話
炎嘉は、また龍の宮へと戻った。
維心はむっつりと、炎嘉が先ほどここを出て行った時のまま居間に座っていたが、言った。
「…どうであった?」
炎嘉は、適当に座って、言った。
「話して参った。十六夜とは話せなんだが、碧黎とは話せた。あれが十六夜を説得してくれるそうな。とにかくは主、おとなしゅうしておれ。あちらも言いたいのに言えぬのだとイライラしておって、こちらが気を遣うほどだったわ。とりあえず、十六夜とは仲直りして、共に何とかすることを考えるのだ。このまま月といがみ合っていても良いことなどないぞ。維月は恐らくホトボリ覚めたら碧黎が送って来るだろう。とにかくは、我らは我らのやり方で神世を平穏に収める努力をするしかない。今は序列の件で騒いでおるし、陸の宮一つの事にかまけてられぬのだ。何やら塔矢が話があるようだったし、我もあれらの世話に戻らねば。志心には銀令の様子を見てもらっておるが、そちらの進捗も聞いて来ようと思うておる。主は、大局を見て陸の宮の事は一旦我に任せぬか。あの辺りには我が責任を持つ。何かあったら申すゆえ。主は心を落ち着けることを考えよ。今は、主はとにかく子供なのだ。」
言われて、維心は下を向いた。
子供、と言われて、自覚があるだけに言い返す言葉もなかったのだろう。
維心は、ため息をついた。
「…分かった。主にばかり押し付けるようであるが、我にはどうもあの辺りのことにはイライラと、そうではない、という気持ちが湧いてならぬのよ。主がそう申してくれるのなら、あの辺りは主に任せてしばらく見ないでおく。義心はどうする?あれは使えるが、主は嘉張では宮の中まで偵察に行けぬと言うておったよな。」
炎嘉は、確かに、とため息をついた。
「まあそうなのだが。十六夜に話をつけてくれると碧黎が申すし、義心は必要ない。逐一主には知らせるようにするゆえ、案じるでない。それよりは、覚達の様子を見てもらおう。あちらは二番目の宮であるから問題無かろうと放置しておるが、果たして誠にそうなのか、我らはまだ知らぬだろう。下位の奴らは我に任せよ。元より、我は下位の奴らとは親交があるゆえ、話も早いからの。」
維心は、炎嘉に感謝の視線を向けた。
「面倒を押し付けるが頼む。我はどうも体が変わってからおかしくてな。細かい事に敏感で、変に気取ってそれが些細なことなのか何なのか、それすら判断が付かぬ時がある。義心には、二番目の宮の奴らを見張らせよう。後は頼んだ。」
炎嘉は、維心が自分に全幅の信頼を寄せているのをそれで知った。
そんな維心に知った事を黙っているのも気詰まりだったが、言ってしまった方が維心の性格では気になって眠れない事にもなるだろうし、これで良いのだと己を律した。
そして、立ち上がった。
「では、志心の所に寄って銀令のことを聞いて帰るわ。また連絡する。」
維心は、頷いた。
「ではの、炎嘉。」
炎嘉は、自分は補佐の役割だったのではなかったかと、こんなことを抱え込まされて、早く志心にも、話してしまいたいとそこを飛び立ったのだった。
翠明はといえば、覚達二番目の宮から多くの傘下の治め方の相談を何度も受けて、実は大変に忙しくしていた。
維心達は知らなかったが、正月からこっち、あれらは面識を持ったのを良いことに、妃を連れて宮に来ては、綾に任せて宮の回し方などの指南をさせ、こちらはこちらで翠明が、傘下の回し方を指南していた。
そんなわけなので、新しく加わる宮の王達は翠明と気安くなり、綾は綾で妃達とそれは仲良くやっていた。
同じ格の中の上下関係なので、元よりそこまで敷居が高いわけでもないのだ。
翠明も、同じ二番目の宮の王には変わりないからだ。
特にそんなことも最上位の王達に知らせる必要もないかと思っていたのだが、志心が気取って何度も連絡して来ていて、翠明は志心には、あれこれ話だけはしてあった。
