い』。……『大丈夫』!」
私が知っている限りの単語を繋げて胸を張って言い切る。レヴァンは呆気に取られたように私を見つめていたけれど、やがて表情が和らぎ深い安堵のため息をついた。そして泣き笑いのような顔で私を強く、本当に強く抱きしめた。
「■■……!■■■、アリスティア……!」
苦しいくらいの抱擁。でもその温かさは心地よかったわ。私は彼女の背中に手を回してポンポンと慰めるように叩いた。
「ごめんね、心配かけて。……ありがとう」
嘘をついてごめんなさい。守ろうとしてくれてありがとう。ひとしきり抱き合った後、私たちは顔を見合わせて笑った。もう重苦しい空気はないわ。
「さあ、帰りましょうレヴァン!家に置いてきた小さな天使がきっとふくれて待っているわ!」
私は家の方角を指差した。レヴァンもハッとしたように頷く。
「■■!ノア!」
私たちは来たときよりもずっと軽い足取りで家へと急いだ。
パン屋のドアを開けると、リビングの真ん中でノアが膝を抱えて座っていたわ。私たちが飛び込んでくると、彼女はパッと顔を上げて不安そうに私たちを見る。
「お母さん……?アリスティア……?」
置いていかれたことへの寂しさと、レヴァンの剣幕に対する不安で今にも泣き出しそうだったわ。私は靴を脱ぎ捨てる勢いで駆け寄って、ノアの小さな体をギュッと抱きしめた。
「ごめんね、ノア!不安な思いをさせて!」
「アリスティア……!」
ノアが私の服を掴んで泣き出した。レヴァンも駆け寄ってきて私たち二人をまとめて抱きしめる。
「■大丈夫■、ノア。ごめん■」
レヴァンが優しくノアに言い聞かせる。
しばらくしてノアが泣き止むと、私はバッグからハンカチを取り出して彼女の顔を拭いた。
「さあ、涙は拭いて!仕切り直しよ!今日はお出かけの日なんでしょう?」
私が玄関の方を指差して手招きをする。ノアが赤くなった目をパチパチさせて嬉しそうに笑ったわ。
「■■!」
今回の一件は肝が冷えたけれど、結果としてレヴァンとの距離が縮まった気がするわ。ただの居候と家主じゃなくて、本当の家族みたいに心配してくれた。
「……これからは魔力の納付期限のことだけはしっかり管理しないとね」
私は胸元の青い石を握りしめた。平穏な休日を守るため、大切な人たちを泣かせないために。最強の魔女アリスティア、社会のルールを学ぶことをここに誓うわ。




