探り
義心は、次の日維心からの命を受けて月の宮を訪れた。
蒼と面会したいと申し出たが、いつもはすぐに奥まで通されるのに、その日はしばらく待たされて、そしてやっと蒼の居間まで通された。
頭を下げて居間へと入って行くと、明らかに動揺したような蒼の気を感じ取れた。
義心が何でもないように待っていると、蒼は言った。
「義心。維心様がオレに聞きたい事があるって?」
義心は、顔を上げた。
「は。お忙しい中突然に申し訳ありませぬ。王におかれましては、気になる事をお耳にされて。蒼様が何かご存知なのではと我を寄越されました。」
蒼は、慎重に頷いた。
「申せ。」
義心は、いつもなら気さくにまず座れという蒼が、そんな心の余裕もないのを気取ったが、立ったまま話した。
「はい。王におかれましては、我に陸様結界辺りを長く監視させておりますが、その際に、あの辺りのはぐれの神の一人が、定満様の軍神の一人と話しているのを見掛けました。その会話の内容が、普通のはぐれの神との会話ではないようで。順を追ってお話します。」
義心は、蒼に自分が聞いた会話の詳細を蒼に話して聞かせた。
蒼は、眉を寄せてじっとそれを聞いている。
維心と義心が、過去を知る者、という言葉と、話の内容から過去を知る者と未来を知る者が居るのではないか、という結論に達した経緯までを話して、義心は続けた。
「…何分、陸様との関わりとなるとこちらに居る迅様にも関係がと、蒼様は何かご存知なのではとこうして我を寄越された次第です。」
蒼は、それを聞いてますます眉を寄せていたが、大きなため息をついて、言った。
「…今回維心様に申し上げたいのは、オレだって真っ先に維心様に話そうと思ったんだよ。でも、オレは月の縛りがあって言える事と言えない事があるんだ。言っても良いけど維心様の動き次第でまた大変な事になるから、とにかく言えない。でも、維心様の力が無いとオレ達じゃどうしようもない。だからこっちも悩んでて。十六夜なんかオレがヒステリー起こしてるって碧黎様に、維心様に言っちゃダメかって談判したぐらいだ。でも、なんで話しちゃいけないのか理由をきいたら、やっぱ言えない。だって維心様のやり方は知ってるから。こっちから理由を話しても、維心様が強硬手段に絶対出ないって約束してくださるなら良いけど。」
義心は、隠すと思っていた蒼が、腹を割って全部言うので驚いた。
維心は蒼は素直だからと言っていたが、ここまで来ると素直過ぎて神世で生きて行くのは大変だろう。
他の王達が、蒼を庇って守ろうとする、気持ちが痛いほど分かった。
義心は、言った。
「蒼様、我から王のご対応を今お約束はできませぬが、今お聞きしたことを王にお話して参ります。その上で王が蒼様に約されたら、蒼様は王に全てお話くださいますか。」
蒼は、何度も頷いた。
「話したいんだよ!オレは!何でも維心様に聞いて来たのに、一人で抱え込むのはもう限界なんだよ!」
義心は、蒼をなだめるように言った。
「分かり申しました。では、そのように。今しばらくお待ちを。」
蒼は、何度も頷いた。
「維心様には必ず約束してくれるように話してくれよ。もう黙ってるのが嫌なんだよ、十六夜も碧黎様も知らんふりしろって言うけど、オレには無理だから!」
だから時間が掛かったのか。
義心は、ここへ呼ばれるまで待たされたワケが分かった。
蒼は話したい、十六夜と碧黎は否で揉めていたのだろう。
こうして話しているということは、蒼がなんとかごねて妥協案が出たからだ。
維心が勝手に何かしてしまわないなら、良いだろうとなったのだろう。
義心は、とにかく王にご報告だと、急いで龍の宮へと取って返したのだった。
その頃、維月は維心が考え込んでいて話にならないので、とにかくなんとかしようと碧黎に聞いてみることにした。
いつもなら、勝手に碧黎に会うとうるさい維心だったが、維月が今回の事を聞いて来ると言ったので、あっさりと許してくれた。なので、一旦月へと昇ってから、月の宮へと降りて行って単身碧黎を訪ねた。
月に戻った時、いつもなら居る十六夜が居なかった。
なので、恐らく宮に降りているのだろうと思っていると、思った通り十六夜は、実体化しつつ飛んで降りて来る維月を迎えて飛んで来た。
「維月!なんだよ、急に。義心が今来てて蒼と話してるけど?」
維月は、十六夜と並んで飛びながら答えた。
「維心様がお気になさって話しても気もそぞろで話にならないの。だからもう、直接お父様に聞こうと思って。お父様は?」