志心はと言えば、箔炎が面倒を嫌うので、同じように宮が近い志心が、銀令のことは、面倒を見ていた。
基本的に旭に教わって来るので面倒はないのだが、たまに志心にも問い合わせて来る。
なかなかに、下位とは思えない品格に育って来ていて、さすがに若い王だなと感心もしていた。
そんな時に、炎嘉がいきなりやって来た。
いつもなら先触れもあるのに、今回はそれもなく、嘉張一人を連れて宮へと降り立った。
志心は、急いで迎えに出て、言った。
「どうしたのだ、炎嘉。ここまで来るなど珍しいの。どうせ会合で会うのに。」
炎嘉は、頷いた。
「どうしても話しておかねばならぬ事ができての。主にしか話せぬで。」
志心は、炎嘉が何やら疲れているのを見て取った。
気疲れのようだったので、何かあったのかと頷いた。
「良い、居間へ参ろうぞ。」
そうして、歩きだした。
炎嘉は、志心と並んで歩きながら言った。
「誠に…こんな時には主が生きておって良かったと思うわ。箔炎は面倒を嫌うし焔はアレだし駿は未熟だし高彰は己の宮でそれどころではないし維心は子供だし。」
志心は、確かにそうだがそんな面倒が今あっただろうかと眉を寄せた。
「何がぞ?主の言う通りだが皆、それでも何とかやっておる。面倒とて、陸の宮ぐらいではないか?それも、あれは皇子が二人もおるし、今倒れても何とかしよう。」
炎嘉は、むっつりと志心を見た。
「…維心が十六夜と仲違いしての。十六夜が月は勝手にやるとか申して大騒ぎだったのだ。我が月の宮に談判に行って、それは碧黎が何とかしてくれるらしいが、問題はそれだけではなくてな。」
志心は、目を丸くした。
月と仲違い?
「ちょっと待て、月と龍が仲違いしたら神世は大荒れになろうが。碧黎が出てくるとは余程ではないのか。」
炎嘉は、頷いた。
「そうよ。我だって普通の神であるのに、誠に面倒を押し付けられてしもうて。主にしか言えぬでここへ来た。此度は維心には、そんなわけで言えぬのだ。」
これは、ただ事ではない。
志心は思って、部屋に入ると同時に神払いをした。
侍女達の気配が去った後、志心は炎嘉が座るのを待って、言った。
「…それで?何事ぞ。我とて買い被らずでいて欲しいと先に申しておく。我とて普通の神ぞ。」
炎嘉は、頷いた。
「分かっておる。だが、手が必要なのだ。順を追って話す。とにかく聞いてくれ。」
志心は頷いたが、聞かない方が良いのではないか、と内心思っていた。
何しろ、知ってしまうと嫌でも関わるしかないからだ。
それでも、炎嘉が自分にしかという気持ちも分かる。
何しろ他は、炎嘉が言った通りいろいろ問題があって、志心だって維心がダメなら炎嘉ぐらいしか相談できる相手が居ないからだった。
炎嘉の気持ちも汲まねばと、志心は構えたが、まず炎嘉が話したのは、銀令のことだった。
「先に別の懸念がないか聞いておきたいのだが、銀令はどうか?」
志心は拍子抜けしながらも、答えた。
「あれは基本的に旭が面倒を見ておるから、全く問題ない。驚く速さで宮を立て直しておる。ふらりと立ち寄る事もあるが、いつなりきっちりしておるわ。あやつはもう、陸のような事はなかろうし問題ないぞ。それに、覚達も。主らは知らぬだろうが翠明が面倒を見ておって、妃達の教育までしっかりしておる。綾が居るからな。ゆえ、こちらの地には何も懸念はないのよ。問題は、ここから東ぞ。陸が落ち着かぬし、何やら不穏な気は相変わらずであるな。義心が見張っておるから、何かあっても大丈夫だろうと放って置いたがの。」
炎嘉は、むっつりと頷いた。
「それよ。」
志心は、眉を寄せた。
「どれぞ?」
炎嘉は、続けた。
「その、陸の宮の外の不穏な気配。」と、ため息をついた。「話そう。まずは維心が気取って義心が調べて来た事からが事の始まりぞ。」
やはり何かあったか。
志心が固唾を飲む中、炎嘉は話し始めた。




