下僕との交流
キュルルルル……ゴロゴロ……。
私の腹部から宇宙一可愛い美少女には似つかわしくない、地獄の釜の蓋が開くような不穏な音が響き渡った。
「うぅ…。文明の味には代償が伴うというの…?」
私の誇る不老不死の肉体は毒でも翌日には治ると思っていたけれど、どうやら違うということが身をもって判明したわ。お腹を下すという生理現象までは無効化してくれないらしいのよ。内臓がジェットコースターのように活発に運動会を開催している不快感が私を苦しめていたわ。
小屋の中はシンと静まり返っている。昨日まで感じていた高揚感はどこへやら。たった一人腹痛と戦うこの侘しさ。
「……下僕たちは何してるのかしら」
私はよろりと立ち上がり窓から外を覗いた。すると窓枠いっぱいに巨大な眼球がヌッと現れた。
「わひっ!?」
思わず美少女にあるまじき変な声が出てしまったわ。
窓の外にいたのはテディだった。彼はガラス越しにジッと私を観察してきた。その目は「こいつ、死んだか?」と値踏みする、野生動物特有の冷徹な光を宿しているわ。
少し離れたところではガウルが退屈そうに欠伸をしつつ、いつでも森へ逃げ込めるような位置取りでこちらを伺っていた。
そうだったわね。彼らは私に忠誠を誓っているわけじゃない。私の圧倒的な魔力に屈服しただけの、野生の魔獣たちなのよ。
主が弱ったと見れば、即座に寝首をかきに来る。そんなヒリついた緊張感が、腹痛と共に私の気を引き締めたわ。
……お腹痛いけど、ナメられるわけにはいかないわ。
「ふん。いい度胸ね。この可憐な私を覗き見ようなんて」
私は腹部に力を込め、努めて尊大な態度で小屋の扉を開け放ったわ。
ムワッ。
扉を開けた瞬間、森の澄んだ空気とは異なる強烈な異臭が鼻をついた。腐葉土と乾いた血と獣の脂が混じり合ったような野生の匂い。風上にいる彼らから漂ってきている。獣臭だわ。
「っぷ……っ、くっさ!」
私は鼻をつまんで後ずさった。小屋の中にいたときは気づかなかったけれど、彼らはお風呂に入っていない野生児なのよ。清潔で高貴な私の下僕としては致命的な欠点だわ。
「あなたたち!ちょっとこっちに来なさい!」
私が手招きするとテディとガウルはビクリと肩を震わせた。彼らは顔を見合わせて「行ったら殺されるんじゃないか?」「でも行かないともっと酷い目に遭うぞ」という無言の会話を交わした後、恐る恐る、本当に嫌そうに足を引きずりながら近づいてきた。
ズシン、ズシン。
近づくにつれて巨大さが改めて浮き彫りになる。彼らが一歩動くだけで地面が揺れる。
「………近寄ると、余計に臭いわね」
私の言葉にガウルが「グルル」と低く唸った。あ、今「うるせえ」って言ったわね?完全に反抗期ね。信頼関係なんて欠片もないわ。
でもここで引くわけにはいかないわ。私は宇宙一可愛い女王で、彼らはその下僕なのよ。
「総員、回れ右!行き先は川よ!」
小屋の近くを流れる川辺。そこが処刑場……、間違えた、洗浄会場となったわ。
「入りなさい」
下僕ズは川を前にして明らかに拒絶反応を示していた。テディは後ずさりしてガウルは全身の毛を逆立てて威嚇している。無理もないわ。野生動物にとって水に濡れて体温を奪われることは死に直結するリスクがあるし、無防備な姿を晒すことは恐怖だものね。
私が川を指差しても彼らは動かない。テディに至っては私の視線を避けて、聞こえないふりを決め込んでいる。
「……言葉で言っても分からないなら、実力行使よ」
私はため息をついて魔法を行使した。土魔法で下僕ズの四肢を拘束して、身動きが取れないように固定する。
「ガウッ!?グオオオオッ!!」
二匹の悲鳴が森に響く。仕方ないじゃない、あなたたちが大きすぎて、私の手には負えないのよ。大人しく洗われなさい!
「洗浄開始!」
私は火魔法と水魔法で巨大な水球を作り出した。冷水だと風邪を引くかもしれないし、何より汚れ落ちが悪い。
バシャアアアアン!!
巨大な温水の塊が下僕ズを直撃する。水に濡れた彼らはさらに暴れようとしたけれど、私の魔法はびくともしない。諦めなさい。これが絶対的な力の差なのよ。
続けて高速回転する高圧洗浄の渦を作り出した。
キュイイイイン!!
