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諍い

維心が苦々しい思いで窓辺に立ち尽くしていると、義心が控えめに後ろから言った。

「…どう致しましょうか。恐らく、蒼様は非常に王とお話されたそうであられたので、十六夜と今頃ぶつかり合っておられるかと思いまするが…。」

維心は、スッと背筋を伸ばすと、クルリとこちらを向いた。

「…蒼は王であっても月の眷族たちを動かすを力は無い。十六夜と碧黎が否と申したら否。あれの意思など関係なかろう。だが、将維はどうか。」

義心は、顔をしかめた。

「将維様は、只今は地であられますが…修行中ということでありますし、此度のこともご存知であるか分かりませぬ。そも、将維様と、月に気付かれずにご連絡を取る手段がありませぬ。我も、月の結界の中にだけは潜むことはできませず。碧黎が見ておるので、大銀杏側の穴の辺りも前に降り立てば声を掛けられる始末で。」

維心は、頷いた。

「分かっておる。だが、将維は見えておることが多いはずぞ。我らがこうしておるのも、見ておるやもしれぬ。あれならばもしや、何か情報の欠片でも落とせるのではないのか。」

義心は、困惑した顔をした。

いくら、前世の龍王であり、維心の皇子であった将維でも、今は月の眷族であり、地の跡継ぎとして修業中の身。

それが、地に逆らう動きをするとは思えない。

すると、そこに帝羽が駆け込んで来て、膝をついた。

「王。急ぎお知らせに戻りました。」

維心は、面倒そうに帝羽を見た。

「何ぞ?」

それどころではない。

維心は、内心そう思っていたが、言った。

帝羽は、何やら王のご機嫌が悪い、と思いながら頭を下げた。

「は。陸様がお倒れになられた由。只今、昌士様から月の宮へと使者が立ちました。心の臓に支障が出られたようで、意識がお戻りにならぬ様子。月の宮の治癒の神を借り受けたいと、重ねて迅様にもお戻り願いたいとの知らせのようでございます。」

維心は、目を見開いた。

「陸が?」

今、この時に。

維心は、また心のどこかに引っ掛かる何かがある気がした。

そう、これは予定調和のような気がするのだ。

それを、心の片隅で知っていたような、そんなおかしな感覚がした。

「…引き続き様子を見よ。」と、義心を見た。「義心、主も参れ。帝羽と新月、三人であの辺りをしっかりと見張れ。それから、またその定満の宮の男が出て参ったらしっかりと様子を窺うのだ。何なら捕えて戻っても良い。いや、記憶をそっくり取って持って帰って参れ。十六夜に先を越されては、何が起こるか分からぬ。次の新月の夜とか言うておったの。遅くともその夜には、必ずそやつをはぐれの神より先に見つけ、さっさと記憶を取り去って参れ。分かったの。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

そうして、義心と帝羽は飛び立って行った。

維心は、これは炎嘉にも話しておいた方がいいな、と炎嘉に書状を送らせたのだった。


「だから主は。」炎嘉が、書状を送ってすぐに単身いきなりに来て、言った。「そんな時は適当に合わせておけば良いのだ。あちらが言う通りにウンウンと頷いて、そうして聞き出してから考えれば良いのに生真面目に事によってはならぬとか申すからこんなことに。あやつらが本気で隠したら何も分からぬぞ。そも、十六夜がいろいろ上から見ておるからこそ、こちらも助かっておることが多かったのに。確かに尻拭いはしておるが、それは充分に返してくれておるわ。誠に面倒な性質であるな主はもう。」

維心は、眉根を寄せて言い返した。

「うるさいわ!我だって、一応飲むふりはしようと思うたのだ。それなのに、義心とそれを話しておるのを十六夜が聞いておって。いきなり来て、維月をさっさと光に換えて連れて帰ってしもうたわ。あれが帰って来たければ帰って来るだろうが、またすぐに連れ戻されるのを知っておるから恐らく戻って来ぬのだろう。だが、今は何か事が起こりそうなのは分かっておる。あれらがどう思おうと説明もせぬのだから、我はさっさと事前にその芽を叩き潰すつもりぞ。そうでなければ、また甘い対応になって後々まで尾を引いて、処理が面倒になる。定満の宮の軍神とやらが出て参ったら、それの記憶を根こそぎ取って来いと義心に命じてあるゆえ、遅くとも次の新月の夜には持って帰って来るはずぞ。」

炎嘉は、ふうと肩でため息をついた。

「落ち着け。月と争っても碌な事は無いぞ。十六夜は短絡的であるが、しかし最近では落ち着いて来ておったのに。主は、前とは違って少し、我慢が利かぬようになっておるのだ。上手く立ち回らぬか。とにかく、今回は仕方がない。我が何とか蒼に会って話して参る。主は面倒な事になるので、おとなしゅう陸の宮周辺でも見張っておれ。決して我にも言わずに勝手な事をしてはならぬぞ。これ以上こじれたら、維月も帰って来ぬようになるからの。分かったか。」

