説得
炎嘉は、突然に月の宮を訪れた。
蒼相手なので、先触れ無しでも大丈夫だと思ったのだが、しばらく待たされた後、やっと結界内へと入れてもらえた。
よく考えたら結界は十六夜が張っているので、十六夜がごねたら炎嘉も中には入れてはもらえないのだ。
炎嘉が、一人で到着口へと降り立つと、蒼が出て来て、言った。
「炎嘉様。すみません、十六夜がうるさくて。でも、オレが王なんだから話しぐらいさせろって言ったら、やっと通しました。」
やっぱりそうか。
炎嘉は、ため息をついた。
「すまぬの、蒼よ。維心は今、子供であるからな。十六夜も、子供相手に何をむきになっておるのだ。とりあえず、無理な事はせずにと申してこちらへ来た。我が良いと言わねば、あれは今何もせぬよ。」
蒼は、頷く。
「はい。炎嘉様でなければ、維心様を押さえるのは無理ですものね。どうぞ、こちらへ。」
蒼は、炎嘉を連れて奥の居間へと歩いた。
炎嘉は、その後をついて、宮の奥へと入って行った。
蒼は、居間へと入って行って、炎嘉に椅子を進めると、言った。
「維心様は、神世の大事に関わるのなら何もしないでおれないと仰ったようですね。なので、オレからは炎嘉様にも何も言えぬのですよ。」
炎嘉は、頷く。
「分かっておる。何やら過去を知る者と、未来を知る物がどうのという話になっておるようぞ。我としては、過去はもうこの際良いから、未来を知る者というのが気に掛かる。これから先の事であるから、もう終わったことは良いとして、これからおかしなことを、面倒と合わせて謀って来られたらと案じるのだ。とはいえ、維心も焦っておるのよ。ここへ来る前に話して来たが、あれ自身も抗えぬ何かが心に引っ掛かっていて、陸が病に倒れるのも、知っておったように思う、と言い出してな。つまりは、これが予定調和であったような気がするらしい。特に驚く事もないようぞ。つまり、これが正しい流れであり、自分は世の流れを正しくするのが責務であるからそうするが…というような話ぞ。ただ、正しいとは何にとって正しいのか、自分が正しくしようとするのを十六夜が否と申すなら、地を平らかにとあれを作った碧黎の意思に逆らう事になるだろうに、碧黎自身もこれに加担しておるような動きがある。なので、我らとしては混乱しておるのよ。何も話してくれぬので、どういう事なのか分からぬ。分からぬのだから、知り得た情報から出来る事をするしかない。維心が言うのは、そういう事であって、主らと対抗しようとか、そういった事ではないのだ。」
蒼は、何度も頷いた。
「オレは分かってるんですよ。でも、十六夜が何だかへそ曲げちゃって。炎嘉様、詳しく言えないのですが、大きな流れは決まっておるのです。全てに対して、何をどうやっても決まった流れは変えられませぬ。でも、小さなことなら変えられます。大きな流れは変わらないまま、その中の支流は変えられるということで。でも、支流だって大きな流れに流されて、元の流れに戻ろうとします。やはり違う流れにしようとしたら、いくら支流でも大きな抵抗があります。維心様は、大きな流れを感じ取って、それに乗って行かれます。それが、恐らく世の平穏という流れであるだろうからですが。ですが、その平穏の中で様々な流れが起きていて、そのうちの一つが、オレ達から見てあまり嬉しくない事なので、変えたいと願っておるのですよ。世の中を乱そうとか、考えているわけじゃないんです。でも、維心様には、自分に逆らう十六夜は、平穏を乱す輩に見えるのでしょうけれど。」
炎嘉は、じっと黙ってそれを聞いていたが、ため息をついた。
「…そうか。つまりは、何か…今の流れを見て居ると、陸の宮であるな。陸の宮を中心に、嫌な動きが起ころうとしておって、それを何とかしようとしておるのではないか?それは決まっておった流れであるが、主らとしてはそれを穏便に済ませたい。そんなところでは?」
蒼は、頷いた。
