Prologue dear you who woke from a wonder
そろそろ目を醒ましてみたらどうだろう。
夢から現へ。幽玄なる孤島の霧は晴れた。
幕開けは今から。終わりはない。
Prologue dear you who woke from a wonder
暗闇の中のまどろみに、何か長い夢を見ていた気がする。重い目蓋の奥では、まだ御伽噺のような夢の欠片が転がっているようだ。明確に掴むことはできないが、夢の残滓は確かにそこにある。
ゆっくりと、目蓋を持ち上げる。からからに渇いた喉で、搾り出すように呼びかけた。
「……パパ」
「なんだい、ロリータ」
耳を打つ優しいテノールに、ドローレスはほっと息をついた。何故か、とても懐かしい気がする。まるで長い間会っていなかったかのようだ。
「パパは、私のことが好き?」
「もちろんだよ、ロリータ。愛してる」
彼の囁いた言葉はその熱っぽさを反比例して、酷く空虚に聞こえた。空っぽの愛の中に、ドローレスは潮の香りを感じた。彼の想いの源は、消えず確かにそこにあるのだろう。
「ねえ、パパ」
だからこの想いは、きっと嫉妬なのだろう。愛する母を父に取られ、慕う父を少女に取られた苛立ち。その想いの積み重ねが、長い長い不思議な夢を見せた。
けれどもう夢は醒めたのだ。積み重ねた想いは、夢の中で解けて消えてしまった。淡い淡い蝶の夢は、途切れて現実へと帰ってきた。
少女の想いは、儚く無残に終わったのだ。
彼女の夢は、散り散りに終わったのだ。
「家に、帰りましょう」
その言葉に、彼は一瞬体を強張らせた。この夢のような旅の終わりを告げる言葉。抱きしめる力が強くなり、鈍く痛みを感じた。彼はまだ、夢を見ていたいのだろう。
たとえ母が居なくても、おぞましい思い出に溢れていても、ドローレスが帰るのはあの家だけだ。そこにはきっと、ドローレスの望んだものはないだろう。夢にまで見た家族はもう二度と手に入らないのだ。けれど。
ドローレスはまっすぐに父を見上げ、ゆっくりと微笑んだ。
愛すべき現実は、そこにある。
タイトルは『不思議から醒めた君へ』
絵本の最初とかに載っている、アレをイメージしました。
これにて、『不思議の国のドローレス』は完結です。