十六夜は、急いで維月について来ながら言った。
「あのなあ、言える事と言えねぇ事があるの!お前だって知ってるだろう、オレ達はそういう命なんだからな。」
維月は、宙で止まって十六夜を睨んだ。
「私だって月だし地なのに!何を隠してるの?話してくれても良いじゃない。」
十六夜は、困った顔で言った。
「だからお前は四六時中維心と一緒に居るのに、言わずにおられないだろうが!神世の流れの問題なの!黙ってられるんなら言っても良いぞ。黙ってるんだな?」
言われて、維月はぐ、と黙った。
「…内容によるけど…。」
十六夜は、ふんと鼻を鳴らした。
「ほらみろ言う気満々じゃねぇか。あのな、維心のやり方じゃ面倒が起こりそうなの!だから言いたくても言えねぇからこっちだって困ってた。蒼はもう黙ってられねぇから言うとかごねて、親父に止められて何とか妥協案を出したとこだったんでぇ。」
維月は、むっつりと十六夜を見た。
「私一人が寝てるだけじゃすまないの?」
十六夜は、首を振った。
「お前が寝てる間に維心がその情報から動いて、信じられない事になってて目が覚めてから後悔するだろうな。お前にその責任が取れるのか。」
何が起こるというの。
維月は、にわかに不安になって十六夜を見上げた。
「…いったい、何が起こるの?維心様なら上手く犠牲のないようにできるんじゃないの?」
十六夜が答えようとした時、碧黎の声が割り込んだ。
「維心を過信するでないわ。あれだって流れの中に生きておる。自然流れに乗って動いて、それが良い流れであろうと悪い流れであろうと、そのように動く。知っておって避けるなら良いがの。」
維月は、ハッとしてそちらを見た。
碧黎が、側に浮いてこちらを見ていた。
「お父様!あの…でも、何が起こると言うのです?」
碧黎は、ため息をついた。
「分からぬ。我が言うのは正確には、ということであるが。未来は変わる。だが、決められた流れに沿うように、元の流れに戻ろうとしながら、大筋では変わらない。その未来に抗うためには、知っていて違う方向へと協力して向かわねばならぬ。大きな岩のような堤防となる誰かが要るのだ。今、その誰かが堤防を築きつつあるのに、維心の力ではそれを叩き壊してしまう可能性があるのよ。そして元の流れに向かい、その先は…我には言えぬが、元の流れに忠実であろう。」
維月は、口を押さえた。
十六夜は、言った。
「オレには未来は見えねぇが、それがヤバいだろう事はなんとなく分かる。今、お前に言えるのは元の流れを利用しようとしている奴と、違う流れに変えようとしている奴の二つの力があるってことだけだ。後は、維心がどう決断するかで話すかどうか決める。今、義心が宮へ蒼の話を伝えに戻ってるから、お前はそれを聞いて来い。あいつが妥協案を飲むなら、こっちも考える。とにかく、今は帰れ。こっちはほんとならとっとと維心に押し付けて楽に暮らしたい気持ちなんだからな!好きで隠し事なんかすると思うのかよ。」
言われて、維月は下を向いた。
確かに十六夜は隠し事が嫌いだ。
それなのに維月に話さなかったのは、維心が動く事でヤバい事態になると判断していたからなのだ。
「…分かった。」維月は、しょんぼりと言った。「確かに私は、知ったら何も考えずに、維心様の助けになるならと伝えたと思う。私が眠るだけじゃ収まらないかもしれないのね。維心様が良かれと動く事で、まずい流れにまた戻ると。」
碧黎は、頷いた。
「その通りよ。だが、維心がこちらの言うように動いてくれるのならこの限りではない。維心がそれを約すと申すなら、言うても良い。主は戻れ。維心がどう答えるのか見て参れ。」
維月は、頷いて空を見上げた。
「では、帰るわ。またね、十六夜。お父様、また。」
二人が頷くと、維月はまた月へとうち上がって行った。
それを見送りながら、碧黎は言った。
「…主も戻れ、十六夜。維心の様子を見て参れ。あれは表面上は恐らく同意するが、それは情報が欲しいため。誠に約すかは分からぬぞ。何しろ中心の太い流れに抗うのは並大抵の力ではない。我がこれまで何度主らに干渉して、悪い流れから引き戻そうとしたことか。それでも、主らはそれと知らずに選択し、よかれと思うた先にはやはり中心の流れに戻る選択だった事が多かった。流れは強い。維心はそれを守る方向に動こうとするだろう。」
十六夜は、頷いて月へとうち上がって行った。
碧黎はそれを見送って、この大いなる流れとは、果たして誰が作っておるものかと考えたのだった。