「はい。その通りです。碧黎様が仰っていたのですけれど、陸の宮ぐらいがどうなろうと神世の平穏がどうの、関係ないだろうと言うのです。それは、一時は影響があるでしょうけど、存在してもしなくても、そこまで神世の存続に影響はない、と碧黎様は仰います。オレもそう思います。なので、面倒は起こらないようにしたいと考えています。炎嘉様、その、定満の宮の軍神とか、十六夜は攫って来るって言ってましたけど、それで大丈夫でしょうか。後々面倒なんじゃ。」
炎嘉は、それにはさすがに顔をしかめた。
「攫うのはまずいの。月がそうしたと知られずに、さっさと連れて来てさっさと記憶の玉を取って元へ戻して来たらバレずに済むだろうし、十六夜ならそれができよう。やるならバレないようにせよと申せ。そうよな、一番良いには夜寝ておる時にさっさと攫って、こちらで記憶の玉を取って、サッと返して来ることかの。」
蒼は、真剣な顔で頷いた。
「十六夜なら瞬間移動でサッサと行って、瞬時に戻ってって簡単なんですけど。でも、維心様がどうのってありませんか?なんか、義心に記憶の玉を取って来いって命じてるんだって十六夜が言ってました。先を越されたら面倒だとか言って、張り合ってるみたいでした。でも、炎嘉様はやり方まで教えてくださるんですね。」
炎嘉は、それこそ渋い顔をした。
「別にの、我はどっちでも良いのよ。事実が分かるならな。主であれ、維心であれ、情報が入ったら我には教えてくれるだろう。我の手が必要であろうからな。維心は、十六夜と喧嘩別れしておるから、意地になっておるのだろうが、我にとり別にどちらが勝った負けただ関係ない。そも、そんな事をしておる場合か。今は手を取り合って進めて行かねばならぬ時。維心も大概子供であるが、十六夜もぞ。何年生きておるのよ。親の顔が見たいわ。」
「すまぬの。」え、と振り返ると、そこには碧黎が浮いていた。「あやつは感情的になりおるからな。まして今は維心の体がまだ成人しておらずで、子供であるのに言い合いになってと、十六夜も大人になりきれておらぬ。そこは確かに我も悪いと思う。」
蒼は、言った。
「碧黎様!」
炎嘉は、碧黎を見た。
「…主、出て来たという事は、我に話す気になったか。」
碧黎は、首を振った。
「話しとうても話せぬのだ。十六夜が維月にも話したゆえ、あれもしばらくは帰すことは出来ぬ。今は維心があの調子であるから、主に頼るよりない。炎嘉よ、蒼が今言うたこと、我が調べて知っておる、主らに言えるギリギリの事ぞ。もっと言っても良いのだが、そこは維心が何をするか分からぬからまだ言えぬ。十六夜と維心では、恐らく十六夜の方が速い。あの、例の男を見つけて記憶の玉を取って来るのは、十六夜の方であろう。維心はどうしても、そういう事に関して月には勝てないのだ。出来たら、主はあの維心をしっかり律してくれぬか。ならばもっと、主には情報を渡せるやもしれぬ。」
炎嘉は、じっと碧黎を見つめた。
嘘は言っていないようだ。
「…維心を押さえられるのは、恐らく我だけだと我は自負しておる。維月も抑えられるだろうが、政務の事に関しては無理ぞ。今も、勝手な事はするなと言うて来た。ゆえ、維心はおとなしい。言うなというなら、維心にも言わぬ。我に話すか。」
碧黎は、じっと炎嘉を見つめている。
蒼は、ハラハラしているのか、碧黎と炎嘉の顔を、代わる代わる見ていた。
碧黎は、フッと息をついた。
「…ならば、聞くが良い。」碧黎は、言った。「維心には話すでない。あれが動き出すと面倒になる。我が見ておるから、滅多な事にはならぬと先に申しておこう。では、蒼。炎嘉に話すが良い。これは、愚かではない。維心に話したらどうなるのか、分かるはずぞ。」
蒼は、え、と碧黎を見た。
「良いんですか?」
碧黎は、頷いた。
「炎嘉は維心より柔軟に考える。維心は極端な動きに出る事があるが、炎嘉は違う。あれを押さえる役割であるから、そうなのだ。話すが良い。」
蒼は、ホッとしたように炎嘉を見た。
炎嘉は、これまで維心だけが知っている事はあっても、自分だけが知っている事実があった事は無かったので、緊張気味な顔をしたが、蒼が口を開くのを、固唾を飲んで見守ったのだった。