水流がテディの分厚い毛皮の奥に入り込み、こびりついた泥や虫の死骸を弾き飛ばしていく。ガウルの白い毛皮からも、びっくりするくらい黒い汁が流れ出していった。
「うわぁ、想像以上に汚かったわね……」
彼らの目には恐怖が浮かんでいた。そりゃそうよね。拘束されて得体の知れない魔法で全身を弄り回されているんだもの。「喰われる前の下処理か!?」と思っているかもしれないわ。
一通りの洗浄が終わると私は彼らを解放した。二匹は川辺に倒れ込んでゼェゼェと息を荒げている。完全に心が折れているわね。
「仕上げよ。風邪を引かないように乾かしてあげる」
最後に火魔法と風魔法で温風を作って、彼らの濡れた体を包み込んだ。温かい風が水分を飛ばして毛の一本一本を立ち上げていく。
しばらくすると、そこには信じられないほどフワッフワになった二体の巨獣がいた。テディは高級な黒曜石のような艶を放ち、ガウルは新雪のように輝く白銀の毛並みを取り戻していたわ。
「……あら」
私は思わず息を飲んだ。綺麗じゃない。単純に生物としての美しさに圧倒された。薄汚れていたときは分からなかったけれど、彼らは森の強者にふさわしい気高い容姿をしていたのね。
「悪くないじゃない」
私は無意識に手を伸ばして、一番近くにいたテディの前足に触れようとしたら、ビクッとしてテディが過剰に反応して身を引いた。その目には明確な怯えの色があった。ガウルも喉を鳴らして、私を警戒して距離を取っている。
……そうよね。いきなり拘束して洗い流したんだもの。感謝されるどころか、より一層、ヤバい奴認定されただけだわ。
私の手は行き場を失って空中で虚しく止まってしまった。自然な動作を装って引っ込め、自分の髪をかき上げるふりをする。
「ふん。…別に、触りたかったわけじゃないわよ。汚れが落ちたか確認しようとしただけ」
私は強がって腕を組み彼らに背を向けた。少し寂しいけれどこれが今の私たちの距離感よ。
大洗浄会を終えて私の腹の虫がまた鳴いた。今度は下す音じゃなくて空腹の音よ。
「お腹が空いたわね。テディ、ガウル。あなたたち狩りをしてきなさい」
お腹をさすりながら森を指さして私が命令すると、下僕ズは「ここから離れられる!」とばかりに脱兎のごとく森へ飛び出していった。
「……そんなに私のそばが嫌なのかしらね」
少し凹みながら待つことしばし。地響きと共に彼らが戻ってきた。
ドサッ……グチャッ。
「うぇ」
私の足元に投げ出されたのは、内臓がはみ出した巨大なトカゲの死骸と、首をへし折られた怪鳥だった。まだピクピクと痙攣している。鮮血が地面を染めて鉄の臭いが漂ってきたわ。
「グルッ」
「ガウッ」
下僕ズが鼻先でトカゲを押し付けてきた。彼らの口元も血で汚れている。どうやら自分たちの分は既に食べてきたらしいわね。これは私への貢物かあるいは「これでも食って機嫌を直せ」という賄賂なのかしら。
「あ、ありがたいけれど、野蛮すぎるわ!」
引きつった笑顔で一歩下がった。彼らにとってのご馳走は、私にとってのグロテスクでしかないもの。私はトカゲの死骸から、比較的綺麗な尻尾の肉を魔法で切り出した。
「いい?文明人は生では食べないの。火を通すわよ。よく見てなさい」
私は風魔法で肉片を空中に浮かせた。繊細に調整した火魔法を放ち、肉の周囲を包み込む。
ジューッ……。
香ばしい匂いが漂い始めると二匹の態度が変わった。鼻をヒクつかせて、満腹だと思うのに興味深そうに首を伸ばしてくる。野生動物は火を怖がるはずじゃないの?食欲が恐怖を凌駕しているわね。
「味見してみる?」
私は焼き上がった肉の一切れを放り投げた。ガウルが空中でそれをキャッチして一瞬で飲み込む。
「……!」
ガウルの目が大きく見開かれた。「もっとよこせ」とばかりに尻尾を振り始めた。テディも割り込んでくる。
「ふふん。焼いたお肉の美味しさに気づいたようね」
私は残りの肉を彼らに分け与えて自分も小さな一片を口にした。塩味すらない素焼きの肉。でも温かい食事は心に染みるわ。彼らもまた私の作った料理を夢中で食べている。
「餌付け一つでここまでとはね。……最初からこうしておけば良かったわ」
信頼関係なんて高尚なものはまだない。でも「こいつのそばにいれば美味いものが食える」という利害の一致は生まれたようね。男も魔獣も胃袋を掴めばこっちのものだわ。
「これでいいのよ。時間なんていくらでもあるわ」




