打ち明け話
蒼は、炎嘉に言った。
「…炎嘉様、実は、迅と涼夏が、前世の記憶を持っておって。」炎嘉は、目を丸くする。蒼は続けた。「それが、前世は人であったのです。あの二人は、同じ時に死んだ者同士で、我らのこの世界を、小説という物語の本で見て知っておったと。それが、何の事だか分からなかったのですが、どうやら碧黎様に聞いたところによると、人にはそういう能力をもっている者が時に居るのだとか。つまりは、それと知らずに己が作り出した話だと思いながら、頭に浮かんだまま物語を書いているようで、実は実際に起こっている事を、書き綴っている詠み人という能力を持つ者がいるのだと。」
炎嘉は、目を丸くしたまま、じっと蒼の話を聞いている。
蒼は、続けた。
「それで…たまたまその、詠み人が書いておった物語を、前世の迅と涼夏が読んでおって、長く続いておったようで…あれらが死んだのは数百年前なのですが、その時点での未来である、つい最近の、去年の正月までは、読んでいたそうです。そこで、二人共事故にあって死んだので、そこから先も続いておったのに、読んでおらぬのだとか。まるでそれを待っていたかのように、二人はほぼ同時に記憶を戻して、ここが自分達が読んでいた、物語の中なのだと知ったと申しておりました。つまりは…今の時点での、過去の事しか、あれらは知りませぬ。ですが、我らの事をそれは詳細に知っており、オレは、それが嘘ではないのだと知りました。」
炎嘉は、じっとそれを聞いていたが、言った。
「…過去を知る者。つまり、迅と涼夏がそうか?」
蒼は、頷いた。
「はい。あれらは、確かに過去を知っております。全て。」
炎嘉は、怪訝な顔をした。
「全て?…どういう事ぞ。」
蒼は、信じられないだろうな、と思いながら、言った。
「その…オレ達が神世に来る前の事から、神世に来た経緯、これまで起こった事の詳細や、オレ達の個人的な事まで、全部です。碧黎様でさえ、あれらと話すのは気が進まないと仰います。何しろ、全てを読んで知っておるからです。こちらの事情まで、全てなんです。それこそ、維心様が亡くなって、維斗の子として秘かに転生し直している事も知っております。全て読んだらしくて…去年の正月の、双六の勝者が箔炎様であることまで知っておるのですよ。」
炎嘉は、愕然とした。
そんな細かい所まで知っているということは、こちらの弱みも強みも全てが頭にあるということだ。
仮に迅と涼夏がそれを利用しようとしていなくても、それが頭にあると誰かが知れば、たちどころに狙われてしまう。
炎嘉達上位の王から見て僅な気しかない二人なのに、あっさりと拐われて記憶の玉でも取られたら、一貫の終わりだ。
炎嘉は、知らなかった事とはいえ、身震いした。
「碧黎がここから出すなと言うはずよ。」炎嘉は、言った。「そんなものが外をうろうろしておるなど、恐ろしゅうてならぬわ。よう誰にも知られぬでおったの。運が良かった。が…それをそのままにはできぬな。陸が倒れて宮へ帰る必要があるのではないのか、迅は。」
蒼は、頷いた。
「はい。迅も、分かっていたのでこちらでじっとしておりましたし、何としても、王座を蹴ってでもこちらに残る事を選んでおったのに…どうやら、流れはそれを許さず。戻らざるを得ない様子になっております。」
炎嘉は、頷いた。
「ならば我が記憶の玉を取ろうぞ。結局は記憶がなければ問題あるまい。その、物語の部分だけ完全に取り去ろう。さすれば何をしても問題ない。」
そう言うだろうと思った。
蒼は、悲しげに首を振った。