維心は、むっつりとしていたが、確かにそれは困るので、頷いた。

「分かった。だが、緊急事態の時はどうするのだ。主に問い合わせておる間に手遅れになるのではないのか。」

炎嘉は、はあとため息をついた。

「まあ、どうしてもとなったらしようがない。だが、大きな事をしてくれるな。月と諍いだけは避けねばならぬ。主は今少し己の現状を分からぬか。まだ子供なのだ。前より短絡的になっておるのよ。まず、落ち着け。分かったの。」

維心は、神妙な顔をした。

「…分かっておるのだが。」と、何やら視線を宙へと向けた。「気になる事がある。どうしたわけか、全てが…何と申すか、流れに乗っておるというか。我は陸がこうなるのを、知っておったような気がしてならぬのよ。だが、そんなはずはない。我には先見の才はないし、だかしかし、起こったことが必然であったような。」

炎嘉は、驚いた顔をした。

維心は、何かを気取っているのか。

「…主の気の大きさで、世を見張っておるとすると知らぬで持っておる能力もあるやもしれぬ。碧黎は、主は大抵の事はその気になればやると言うておった。つまりは、できぬと思うておるが、やろうと思えば先見もできるのではないのか。その才が、主に何かを気取らせておるのでは。」

維心は、顔をしかめた。

「そんな才があったらとっくに発動させて使っておると思うぞ。だが、無いからこと使っておらぬのだと思う。もっと別の…世を正しく回すことに関係があるのやもしれぬ。つまりは、我の責務はそれであり、正しくない物にはそうではない、正しいものにはそうであると感じるのかと。つまり、十六夜が正しくないからこれほどに焦るのではないかと思うのだ。」

言われてみたらそうかもしれない。

炎嘉は、思って眉を寄せた。

維心には、世を正しく導き平穏に流す役割がある。

とはいえ、その正しいとはいったいなんだ?

「…分からぬの。正しいとは何ぞ?そも、それは誰によって定められ、そして流れておるのだ。天黎か?」

維心は、言われてハッとした。

そうだ、正しいというのは、何をもって正しいのか。

「そうか、主の言う通りぞ。」維心は、炎嘉を見た。「正しいとは、何をもってか。我から見てと言うのなら、世を平穏にするのが正しい流れであって、十六夜は乱す方向に行こうとしておるということ。だが、碧黎だって何よりも地の平穏の望んでおるし、そのために我を作ったとまで言うておる。それなのに、我に手出しをするなとはどういうことぞ?」

炎嘉は、もうお手上げだという顔で首を振った。

「分からぬわ。我にはの。主に分からぬでなぜに平凡な神である我に分かるというのよ。とにかく、我は月の宮へ行く。こっちの問題が先ぞ。」

炎嘉は、そう言って立ち上がる。

「…主は平凡ではないではないか。」

維心は、ボソッと言ったが、黙って炎嘉を見送るよりなかったのだった。


炎嘉が、ため息をつきながら龍の結界から出て外へと浮くと、嘉張が慌ててやって来て、宙で膝をついた。

「王。思うたよりお早いお帰りでありました。」

炎嘉は、またため息をついた。

「あやつが思うたより子供じみた反応をするゆえ、我があちこちせねばならぬことになった。とりあえず、あれは十六夜と諍いを起こしよったのよ。ゆえ、蒼に話に月の宮へ参るわ。ついて参れ。」

だが、嘉張は渋い顔をした。

「は…。ですが王、只今開より使者が参りまして、王と入れ替わりに塔矢様が起こしになってお待ちであるとか。何やら、至急お話したいことがと仰っておるそうです。」

炎嘉は、眉を上げた。

「何と申した?塔矢?」と、眉を寄せた。「…すまぬが今は塔矢に構っておる暇はないのだ。明日にでも出直すように申せ。月と龍の問題であるから、ここが拗れると大変な事になるのよ。主、我は月の宮へ単身参るから、宮へ帰って塔矢にそのように申せ。常ならいきなり来ても問題ないが、今はこんな時なのだ。それとも、開が対応できそうならこの限りではないがの。」

嘉張は、首を振った。

「何やら、皇女がどうのと仰るので、我らには何とも。では、また明日で。」

皇女?聡子か?

炎嘉は思ったが、本当にそれどころではない。

なので、気にはなったが嘉張にはやはり塔矢に出直すように伝えろと言い置いて、炎嘉は単身、月の宮へと向かったのだった。

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