「ですがそれをすると、あれらの関係性も崩れ、迅は未来を知る者に対して対抗する術がなくなります。炎嘉様、恐らくですが、未来を知る者はその物語の先を読んでおるものなのですよ。それは、どうやら神世が筋の通りに動いて、それを利用して何かをやろうと思うておる様子。迅はそれに抗おうとしております。記憶がなくなればそれもできない。迅自身、記憶がなければ嬉々として宮へ戻り、王座につこうとするだろうと。それが筋だろうと思うからこそ、王座に興味が無いと言ってこちらに残っておるのですから。それを避けたいからこそ、我らは黙っていたし、維心様にも言えなかったんです。」
確かに維心なら、自分と同じように考えて、さっさと記憶を取ってしまっただろう。
蒼が何を言おうと、それが神世にとって脅威なのは変わり無い。
炎嘉も、そんなものはさっさと消してしまいたいと思うが、その筋がどうなっているのか、良い未来なのか悪い未来なのか知らずに進めて良いものか判断が付かなかった。
維心のように、何が起きても何とかするとは、炎嘉には安易に言えなかった。
維心は最悪全て消したら良いのだと割り切っているが、炎嘉にはそこまであっさり神を消す決断はできなかった。
だからこそ、碧黎は炎嘉にならと言ったのだろう。
炎嘉は、ため息をついて額に手を置いた。
「…困ったことに。確かに主らが危惧する通り、維心はこれを知れば、迅と涼夏をそのままにはしないだろう。消すなと言うても消す。それが神世の平穏に繋がるからぞ。後に何が起こっても処理する能力があれにはある。それが例え、大勢にとって嬉しくない事であろうとも、世の平穏が何より一番であるから。我とて…このままそうかと放置はできぬ。その上迅があちらに帰るなど、恐ろしいわ。どうあっても記憶だけは持ち帰らせるわけにはいかぬと考える。だが、それをしたら後に流れに逆らう輩に対抗する手段が無うなるのだろう?」
蒼は、頷いた。
「はい。なのでオレではどうしようもなくて。ずっと相談したいと思っていました。碧黎様が、維心様には知られてはならないと仰るから…。」
炎嘉は、途方にくれた。
こんなことなら聞かぬ方が良かったとも思うが、だからといって誰かが知らねば確かに事は蒼の手には大きくなりすぎていた。
「…維心には言わぬ。」炎嘉は、言った。「仕方がない。とにかくは、十六夜にはもう一度維心と話し合うよう申せ。お互いに子供だったのだ。ここは、明かせぬ情報があろうとも、仲違いしておる場合ではない。月と龍は協力関係でなければならぬ。維心は我が説得する。ゆえ、十六夜は主らがやれ。碧黎、己の子なのだからそこは何とかせよ。わかったの。」
碧黎は、頷いた。
「あれの事は任せよ。して?どうするつもりよ。」
炎嘉は、立ち上がった。
「分からぬ。」と、扉へ足を向けた。「だが、我がやるより無かろう?我には義心ほど優秀な部下は居らぬから、主らが我に情報をもたらすがよい。維心には、我が責任を持って何とかするゆえおとなしゅうしておれと言って聞かせる。手が要る…志心。志心に言うても良いか?あれなら我の助けになる。焔は直情的だし箔炎は面倒を嫌うし、駿は未熟だし翠明は力が足りぬ。志心がちょうど良い。高彰はまだ己の宮で必死だからの。」
碧黎は、頷いた。
「ならばそうせよ。主が思うようにやれ。此度ばかりは維心の優秀さが恨めしいわ。あれは気取るぞ。気を付けよ。」
炎嘉は、歩き出しながら苦笑した。
「義心が居るからな。そこも問題ない。あれも志心が本気で隠して探ることなどできぬわ。迅を返すのはしばらく待て。病だとか何とか理由をつけて良いというまで先伸ばしにするのだ。分かったの。」
そうして、炎嘉はそこを出て行った。
もう、炎嘉に期待するよりなかったが、蒼は一気に肩の荷が降りた気持ちになっていた。




